ピーター・ディキンスン全作レビュー(予定地)part2 ディキンスンファンタジーの世界 『過去にもどされた国』

 ほぼ4ヶ月近く間が空いてしまいましたが、第2回です。

https://note.com/cute_holly580/n/n43b61226983e

第1回はこちらのURLから

 原書の刊行順に取り上げていくつもりなので今回はこの本です。

ピーター・ディッキンソン はやしたかし訳 1972 『過去にもどされた国』大日本図書

 The Changes Trilogy(大変動)と呼ばれるシリーズの第1作であり、ファンタジー小説と言っていいでしょう。上記の翻訳が大日本ジュニアブックス・フィクションという叢書の1冊らしいのですが、叢書の名前通り内容もジュヴナイル的です。3作書かれており、どうやら2作目は未訳のようですが、3作目は翻訳されています。シリーズものではあるものの、連続した内容というわけでもないそうです。

 やたら難しい話を書く印象のディキンスンですが、実は児童文学作家としての顔も持っています。推理小説の書誌として著名なaga-search様作成の著作リストなどを見ると、絵本も合わせ30作以上の著作があり、児童文学の賞もいくつか受賞していることがわかります。

 私もディキンスンの児童文学を読んだのは今回が初めてなのでその全貌は見えませんが、少なくとも量だけで言えばディキンスンについて考える上で重要なのはこちらの領域ということになりそうです。ちなみにディキンスンのファンタジー作品を読むのもほぼ初めてです。『生ける屍』というファンタジー、SF、ミステリの混交のような小説は読みましたが、それぐらいですね。

 ディキンスン作品はどれも結構読みづらい印象なのですが、これは大人向けの作品に比べると格段に読みやすかったです。訳者の技術によるものなのか、原文が読みやすいのかはわからないですが。

 それでは内容の紹介をしていきましょう。イギリスで突如として人々が機械を憎み出すという現象が起こり、機械を使う人は魔法使いと呼ばれ排斥されます。この現象がシリーズ名でもある大変動とも言い表されます。

 イギリス国民のほとんどすべての人物は機械を憎んでいるらしく(本文中の描写を見ると缶切りのようなものも機械の一種として憎んでいるようです)、主人公であるジェフリイとサリーの兄妹がロールスロイスで移動していると石やら食器などを投げつけられたり、ハンマーで車体を破壊しようとする人さえいるという次第で。

 兄妹はほとんど彼らだけと言っていい例外であり、彼らのおじであるヤコブという人物もそうであったと言います。

 冒頭、兄妹は「魔法使い」であることが露見し、殺されそうになりますが、フランスに逃亡。フランスで将軍を名乗る人物に会い、イギリスで何が起きているかを探る斥候のような役目を依頼されます。将軍によると、イギリスに踏み入れた者は国外の者でも機械を憎むようになってしまうらしく、彼はその「病」がイギリス国外まで広まることを恐れているといいます。

 そこからはイギリスに舞い戻ったジェフリイとサリーによる現象の原因を探る旅が描かれます。

 ジェフリイについては天候師と呼ばれる存在であり、言葉通り天候を操る(作中では作ると表現されています)力を持っていることを付け加えておく必要があるでしょう。ジェフリイ以外にも一地域に一人といったかたちで天候師は活動しており、地域の人が報酬を受け取って天候を作っていることが作中では語られています。本書の原題であるthe weathermongerも天候師のことであるようです。

 本書の冒険の中で天候を操る力というのは運転が巧いですとか、カギ開けの技術があるですとかそういった主人公の特技以上の存在感はないように思えます。普通のセンスで考えたらこの小説のタイトルは『天候師』ではなく、『過去にもどされた国』の方がよほどしっくりくるのですが。

 天候師関連ではほかにも不自然なことがあります。そもそも天候を作る力がどういう由来の力なのか読者にはまったく説明されません。

 普通のセンスで考えたらこの小説のタイトルは『天候師』ではなく、『過去にもどされた国』の方がふさわしい気がします。

 機械への憎悪という異変について登場人物たちが話しているのに、天候を操る能力については所与の前提(一応将軍は危機感は抱いていないものの、ジェフリイの力を不思議な力と表現していました)として受け入れている。読書中の私はずっとここにちぐはぐな印象を覚えていました。

 本当に魔法のような力を使うジェフリイは当初社会に組み込まれていたのに、機械を使っていること(皮肉にもこのことは天候師としての仕事をジェフリイに依頼しに来た人間により発見されます)が分かった途端魔法使い(amazonの原書の内容紹介を見るにwitchの語を使用していると思われます)として排斥される。こうした科学とファンタジーの区分が世界の常識次第でひっくり返るという倒錯を描きたかったのでは(とてもこの作者らしいとは思います)、ということはとりあえず言えると思いますが。

 さてこの小説が面白いのかという話です。つまらないわけではないと思いますが、正直、どこか終始オフビートな印象も持ってしまいます。

 今回ほとんどあらすじを書いただけの紹介となってしまいお恥ずかしい限りです。自分がファンタジーについて語る言葉をあまりにも持ち合わせていないことに気付きました。

 これより下ではネタバレありで、作品の不自然な点とその理由を考えています。答えが出てるとはとても言えませんが。


 作品の結末部分を割っています。未読の方はご注意ください。









 ジェフリイにまつわる2つの不自然な点について考えていきたいと思います。まずジェフリイが冒頭の時点で過去5年分の記憶を失っているという設定です。結局この記憶喪失はなんだったのでしょうか。マリーンの影響を受けたものでもありませんし、最終的に旅の中で記憶を取り戻すわけでもなければ、記憶喪失が冒険の中で何かに利するわけでもありません。

 11歳の少女であるサリーをジェフリイの冒険に同行させるための作劇上の都合と言ってしまえば、それだけなのかも知れませんが。

 次にジェフリイをその一員とする天候師という存在です。まず天候師についてその由来が全然説明されないのは不自然だと指摘しましたが、物語の最後にはどういうものだったのかが判明します。しかしそれはそれとして最初の時点で表向きの説明がされないのはやはり不自然だと思うのです。

 作品を読まずにこの箇所を読んでくれている方もいるかも知れないので、天候を作る力がどういう由来のものなのか、物語終盤の展開とともに要約してみます。物語の後半マーリンという人物が考えたことを何でも現実にしてしまう力の持ち主であり、人々が機械を憎むのはモルヒネで頭が朦朧としたマーリンが自分がかつて生きていた時代に世の中を戻そうと無意識に考えているからだと説明されます。マーリンを断薬させたことによって世の中は元に戻り、ジェフリイも天候を作る力を失ったことによって、それもまたマーリンの影響によるものだったことを悟ります。

 フランスの将軍は天候を作る力について、不思議な力だと認識しています。これは機械の件と同様、イギリス国土を離れるとマーリンの影響が及ばないからでしょうか。

 ジェフリイやサリーが機械への憎悪という現象と、天候を作る能力について同じ原理によるものだと気付かないのは、彼らもまた後者については疑問に思っていないからなのでしょうか。もしかしたら耐性があるのは前者に対してだけなのかも知れません。

 これらの点は天候師の力の由来も、マーリンなのではないかということを示すヒントとなっています。本書がジェフリイが天候を作る力の由来を悟り、それをすでに失ったことが明らかにされて終わることを考えると、どこがミステリのような作りにも見えてくるというのは言い過ぎでしょうか。つまりディキンスンがミステリを離れてもミステリのようなことをやってしまう人だったのかも知れないということなのですが、それにしては天候師の力の由来というのはサプライズとして弱い気がするので気のせいかもしれません。

 サプライズとして弱い理由は薄々察しがつくこともそうですが、やはり天候師という存在が本作のメインどころを張っているとは言い難いからでしょうか。

 ところで本書を読み終えて私の頭の中にはマーリン、遺伝子といったキーワードが残っているのですが、ディキンスンの著作リストを見ると同じモチーフを使っていると思しき作品がチラホラあります。これらの作品を読んで比較する中でまた見えてくるものがあるかもしれないと期待したところで今回は終えさせていただきます。

 次回は『英雄の誇り』をレビューする予定です。

第3回『英雄の誇り』レビューは下記のリンクから

参考文献
ピーター・ディキンスン https://www.aga-search.com/writer/peter_dickinson/ 2024年5月15日閲覧

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