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見ている観客の想像力が試される映画『流浪の月』


2022年公開
監督、李相日
原作、凪良ゆう

本作は広瀬すず、松坂桃李、 横浜流星 、多部未華子など、豪華なキャストを迎え、孤独な少女と誘拐犯との出会いと別れ、再会を描いた、人間ドラマだ。小学5年生の時に誘拐された家内更紗と、誘拐犯の佐伯文が、運命の再会を経て、立ちはだかる困難を乗り越え、めでたく恋愛に至るという本筋だけを追って行くと、そのあまりにも危険な内容に、見方を誤った場合にはマークチャップマンのようになってしまう恐れのある、とてもインパクトの強い映画だ。強い向かい風の吹く今の時代には挑戦的な作品と言えるだろう。観客の想像力が試されるというのはまさにこのことだ。内部で起こっていることを実際に経験して知っている者と、それを外部から見ている人間とでは、明らかに、立場や認識が異なることは逃れられない事実で、本編に登場する、噂話に目がないパートの主婦たちや、客で来ている男子高校生に、マスコミなどは外部の人たちである。コミニケーションの機能不全が引き金となり、あーだこーだど、勝手に邪推してしまうのも事実だろう。モラハラを恐れ、彼氏の有無の確認に細心の注意を払う店長は、現代を象徴しているようだ。更紗の許嫁である中瀬亮は、更紗の過去を勝手に推測し、的外れな言葉をかけ、しまいには、最近の彼女はバイトに精を出し、カフェ巡りが趣味だと、全くの空想を抱き、何ひとつ彼女の本心を聞こうとはしない。そんな更紗のことを本当に理解していたのは、誘拐犯の文だけだ。許嫁であるはずの亮は、DVのコントロール厨で更紗に殴る蹴るの暴力を振るう。次第にどちらが誘拐犯なのかわからなくなってくる。「現実見ろよ!」と更紗に激怒する場面があるが、現実を見ていないのは、自分であるということには全く気づかない。亮に暴力を受けた更紗が夜の街を彷徨う場面、座り込んでいると、そこへ文が駆けつける。その時、更紗は、「見た目ほどすごくない」と言う。痛みというのは痛みを感じる当人にしかわからないものだ。一方で亮はベッドで更紗にこんな言葉をかけている。「想像してるより、酷くない」更紗の過去について言及した発言だが、この言葉を聞いた時の更紗の表情をもう一度見てほしい。この時、彼女は何も言わずに黙っているわけだが、代わりに筆者が彼女の心の声を代弁するならこうなるだろう。「いや!それ、お前が言うなよ!」本作は、設定が極端なだけに、「そんなことってある?」と、視聴者を二分させてしまう、おそらく、好き嫌いがはっきりと分かれてしまう映画だろう。しかし、「そんなことってある?」と思ってしまった時点で、残念ながらその人の想像力は、それまでだということがはっきりと示されてしまうわけだ。言うならばこの映画自体が、ある種のリトマス試験紙のような、観る人を試す映画になっている。その点では、イチャンドンの『オアシス』と同類の映画といえるのかもしれない。このような、想像し難い極限の状況を出さなければ、説得力は得られないのだろう。それにしても本編が150分と長く、演出過剰かつ説明的で、とにかくもっとスマートに出来ないものかと思ってしまった。

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