蛍光グリーンの発泡酒

 私は「20歳女子大生」である。最悪だ。これだけで勝手に消費の対象になる。この世で消費されることほど嫌いなことはない。鯖缶を開けて中の液体が素足にぶっかかる以上に嫌なことだ。そう、今さっき素足に鯖缶の液体がぶっかかった。今さっきって深夜3時ね。私はシャワーを浴びようと思った。どこを歩いてもヌルヌルするし、良いスメルがする。最悪だ。しかし同時に今日は素晴らしい日だ、とも思った。なぜ素晴らしいと思ったのか言語化するのは難しい。かろうじて例えるなら、鯖と私が一体となった感覚……いや違うな。とにかくこの素晴らしさを私一人で抱え込むのが苦しかった。けれど、私は消費されるのが嫌いだ。誰かが見て、さらっと目を通して「へえ」と大した感情も持たずブラウザを閉じたらもう忘れてる、とか、「ふ~ん」とわりかし心に残してブラウザを閉じたら排泄物のように私のまねっこするとかね。

でも、今こうしてnoteを始めた。ふと思い出したのだ。高校生のとき見ていた、「シュールレアリスムの詩」を10年前から毎日1篇たまに2篇上げ続けていたブログを。どんな詩があったのかはあいにく覚えていないのだけれど、錆びた冷蔵庫の生ぬるい蛍光グリーンの発泡酒が羽の生えたジェリービーンズを吊るし上げている、みたいな、そんな雰囲気。10年も続けているのにそのブログの訪問者はわずかだった。きっと誰も見ていない。作者と、作者と同姓同名で自分の名前を検索したら見つけた人と、蛍光グリーン発泡酒ってあるのかなと調べた愚か者ぐらいだろう。私はその感じが大好きだった。何も期待せず、何も待たず、誰に消費されることもなく、虚構として作者のためにあるだけの空間(確かにあれは空間だった)。朝、制服を着て、急いでバス停に向かい、いつも少し遅れてくるバスを待ちながら、こっそり見ていた。読者のいらない空間だったからこっそり。1度だけたまらずファンメールを送ったことはあったかも。けれど受験を経て、大学生になって、すっかり存在を忘れていた。ふと思い出して、大学2年の部屋中の包丁や簪といった凶器になりうるものをすべて隠した諸事情あった日に検索をかけたら、ブログは消されていた。どこにも、どこにも、1篇も見つけられなかった。空虚だった。慟哭したわけでも血眼で探したわけでもないが、心の錆びた冷蔵庫が壊れたわけではなく気づいたら忽然と消えていて、壁に残った日に焼けていない痕だけが存在をひっそりとにおわせている、そんな心持がした。

それを鯖缶の液体にまみれた床を拭いているときに思い出した。冷蔵庫が耳元で鳴っていたからかな。そんな空間なら私も持って良いかもしれない。そうして、思い立って、はじめてみたのです。本当は全然違うことを書こうと思っていたんだけど、こんな話になっちゃった。時刻は3時40分。私の足はまだ生臭い。こんな時間にシャワー浴びるのって初めてかも!ワクワクしちゃう。

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