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暗号資産税制と令和5年度税制改正大綱(期末時価評価損益認識対象外の暗号資産)

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2022年12月16日に与党・令和5年度税制改正大綱が公表されました。
自社発行暗号資産を法人税の期末時価課税の対象外とすることなどが記載されましたので、簡単に整理して、見解を述べます。
なお、個人所得税の申告分離課税や 暗号資産同士の交換の課税繰延べなどの記載はありませんでした。

期末時価評価課税に対する筆者の改正提言については以下を参照。

暗号資産の期末時価評価課税(法人税)の改正に関する議論~自民党NFT・PT ホワイトペーパー(案)とガラパゴス化した日本の現行暗号資産税制~


法人税法における暗号資産税制の問題点(1) : 期末時価評価課税の改正提言
法人税法における暗号資産税制の問題点(2・完) : 期末時価評価課税の改正提言
その他、暗号資産・NFTの税金:著者によるこれまでの記事・論文等の一部についてはこちらにまとめてあります

(2023.01.20追記)
国税庁から、法人税・暗号資産の期末時価評価課税の取扱いが公表されました
「法人が保有する暗号資産に係る期末時価評価の取扱いについて(情報)」
一番インパクトのある回答は、ロックアップ中の暗号資産も期末時価評価課税の対象となることを明らかにしたことです。
ロックアップ期間中で譲渡できない暗号資産でも、期間中にステーキング報酬を得ることは可能。保有暗号資産の将来的な価格変動リスク等を負うため、自己の計算において暗号資産Aを有するものと考えられる。・・・と回答されています。
これはあくまでステーキングの際のロックアップという点に注意であり、個人的には、すべてのロックアップ事例に適用されるわけではないと考えます。
stトークンが発行される場合、他国(特に国外計算ソフト)ではトークン同士の交換として利確とみる場合もありえることを考えると、異なる論点が色々交錯して楽しいエリアです。

(2023.02.6追記)
令和5年度改正法案では、期末時価評価課税の改正は、61条2項に「特定自己発行暗号資産(当該内国法人が発行し、かつ、その発行の時から継続して有する暗号資産であつてその時から継続して譲渡についての制限その他の条件が付されているものとして政令で定めるものをいう。・・・)を除く」が入りました。
上記改正案の「当該内国法人が発行」、「発行」の範囲が気になるところです。WETHや暗号資産に該当するLPトークンも「当該内国法人が発行」に入るのか・・・??

ただし、「譲渡についての制限その他の条件が付されている」という政令で定める要件にもよりますが、結局、これによってDEXの多くのトークンは特定自己発行暗号資産に該当しないことになって、上記要件に合うように設計されたトークンが出てこなければ、当初から想定されていた日本のICO、IEOのトークンが救われるだけかも??

https://twitter.com/taxlaw17/status/1622487177698627584

暗号資産を送ると、別の種類の暗号資産をミントするスマートコントラクトをA法人がデプロイし、B法人がこれを利用した場合、どちらが発行したことになるのか?
このように新たな議論を提起するなら、最初から、自社発行は要件にしない方が良かったという議論もありるかもしれません。

(2023.4.3、5.21追記)政令・規則の内容が明らかになりましたがわからない点も。
https://twitter.com/taxlaw17/status/1642345849002008579

https://twitter.com/taxlaw17/status/1660216072807800833

(2023.02.20追記)
T&Amaster967号9頁では次のような内容の記事が掲載されています。 ・現行法令上、借入れた暗号資産を期末時点で有している場合には、負債側も時価評価不要であることを課税当局に確認 ・期末時点で有していない場合は、令和5年度改正にも関係する論点であるため、改正法令を確認した後でなければ明確な回答は困難 ・令和5年度改正では、暗号資産交換業者から借り入れた場合について規定している法人税法61条7項の取扱いを暗号資産交換業者以外の者から借り入れた場合にも広げる趣旨の改正をする。

2023.12.25追記
令和6年度改正により、第三者発行の暗号資産も期末時価評価課税の対象から除外できる予定ですが、色々と議論すべきところは多そうです。



1 大綱(暗号資産課税関係抜粋)


税制改正大綱のうち、暗号資産に直接的に関係する記載は、次のとおりです。

1 中小企業者等が特定経営力向上設備等を取得した場合の特別償却又は税額控除制度(中小企業経営強化税制)について、関係法令の改正を前提に特定経営力向上設備等の対象からコインランドリー業又は暗号資産マイニング業(主要な事業であるものを除く。)の用に供する資産でその管理のおおむね全部を他の者に委託するものを除外した上、その適用期限を2年延長する(所得税についても同様とする。)。

大綱63~64頁

上記は、節税封じですかね。
参考として、マイニング業に係る所得の事業所得該当性が争われた事案の裁決文を柳谷憲司税理士がアップしてくれています。
以下のリンクからご覧ください。

上記裁決の内容は以下の記事を参照してください。



2 暗号資産の評価方法等について、次の見直しを行う(次の②の見直しは、所得税についても同様とする。)。

① 法人が事業年度末において有する暗号資産のうち時価評価により評価損益を計上するものの範囲から、次の要件に該当する暗号資産を除外する。
イ  自己が発行した暗号資産でその発行の時から継続して保有しているも 
  のであること。

ロ  その暗号資産の発行の時から継続して次のいずれかにより譲渡制限が
  行われているものであること。

 (イ)他の者に移転することができないようにする技術的措置がとられて
   いること。
 (ロ)一定の要件を満たす信託の信託財産としていること。


② 自己が発行した暗号資産について、その取得価額を発行に要した費用の額とする。

③  法人が暗号資産交換業者以外の者から借り入れた暗号資産の譲渡をした場合において、その譲渡をした日の属する事業年度終了の時までにその暗号資産と種類を同じくする暗号資産の買戻しをしていないときは、その時においてその買戻しをしたものとみなして計算した損益相当額を計上する。

④ その他所要の措置を講ずる。

大綱75~76頁

他社発行の暗号資産を期末時価評価課税の対象外にすることは実現しませんでしたが、自民党デジタル社会推進本部web3プロジェクトチーム(平将明 PT座長)の「web3政策に関する中間提言」によれば、改正の取組はまだまだ継続されるようです。詳しくは、以下を参照。

あと、「資金決済に関する法律の改正に伴い、同法に規定する電子決済手段の譲渡について、消費税を非課税とするほか、所要の措置を講ずる。」という一文も入っています(大綱95頁)。

2 期末時価評価課税の改正

(1)自己発行継続保有要件と譲渡継続要件

法人税は、暗号資産を手放さずに保有しているだけで、期末に時価評価して課税する期末時価課税を採用していましたが、上記2①の記述によれば、一定の要件を満たした暗号資産については、時価評価による評価損益の計上対象から除外されるということです(細かくいえば、時価評価はするが、その評価損益は計上しないという整理がなされる可能性があります)

そうすると、対象除外とされるための一定の要件が重要となります。
要件は次のとおりとなります。



     【期末時価評価損益認識対象外の暗号資産の要件】(再掲)

イ  自己発行継続保有要件
  自己が発行した暗号資産でその発行の時から継続して保有しているも 
  のであること。

ロ  譲渡制限継続要件
  その暗号資産の発行の時から継続して次のいずれかにより譲渡制限が
  行われているものであること。

 (イ)技術的措置による譲渡制限継続要件
   他の者に移転することができないようにする技術的措置がとられて
   いること。
 (ロ)信託による譲渡制限継続要件
   一定の要件を満たす信託の信託財産としていること。

現行の条文の建付けを前提とすれば、法人税法61条3項が改正されて、細かい要件は同項からの委任により法人税法施行令が定めることになる可能性があります。
法律又は政令、通達制定前に、簡単にですが、いくつか見解を示しておきたいと思います。


私が勝手にネーミングした上記イの「自己発行継続保有要件」とロの「譲渡制限継続要件」は、「イ又はロ」ではなく、「イ及びロ」と読む可能性が高そうです。
つまり、イとロの両方の要件を満たす必要があるこということです。

対照的に、ロにおいては「次のいずれかにより」と明記されていますので、(イ)と(ロ)の要件は少なくともどちらか一方を満たしていればいいということになるでしょう。

技術的にありうるのかわかりませんが、当初ロの要件を満たしていたが、途中でイの要件を満たすように変更した場合にどうなるのかは、わかりません。

(2)発行に関して

上記の「発行」に関して次の点が検討されるべきでしょう。

・「発行」は定義されるのか。
・何をもって「発行」というのか。
・誰が何をすると「発行」したことになるのか。
・ある法人がその暗号資産を「発行」したことをどのように証明するのか。

(3)保有・譲渡制限に関して

技術的措置と信託による譲渡制限継続要件が規定されるということは、裏を返せば、(信託以外の)契約・合意による譲渡制限では要件を満たさないと理解されることになりそうです。
上記の「保有」・「譲渡制限」に関して次の点が検討されるべきでしょう。

・「保有」とは何か(条文上は、今までどおり「有する」のまま?)、「譲渡」とは何か、どの程度の「譲渡制限」(正確には「移転制限」?)か。

・例えば、流動性供給や消費貸借契約により暗号資産を貸し付けた場合に、提供者・貸主は暗号資産を「保有」していることになるのか。

・技術的措置による譲渡制限の存在を前提とすると、自己の暗号資産をロックアップしても「保有」状態は継続していることになりそうではあるが、スマートコントラクトを利用して、誰のものでもない(誰も支配していない)と評価されるような状態を作り上げた場合に、どう評価されるか。

・一定の条件を満たすまで移転できないものの、その条件を満たせば移転可能であるかのように設計されているものが想定されているかもしれないが、例えば、技術的に譲渡制限(移転制限)はかかっている一方、一定のアップグレーダビリティが確保されていて、上記の条件成就以外に制限解除する方法がわずかでも残されている場合は要件を満たすのか。

・暗号資産発行法人を組織再編成で自社にとりこんだ場合も「継続して保有」や「他の者に移転することができない」という要件を満たすと考えてよいか。

・発行後、他社に譲渡前の暗号資産も信託財産になるという理解でよいか。

技術的措置については、@shogochiaiさんから、次のようなコメントをいただきました。

・ハードウェアウォレットとアップグレーダビリティの分散度が論点がある。

・耐タンパー性のあるハードウェアウォレットならオシロスコープを用いた特殊なサイドチャネル攻撃をのぞいて秘密鍵を知ることはできないので、秘密鍵を売れる。

・シードフレーズを表示しない耐タンパー性のあるハードウェアウォレット、という商品は作ろうと思えば作れるので、それは売れるのではないか。

・アップグレーダビリティについてはマルチシグが実際的に不正抑止力として働いているか、つまりFTXのサムのように体面だけ保って不正し放題ではないことが重要ではないか。

要は、中古の家買ったら買主は家の鍵を新しいものに交換しなさいという話だとしたら、吸収合併等により、暗号資産発行法人を自社に取り込んでも、安全性の問題がつきまとうということかも。このような場合、少なくともその発行法人が保有していた暗号資産を安全なウォレットに移転する必要があるため、事実上、上記の要件を満たせないことになるかも?

3 自己発行暗号資産の発行費用と取得価額


「② 自己が発行した暗号資産について、その取得価額を発行に要した費用の額とする。」という改正に関して、次の点を指摘しておきます。

改正前はどのように処理すればよかったのかという疑問が湧きます。

・暗号資産の「発行」と「取得」は異なるから暗号資産の取得価額の条文(法人税法施行令118の5)の適用はなかったのか、棚卸資産の製造等による取得価額の条文(同令32条1項2号)を類推適用できたのかなどなど。

・自己発行暗号資産の取得価額に含めるべきものと、含めないもの、含めないことができるもの(即時費用かできるもの)にどういったものがあるかといった議論も出てきます。

・少なくとも、大綱の文言からすると、発行に要した費用のみが取得価額を構成することから、その後に発生したトランザクションフィーなどは取得価額には入れないということかもしれません。

柳澤先生は、次のとおり、ツィートされています。


4 借入暗号資産の取扱い

借入暗号資産は色々やっかいな問題がたくさんあります。

「③  法人が暗号資産交換業者以外の者から借り入れた暗号資産の譲渡をした場合において、その譲渡をした日の属する事業年度終了の時までにその暗号資産と種類を同じくする暗号資産の買戻しをしていないときは、その時においてその買戻しをしたものとみなして計算した損益相当額を計上する。」という改正に関して、詳細は法令案を見てからにしたいのですが、次の点を指摘しておきます。

・損益相当額を計上とはどういうことか。純額を計上するという趣旨か。

・もともと、借入暗号資産の場合、原価をどうするのという問題があったから、原価の見積もり計上を解釈論ではなく、立法で明記するという趣旨か。

・税制改正大綱の借入暗号資産の買戻規定は、借入暗号資産を譲渡した場合に原価をゼロとはしない納税者有利の規定の可能性があるか。

・その借入れが対象の暗号資産の処分権(一定の支配権。あるいは、リスクと利益)が借主に移るような消費貸借であるのか否かを問わないのか。そもそも、私法上、暗号資産の消費貸借の場合の財産権の移転・帰属の関係をどう考えるべきか。(借主に処分権が存在しないと不都合が生じることを前提として考察を進めるべきか)

・処分権が借主に移る場合、現行法人税法施行令118条の5の適用はないのか(つまり、購入による取得以外の借主による「取得」として、その暗号資産の取得時における取得に通常要する価額で取得価額を計上しないのか)。

国税不服審判所令和2年12月4日裁決を念頭に置いた改正かも。拙稿・月刊税務事例54巻8号75頁以下参照。拙稿では次のように述べていました。
「本件は、請求人が消費貸借契約により(民法587)借り入れた仮想通貨を譲渡した事案である。消費貸借では、借主が目的物を消費(処分)する権能を取得する 。よって、本件ビットコインを有していたのは請求人であって 、本件では仕入れと同時に借入れとなるので仕入金額がそのまま取得価額となると考えられたのであろうか(「購入」以外の取得に該当すると解する場合の根拠条文の候補として、法法29②、法令32①三又は法法61⑥、法令118の5二を挙げておく)」

もし、上記裁決を念頭に置いた改正をしようとしているのであれば、もう少し、私法・会計・税法それぞれにおける議論が進んでからの方がよかったのではないかと思っていますが、借入暗号資産の譲渡の場合に(借りたものだから)譲渡原価はゼロになる事例があることを配慮して、譲渡原価の算入を認める措置をすばやく手当てすべきとお考えになったのかもしれません。

あえて仕訳で説明すると次のとおり。

借入時:
(借)(借入取得)暗号資産 /(貸)借入暗号資産債務(わかりにくいのでとりあえず)

この場合、(借)は通常どおり、「暗号資産」でもいいと思いますが、分別管理の有無にかかわらず、借り入れたものであることを表現したかったので「(借入取得)暗号資産」にしました。
(貸)こそ、借入「金」ならぬ借入「暗号資産」でもいいと思いますが、借りた暗号資産そのものを表しているようにも見えてしまうため、負債勘定であることがわかるように「借入暗号資産債務」としました。「借入暗号建債務」でもいいかもしれません。

譲渡時:
(借)譲渡原価(ここを改正で手当)/(貸)(借入取得)暗号資産

暗号資産の消費貸借に係る経理処理の参考として、一般社団法人日本暗号資産取引業協会「暗号資産取引業における主要な経理処理例示」6、8、14頁(2020)参照。

結局、法的な理由付けはどうあれ、国税庁とすれば、「貸借」、「返済約束」というキーワードさえあれば、貸借時点で貸主が譲渡損益を認識したり、借主が取得価額を計上するという取扱いはしないのかもしれません。

国税庁の取扱いを推察する際の参考:
質疑応答事例「特約の付された株券貸借取引に係る特約権料等の課税上の取扱い」

文書回答事例「貸株株券の返還請求権担保信託の税務上の取扱いについて



・仮に以上のような見立てが正しいとすると、令和5年度改正前の処理はどうなるのか、遡及適用するのか、やはり解釈論でも原価算入を認めることができるのではないか、上記裁決ではどのように整理されていたのか。

・大綱の文言のとおり、みなし規定を導入するのであれば何をみなすのか。これによって、私法上の正しい法律関係がどうあれ、税法上は借主が暗号資産を「取得」していないことを前提としていると認識されることになる。


・期末時価評価課税の対象となる期末に暗号資産を「有する」(保有する)法人は借主なのか、貸主なのか。私法上、処分権が借主に移転している場合には、借主が暗号資産を有し(よって、期末時価評価課税の対象)、貸主が暗号資産建債権を有する(よって、期末時価評価課税の対象外)という整理はできないのか。(2023.1.24追記:貸主・借主と期末時価評価課税の取扱いについては国税庁の情報を参照してください)

・DEX経由の場合でも、「暗号資産交換業者以外」の「者」からの借り入れに入るのか。

・貸主から貸付けたことに対する対価を得ることはあっても、処分権を移転したことに対する対価は得ていないと観念することはできるか。これによって、貸主及び借主の課税関係が変わるか。貸主の課税関係については、措置法42条の2も参考になる。

・企業会計の処理との関係も気になるところです。

上記裁決についてはこちらのリンクにございます。

柳澤先生は、次のとおり、ツィートされています。
やはり、実際の法令案を見ないと何ともいいがたいですね。

貸借取引の譲渡損益を認識するか否かを検討する際に参考になる文献として次のものがあります。

ニューヨーク州法曹協会等でも議論されている論点ですので参考になります。同協会は、一定の要件を満たす暗号通貨ローンの譲渡損益を認識しないことを明らかにする規則を発行すべきと提言しています。結局、貸し手が有するものは法的には暗号通貨ではないが、貸し手が有する権利は貸した暗号通貨と実質的に異なるものではないか、貸し手の経済的ポジションが貸付け前後で実質的に変化していないか、という観点が、ポイントとなりそうですね。その際、暗号通貨のファンジブル性や、ハードフォーク・エアドロによる恩恵の取扱いに着目した要件設定の議論がなされていることは興味深いです。

https://nysba.org/app/uploads/2022/04/1461-Report-on-Cryptocurrency-and-Other-Fungible-Digital-Assets.pdf


なお、課税上(解釈論上)、暗号資産をお金(金銭)とみたり、その貸付けによる対価を利息とみたりすべきか、という問題については、次の文献がシンガポール税制との関係で興味深い議論をしています。

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