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ショートショート「昭和 平成 令和」


小学生の頃、突然、親父が家を出て行った。
中学生の頃、母親が男を連れて帰って来た。
俺がグレるのに、然程さほど時間は掛からなかった。
俺は、いつの間にか、この中学の不良の長にまで、上り詰めていた。

毎日は、酷くつまらなかった。
単調で、平凡で、何もワクワクする事がなかった。
感情を持て余した俺は、ある日、バットを持ち、仲間を引き連れて、親父狩りに行く事にした。
すると、校門の前に、リーゼント頭の体育教師、山崎が仁王立ちで立っていた。
俺は、こいつが心底嫌いだった。
いつか、シメてやろうと思っていたので、ちょうど良かった。
勿論、俺の仲間達も同じ気持ちだった。

「おい、お前ら、平成のヤンキーは、武器なんか使うのか?俺たちの時代は、素手でタイマンだったぞ。」
山崎が俺たちに語り掛けてくる。
山崎は、髪型が現している通り、昭和時代の不良だった。
「お前たちは、何の為に戦う?俺は、親友マブダチや女の為に戦った。絶対に譲れない熱い想いがあった。」
俺は、山崎の問いに何も答えられなかった。
俺が、こうなった理由は、単純に寂しかったからだ。
家庭が崩壊してしまい、自分の居場所がなかったからだ。
何の為かと言われれば、自分の為だった。

俺の仲間の一人が、バットを使って、山崎に襲い掛かったが、山崎は、攻撃を交わした上に、バットを取り上げた。
山崎の強さは本物だった。
「いいか。今、俺は、お前たちの為に戦う。お前たちの未来を守る為に戦う。お前ら、こんな事は、もうやめろ。自分が傷付くだけだぞ。」
「何だよ。こいつ。しらけちまった。行こうぜ。」
仲間達は、山崎の圧倒的な強さを前に、ビビってしまい、走って散り散りになって、逃げて行ってしまった。

俺だけが、その場に取り残された。
山崎は、俺の目を見つめた。
「今は、寂しいかもしれない。苦しいかもしれない。でも、いつか、お前にも守りたいものや譲れないものが、絶対にできる。その為に、戦うんだ。」
俺は、何も言わずに、山崎を見つめ返した。
山崎は、
「いい目だ。お前ならできるよ。」
と優しく言った。

俺は、次の日から不良をやめて、勉学に励んだ。
そんな俺の姿を見た不良仲間達も、次々と不良をやめていった。

数年後、俺は、サラリーマンになった。
俺にも、愛する妻と子供ができたのだ。
生まれて初めて、守る存在ができた。
俺は、上司に頭を下げた。
奥歯をギリギリと鳴らしながら、感情を必死に堪えた。
これが、サラリーマンの今の俺の戦い方だ。
俺にも、とうとう譲れないものができた。

「何だよ。クソババア、うっせーな。」
長男の怒号が、この狭い家に鳴り響く。
俺の息子も反抗期を迎えた様だ。
妻に殴りかかろうとしたので、俺は片手で、それを制した。
長男は、心底、驚いた表情で俺を見た。
息子の前では、ずっと、俺はただのサラリーマンだったから無理はない。
俺は、息子に語り掛けた。
「おい。何の為に、こんな事してんだ?自分の為だけか?昭和の不良達はな、親友や自分の彼女の為に戦ったって言ってたぞ?」
息子は、俺の顔つきを見て、全てを悟った様に黙り込んでしまった。
そして、生まれてはじめて父親である自分の言葉が、息子の胸に響いているのを感じた。

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