映画 『北極百貨店のコンシェルジュさん』 パンプスダッシュでピンチを切り抜けろ!
この映画とは、ちょっと不思議な出会い方をした。
まずは、そのことから話したい。
「そうだ。明日、映画を観に行こう」
思いついた時点で、観たい映画がたっくさんあった。
「まずは公開終了が近づいている作品から、二本立てで観てみるか」
そう勢いづいた私。
上映時間を調べて、すでに翌日のスケジュールを組んでいた。
なのに。
その後もそわそわして、落ち着かない。
選んだ作品はすっごく観たい。
でも、なんだか
「今じゃない……?」感じになってしまった。
なんだろう。
見逃してしまうかもしれないし(よくやる)、タイミング的には優先した方がいいはずなのに。
妙に気になって仕方がないので、もう一度上映タイトルを上から順にながめていく。
そのときに、なぜだかぐいっと引き寄せられてしまったのが、この映画だ。
『北極百貨店のコンシェルジュさん』
実は、詳しい内容は知らなかった。
TVでちらっと予告を見かけたくらいで、映像とタイトルから「動物が出てくる百貨店のお話なのかな」という、まんまで断片的な情報しか持ち合わせていなかった。
なんだけど。
この瞬間──
「終了時期が近い作品から、順番に観た方がいいよ」という理性をふんわり押し止めて、『北極百貨店のコンシェルジュさん』を観に行くことが、私の中で決定してしまった。
それでも、「ストーリーを確認しておこう」という気にならなかったのが不思議。本当に何もわからない状態で、劇場の座席に着いていた。
こんな経験は初めてだった。
なんだけど!
冒頭からワクワクしっぱなし!
タイトルを目にしただけで、もう泣きそうになってる……!
これ何?
だって、まだ全然内容がわかっていないのに!
いや、驚いた。
「思考」を使わないで、「エネルギー」と「感覚」だけを頼りに選択をすると、こんなことになるのか。
──ちょっと変な話から始めたので、なんらかの抵抗感を抱かせてしまっていたら申し訳ないのだけど……。待って欲しい。
『北極百貨店のコンシェルジュさん』は、素敵な映画だった。
原作も、コミックス全2巻あわせて読んでみたい。(帰りに寄った書店では、見つからなかった……)
パンフレットも購入してしまった。
なんなら後日、円盤もどうだろうと検討している。
空振りもあったが珍しい行動力を発揮した。鑑賞後の選択が、かなりアクティブに変化している。
そんなエネルギーに溢れた作品だった。
どういう感情であれ『仕事』という言葉に対して今、何かしらの思うところがあるのなら、ぜひ。
仕事への情熱がぐんぐんと湧き上がってくるかもしれないし、「もう『次のステージ』へ旅立つ時だ!」という決意に変わるかもしれない。
その方向性や選択はそれぞれ違っても、「エネルギーが向かう先」はきっとポジティブなものになるはず。
そんな「お仕事」映画です。
それでいてファンタジーとコメディ要素もあるので、お子さんと一緒でも楽しめそう。
あれほどのカラフルさで、ひとつの空間として温かくまとまっている夢のような百貨店の舞台も魅力です。
最後の。
この「駆け回ります」。
例えじゃなくて、まさに駆け回っています。
実際にはまずNGだと思いますが、秋乃がスプリンター並の速度で店内を駆け抜けていくのがシュールで面白い。しかも、黒パンプス着用で。
その理由というのが、『お客様への誠意ある接客』のため。
秋乃が体当たりで仕事に邁進しているので、ちょっと深刻な場面でさえもクスッとしてしまう。
それぞれのお客さんとのエピソードもよくて、あちこちでじわっとくる。
秋乃をサポートしてくれる従業員たちも、またいいんですよ。(外商さん含め)
(前情報を仕入れていなかったため、上映中に知るキャストさんのお声には不意打ちで耳が幸せを感じてる)
たくさんあるんだけど、個人的に好きなシーンのひとつは、秋乃が「ペンギンのお客様」と出会ったあとで、彼の要望に応えるところ。
アレ私が思ってたのと、「向き」も「勢い」も完全に違ってた。
てっきり「こう↓」だと思い込んでいたから、秋乃の静止ポーズと「ペンギンのお客様」の去りゆく対比がおかしくてたまらなかった。
私だったら、確実に「こう↓」やってる。平謝りするしかない。(踏んづけたあとに潰すっていう、追い打ち)
きらびやかな店内とは違って、ほの暗い部屋の中やバックヤードで交わされる印象深い言葉もたくさんある。
表舞舞台には決して出ることもなく、痛みもはらんでいるけど、どれも重要なことだと思う。
そのうちのひとつ。
すでに絶滅してしまった動物本人(?)の口からはっきりと、「絶滅した」という言葉を聞くと、ものすごくギクリとしてしまう。
二足歩行の動物たちが笑って過ごす「夢のような北極百貨店」と、我々の「現実世界」とが急に混じり合う瞬間がこの映画にはあって──
「北極百貨店」とは、いったいどんな「世界」なんだろうと思う。
ここは「存在していたかもしれない、もしもの世界」だろうか。<絶滅種>たちが生き続けていたかもしれない世界?
「いないまま」では、「最初からいなかった」ことになってしまいそうだ。その存在を知らないから。
でも、北極百貨店ではこの瞬間も、<絶滅種>の動物たちが思い思いに買い物を楽しんでいる。
それぞれの日常から北極百貨店に訪れて、動いて、歩いて、『百貨店』という空間の中で、生きている。
彼らは、自分たちの種が絶滅したことについて、ネガティブな感情を人間に向けてくるわけではない。
ただただ生きて、過ごしてる。
その姿からは、こんなメッセージを感じてしまう。
「我々は『生きていた』んだよ」
やっぱり、何かしらの罪悪感のようなものは湧いてくる。彼らが滅んだ理由に人間が深く関わっているのなら、なおさらだ。
北極百貨店にやってくるお客さんは、<絶滅種>だけではない。現存している動物もたくさんいる。
だけど、どうしてお客さんを<絶滅種>だけにしなかったのだろう、と気になっていた。
絶滅してしまった動物は数多いし、すべてのお客さんを<絶滅種>として描く選択肢もあったろう。北極百貨店の意味合いも深まる。
……そしたら。
ちょっと怖い可能性にたどり着いてしまった。
現存している動物たちも、事によっては<絶滅種>になってしまうから、なんだろうか。
彼らはこの北極百貨店において、「やがて絶滅するかもしれない種」として描かれているのかもしれない。どんな動物も、きっとその境界線に存在しているのだろう。
それでも、おもてなしを続けていた人間に対する返答のような感じで、<絶滅種>側から「新しい変化」を望む声が上がったのは、少し救いに思えた。(「人間の笑顔」についての解釈は、このあたりからきているのだろうか)
一生懸命な秋乃のおもてなしに応えた、あのひとの決死の勇気も。
(無理なお願いで動揺したのかもしれないけど、今までのイメージとは違って子ども相手にちょっとオラついてたのが、かわいかった)
個人的にはケナガマンモスのウーリーさんに、秋乃がお茶を持ってくるシーンもとても好き。マンモスだもん、そうなるよね!
あのときの彼の言葉は、「理解」というよりも「諦観」に近いもの。
「今までいた場所」から、さらに深い深い孤独の中へと歩き出そうとしているウーリーさんに、ネコさんが贈り物を持ってくる。なんとか、自分の精一杯の気持ちを伝えたくて。
これまでのウーリーさんの声には、どこか無気力な響きがあった。どうすることもできない虚無感に覆い尽くされていて、そのために彼本来の温かさはその奥から滲み出してきているような。
だけど。
贈り物の中身を見たウーリーさんの、まったく違った声を聞いた瞬間に、落涙……。
「今までいた場所」から「別のところ」へ。
ウーリーさんの心がつながったんだと思う。
それだけでなくネコさんの「誠意の心」ともつながって、それを感じたネコさんのあの表情を観ていたら、もうダメ……。
この作品を通して感じるのは、
『つながる、つながっていく』。
新人の秋乃が、優雅で眩しすぎる先輩たちの仕事ぶりを見て奮起するも、彼女たちとは同じようにはできなくて落ち込んだり。(森さんのパンプスダッシュ、かっこよすぎる! ぜひ!)
最初のきっかけがつかめなかったり、やらかし続きで、「自分には向いていないのかも……」と悩んだり。
お仕事シーンで誰もが感じたことがあるような一幕に触れるたびに、過去に経験した感情が揺すぶられる。
それでも秋乃は持ち前の機転と思いやりと脚力(!)、それから従業員たちの協力によってピンチを乗り越えていく。
お客さんはみんな種族が違うから、生態もお悩みも違うし、その解決方法だってそれぞれ。
彼女が心を込めて続けてきた接客から、何かを受けとっているひとはちゃんといて、これまでに秋乃が担当してきたお客さん同士も、つながっていく。
もっと大きなものとなって、秋乃にも戻ってくる。
『つながる、つながっていく』……。
印象的な言葉がいくつも胸に残っている。登場人物たちの情緒が丁寧に描かれたカラフルなお仕事映画で、元気のパワーチャージはいかがでしょう。
映画を観たあと、物販をまわっていたら、男の子がレジ前で「イイのがきますように!」と拝んでいた。
その手には、ランダムでグッズが封入された銀色の小袋を握っている。
「そうだよね」と心の中で応援しながら、私もランダムアクリルチャームを1つ購入してみた。(ほかにはパンフレットや、別映画のシールなんかも)
やってきたのは、「ウミベミンクの親子」だった。かわいい……! 登場人物はハコで推せる。
あとは、この映画のまろやかな注意事項。
劇中歌が耳に残る。ものすっごく。(『北極百貨店のテーマ』)
華やかな店内をバックにしてるのに、まるでスーパーやドラッグストアで流れているみたいな曲調の「独自性」と「親しみやすさ」のギャップがすごくてクセになる!(褒めてます!)
あのフレーズが頭からずっと離れなくなるんですよ。
うっかりどこでも口ずさんでしまうので、その点はマイルドな注意事項。
最後に。
こうしてレビューを書いてしまったあとでは、なんだか矛盾があるので少し気が咎めるのですが──
『当初の予定にはなかったけど。ストーリーも知らなかったけど、なんだか急に気になってしまった』
という映画についても、よかったら試してみて欲しいなあ、という感じはします。
というのも。
予定と理性だけで行動していたら、私にとってこれほど爽快な気分にしてくれた映画と「すれ違ってしまった」可能性もあるから。
ただねー……。
これで「やっちまったぁー!!」っていう映画に当たる可能性も、ないわけじゃないから。全力でおすすめすることもできないんですが……。(それぞれ好みもあるし)
そのうち試しにどうでしょう。よかったら。
(やっちまった感があっても、「それはそれで楽しめそう!」という猛者には推奨)
今の自分にハマるような、面白い発見があるかもしれない。
ピンとくるものがあったら、そういう「選択」も続けてみるつもりです。
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