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非公表裁決/借り入れた仮想通貨の期末評価額と借入時の価額の差額を損金に算入することはできるか?

仮想通貨(現行法では暗号資産)を借り入れて売買取引をしている場合に、借り入れた仮想通貨の期末評価額と借入時の価額の差額を損金の額に算入することができるかが争われた事案の裁決です。

平成31年度の税制改正前の事案ですので、現行法の下でそのまま妥当はしないのですが、参考にはなるのではないかと思います。

請求人は、請求人の代表者(A)から借り入れたビットコインと自ら購入したビットコインを区分することなく、「トレーディング損益」勘定(本件損益勘定)を使って、以下のような経理処理をした上で、そのような経理処理に基づいて法人税の申告をしていました。

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これだけみてもよく分からないと思いますが、請求人の主張によると、上記のような経理処理をした趣旨は、売却するために借り入れたビットコインの期末評価額と借入時の価額の差額(本件期末計上額)を売上原価として計上するためということのようです(上記のような経理処理が、そのような趣旨に完全に合致しているのか微妙な気もしますが。)。

請求人は、法人税法22条3項1号の「売上原価、完成工事原価その他これらに準ずる原価」については、債務の確定していない見積金額でも損金の額に算入することができると解されている(最高裁平成16年10月29日判決)ことを前提として、債務の確定していない「本件期末計上額」も、売上原価に計上されるべきものであるから損金の額に算入されるべきであると主張したということですね。

これに対して、審判所は、以下のように判断しました。

 請求人は・・・ビットコインに係る売買については、本件ビットコインに係る売買と自社のために仕入れたビットコインに係る売買とを区分せずに、ビットコインの取引所から入手した取引データを集計して本件損益勘定で処理していたのであるから、本件損益勘定には、本件ビットコインを含む全てのビットコインに係る売却収益とこれに対応する原価を構成する購入金額が全て計上されていると認められる。そうすると、本件期末計上額を本件事業年度のビットコインの売却収益に対応する見積原価として追加的に計上する理由は認められない。
 また・・・請求人は、本件事業年度末に、本件期末計上額をAに対する本件ビットコインの返還債務の額として未払金に計上し、同額をビットコインの売却収入に係る原価として損金の額に算入しているが、本件期末計上額は、本件ビットコインの返還債務を履行するために必要な390BTCを本件事業年度末に取得した場合の見積金額から、当該390BTCに係る借り入れた時点における返還債務の額(当該ビットコインの取得金額相当額)を控除した金額であり、すなわち、本件ビットコインの返還債務を履行した場合に生ずる損失の見積金額であると認められる。よって、本件期末計上額は、本件事業年度におけるビットコインの収益を獲得するために費消されたビットコインの対価の額とは認められない。 
 したがって、本件期末計上額は、法人税法第22条第3項第1号に規定する売上原価等の額として本件事業年度の損金の額に算入することはできない。

うーん、「本件期末計上額」を損金の額に算入できないという結論は兎も角として、上記の判断は説得的ではないように思えますね。

特に、第1段落は意味が不明です。「本件損益勘定には、全てのビットコインに係る売却収益とこれに対応する原価を構成する購入金額が全て計上されていると認められる」と判断しているのですが、借り入れたビットコインの「購入金額」が「本件損益勘定」に計上されているはずはないですよね。

揚げ足取りのように思われるかもしれませんが、購入したビットコインではなく借り入れたビットコインを売却しているからこそ、その売上原価の範囲が問題となっている訳ですから、購入と借入れは厳密に区別されるべきです。

第2段落も微妙ですね。損失だから売上原価にではないというアプローチもあり得るのでしょうが、「商品評価損」や「棚卸減耗損」のように、広い意味での損失が売上原価の一部を構成することもありますので、そのようなアプローチをとるのであれば、「本件期末計上額」が「本件ビットコインの返還債務を履行した場合に生ずる損失」であるというだけでは足りなくて、それが法人税法22条3項3号の「損失」に該当するという判断までが必要であったのではないかと思えます。

また、そのような迂遠なアプローチをとらずに、直接的に「本件期末計上額」が売上原価ではないという判断をすれば足りたような気もします。

この事案は、平成31年度の税制改正前の事案ですので、仮想通貨が棚卸資産に該当することを前提として(この裁決でも、別の部分では仮想通貨が棚卸資産であることを前提とした判断をしています。)、法人税法施行令32条1項3号を根拠に、消費貸借により借り入れた棚卸資産の取得価額は、「その取得の時における当該資産の取得のために通常要する価額」(同号イ)と「当該資産を消費し、又は販売の用に供するために直接要した費用の額」(同号ロ)の合計額であり、その取得価額を基礎として売上原価が算定されることになるから、「本件期末計上額」は売上原価に計上されるべきものではないと判断をすればよかったのではないかということです。

なお、厳密には、法人税法施行令32条1項は、事業年度末において有する棚卸資産の評価額(=期末商品棚卸高)の計算の基礎となる棚卸資産の取得原価について定めたものですが、当期商品仕入高も、同項に基づく棚卸資産の取得価額を基礎として計算すべきという理解でよいはずです。

あと、この裁決では、「本件期末計上額」が売上原価でないことをもって、当然に損金の額に算入すべきものでもないという判断をしているのですが、そこは議論があり得るのではないかとも思いました。

というのも、「本件期末計上額」というのは、期末における仮装通貨の返還債務の時価評価損失に他ならないのですが、一般社団法人日本暗号資産取引業協会の「暗号資産取引業における主要な経理処理例示」では、仮装通貨を借り入れた場合、期末における仮装通貨の返還債務の時価評価損失を損失として計上すべきこととしていますので、会計上は、そのような処理も公正妥当なものとして認められることになりそうですし、法人税法上は、資産の評価損益を損金又は益金の額に算入しないと規定しているだけで、負債(仮装通貨の返還債務)の評価損益について明文の規定がないからです。

資産の評価損益は損金又は益金の額に算入しないのに、負債の評価損益を損金又は益金の額に算入するとすれば、バランスがとれないことになりますし、租税回避にも利用できてしまいそうですから、そこは同じように解釈すべきであると言われると、それもそうかなと思うのですが、根拠が明確とは言えないですよね。

いずれせよ、面白い事案であっただけに、内容的に少し残念な裁決でした。仮想通貨の返還債務の時価評価損失の損金算入の可否という点については、兎も角として、「本件期末計上額」を売上原価に計上すべきではないという判断については、もう少し分かりやすい判断をして欲しかったなと思います。

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