旅する小人 小説 ① 出発編 

『旅する小人』


※ この物語はすべてフィクションである。



~ 出発編 ~



 クリスマスイブの前日、12月23日に男は成田空港にいた。
 
 成田空港内にあった棒時計の針は、今の時刻が昼過ぎであることを示している。

 彼は背中に大きなバックパックを1つ背負っていた。
 
 バックパックは深緑色で、筒の形をしている。

 物を出し入れする口が1番上に1つだけ見えた。

 彼は空港内を右往左往しながら歩いていた。

 空港内には他にも、乗客、勤務している人、国籍も老若男女の隔たりもなく、多くの人々が行ったり来たり歩き回っている。

 太陽が高い位置にあったので、空港内には日差しが降り注いでいた。

 いくつもの窓から入り込んでいるそれらは、白光色で出来ている光の柱のように見えた。

「小人!」 彼を呼ぶ声がした。

 小人と呼ばれた彼が、声がした方向を振り向くと、そこには男女が2人立っていた。 

「おー、マイク! マミちゃん! 」 小人は2人へ挨拶を返した。

 彼らは歩いて集まった。それは上から見ると輪の形になった。

「小人くん、こんにちは」

「小人、世界一周に行くんでしょー、いいなー。俺も行きたいよ」 マミが話したあと、すぐにマイクも話した。

 2人共、表情は微笑んでいた。

「マイクも行きたかったら行けばいいのに」 小人も微笑みながら言葉を返した。

「なかなかそう簡単には行かないよ。色々あるもん。でも俺もいずれ行くよ」

「そっかそっか、いいと思う。人生1度しかないし、したいようにしてきましょ」

「小人くん、気を付けて行ってらっしゃい。またね」

「ありがとうマミちゃん。2人ともまたね。見送り来てくれてありがとね」

「またね、小人。楽しんで」

 3人は抱き合ったあとに手を振りあって、その場を離れていった。

 その後1人になった小人は、チケットカウンターまで歩いて行くと、予約内容が表記されているコピー用紙を、バックパックから取り出して、受付の女性に手渡した。

 紙を受け取った女性は内容を確認した。

 そしてパソコンをいじると、1枚の搭乗券をプリントアウトした。

 それは彼女の手から小人へと手渡された。

 小人は受け取った搭乗券をポケットに仕舞うと、空港内のコンビニへと向かった。

 缶ビールを2本とメンソールのタバコを購入すると、彼はコンビニから出た。

 そのまま空港の外へと出て行き、喫煙所へと辿り着くと彼は、缶ビールの口を開けた。

 缶から泡のはじけとぶ音が上がり、口からビールが吹き出した。

 小人は右手で缶ビールの口を、自らの口まで運ぶとビールを啜った。

 さらに缶の尻を上に持ち上げると、ビールが勢いよく彼の喉を通っていった。

 喉が前後に動き、水分が彼の内蔵に向かって下っていく音が聴こえる。

 缶ビールを灰皿の端に置くと、彼はさっき買ったタバコのフィルターをほどいて灰皿の中に捨てた。

 タバコの箱の中の銀紙をちぎり取ると、また灰皿に捨ててから、タバコを1本口で咥えて取り出した。

 ポケットからライターを取り出して、風を避けるように手を被せてから火を点けると、白煙が彼の被せた手の隙間からはみ出して、風に乗り、あっという間にはるか向こうに飛んで行って消えた。

 彼の口元や鼻の穴から出るタバコの煙は、同じようにすぐに様々な方向へと飛んで行っては、消えて見えなくなった。

 小人は缶ビールを1本、呑み終えるまでに2本タバコを吸った。

 ビールが空くと彼は、ゴミ箱まで歩いて行って、缶を捨てた。

 そのまま空港の中へ戻ると、彼は喫煙所の中で再び缶ビールを呑みながらタバコを吸った。

 そして再び缶ビールを呑み終えると、空き缶入れに入れて、彼は搭乗カウンターへ向かった。

 カウンターで搭乗券を見せ、荷物検査を済ませると、パスポートに出国スタンプを押してもらう。

 流れのまま進んで行き、上海行きの待合室に着くと、彼は時計と自らの搭乗券を見比べた。

 飛行機が飛び立つ時刻までにはまだ時間があった。

 彼はバックパックからCDウォークマンとノート、ペンを取り出した。

 CDウォークマンにつながっているイヤホンを耳に突っ込み、本体の再生ボタンを押すと、ハウスミュージックが彼の耳の中へ向かって出音され始めた。

 音が鳴ったのを確認すると、彼はノートを開いてボールペンで何かを書き始めた。

 その内容は日記と今後の予定表だった。

 1時間ほどその作業をしていると、彼は瞬きの回数頻度が増え始めた。

 荷物を全てバックパックに仕舞い、携帯電話のアラームをかけると、彼は椅子に深く腰掛けて眠った。

 携帯電話のアラームが鳴ると、小人は立ち上がって空港の窓から外の様子を見た。

 西日の明かりが、滑走路とその上の飛行機、整備機と整備士たちを橙色に照らしている。

 何台もの飛行機が大きな音を鳴らせていた。

 ふと彼が後ろを振り返ると、先ほどまで同じように上海行きの便の待合室に座っていた乗客たちは、席から立ち上がって、機内入口への改札に並び始めていた。

 小人も先ほどまで眠っていた席に戻ると、バックパックを背負って、改札待ちの乗客たちの列の後ろに並ぶ。

「行ってらっしゃいませ、良い旅を」

 改札に立っている航空会社勤務の女たちは、乗客たちの搭乗券とパスポートを見比べて本人確認を終えると、そう言って客たちを飛行機へと続く通路へと、列の順番通りに案内した。

 乗客たちは歩いてその通路を渡って機内へと入っていく。

 機内へ入ると入口で添乗員が、 「いらっしゃいませ。良い空の旅を」 と客たちに言う。

 彼らは手振りを機内へと向けて、チケットの席まで進むように案内していた。

 乗客たちは自らの席の位置を確認しながら、機内の奥へ進んだ。

 そして、自分の席の位置に辿り着くと席上部にある荷物入れに荷物を入れて、席に座った。

 全ての乗客たちが席に座り終わると、緊急時の場合、どう対応すべきかの説明が、アナウンスと添乗員の身振り手振りによって行われた。

 その説明が終わると、添乗員が客席を歩いてまわって、乗客たちのシートベルトの確認と座席の角度を直した。

 それらが終わると飛行機は大きな音を立てて動き始めた。

 滑走路の上をゆっくりと走り、十分な助走のある道に向かっていく。

 その道の始点まで辿り着くと、飛行機はさらに大きなエンジン音とジェット音を鳴らし、速度を急激に上げた。

 機体の船首が前方上方に斜めに上がり始め、追うように最後尾までがやがて地面を離れた。

 飛行機は雲と同じ高さに昇るまでは、船首を斜め上の姿勢にして昇り続けた。

 そのまま雲と同じ高さまで上がると、機は雲の中へと入った。

 雲の中に入ると、機の窓には灰色の煙が一面に広がった。

 窓には水滴が次々に付着しては、後ろに流れていった。

 雷がその灰色の煙の輪郭を撫でるように光りながら移動している。

 雲の中で飛行機は振動していた。 

 機が揺れている間、機内では1部の乗客が悲鳴を上げる。

 アナウンスが響く。

「本機はただいま乱気流の中におります。少々揺れますので、シートベルトをお締めください」

 振動しながらも機は、雲を抜けた。

 窓には青空が広がり、眼下には白い雲海一帯が映った。

 太陽が日中と同じ白色光を放っている。

 機内では食事が配られた。

 小人は食事を終えると、イヤホンをつけて映画を見たまま、座席を倒して眠った。

 時間が経ち、ふたたび機体が揺れ、アナウンスが鳴った。

「もうすぐ上海浦東国際空港へ到着となります。少々風が強いため現在、機が揺れております。シートベルトを閉めてご着席いただきますよう、ご協力をよろしくお願いします」

 小人は目を覚まして窓から外を眺めた。

 眼下には真っ暗な海の上をうごめいている、小さな光と大きな光がいくつも見えた。

 視線を前に移すと、家々とビルから放たれる、海上とは別の種類の、大小も色も様々の光が放たれている。

「まもなく到着となります。着陸の際に振動で揺れますので、シートベルトをお締めになり、座席を直して座ったままでいるようにお願い致します」

 アナウンスが鳴った。

 飛行機は高度を下げ始める。

 機が地面に近づいていくと、先程の眼下に映っていた海上の光が、小舟やタンカーのように大きな船、それらから放たれていることまで、客たちでさえ目視出来るようになった。

 上海の平屋だらけの住宅街と、オフィスが多くあるビル街の区画の分かれ目も、機窓から眺めることができる。

 飛行機は街中から少し離れた空港へと着陸した。

 アナウンス通り、機は着陸の際、地面がタイヤと触れる時に少し揺れた。

 速度を落としながら、機は空港と接続される通路口へと向かった。

 そしてそこまで辿り着くと、作業員たちが寄ってきて、機の出入り口と通路と繋げた。

 搭乗員が案内をし、乗客たちは次々に機から空港内へと入っていく。

 すっかり日は落ちて、夜になっていた。

 小人は空港内に入ると、両替所へと向かった。

 彼は、日本円を中国元に少しだけ替えて財布に仕舞った。

 それから空港の外に出てタバコを吸った。

 タバコを吸い終えるころ、喫煙所の近くにバスがやってきた。

 それは巨大なシャトルバスで、車体の前方にも横にも上海駅行きと電光掲示されていた。

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