手紙と、レモンの輪切りの話

今日の正午過ぎ、私は名も住所も知らない女の子に手紙を出した。その話をしようと思う。

3日前の夜、私は無性に手紙を書きたくて堪らなかった。特に書きたいことがあったわけでも、何かに感化されたわけでもなかった。どうしても梅干を食べたい日や、どうしても横断歩道の白いところだけを渡りたい日があるように、どうしても手紙を書きたい日があってもおかしくない。1年は366日もあって、1日ぐらいそんな日もある。だから、私は手紙を書き始めた。

とびっきりの便せんを使うことにした。第三者から見ると竹久夢二の描いた花瓶が整列しているレトロな便せんにすぎないが、私がこの便せんの話をすると少し長くなってしまう。端的にいうと、先輩が店長をしていたあらゆる空間が顔で埋め尽くされた狂気的なスナックみたいな店に一人で行き、そのとき知り合った宇宙の勉強をしたい男の子の大学祭に、片道一時間かけてある人に出会わないように気を付けながら行った帰り道に偶然入った、老夫婦が切り盛りしているこじんまりとした画廊で一目ぼれした便せんである。これは私の持論であるが、便せんは絶対あるとわかっている大手の文具店で買うよりも、旅先やふと入った画廊やおじいさんが細々とやっている文具店で、買う予定がなかったのにどうしても惹かれてしまい購入するほうが、愛着がわき、人に差し上げるときに悲しさと幸福感に満たされる。幸せと悲しみはいつもセットだ。

本来は横書きで使うことを想定された便せんだったが、私は縦に文字を書いた。特に理由はない。縦に書きたい気分だったのだ。何を書こうかほとんど迷わなかった。手紙は誰か相手がいないと書けないが、私の頭の中に様々な人が去来した。仲の良い子、10年以上会っていない人、よく行くパン屋の店員さん、地元に帰るといつもよくしてくれる知り合い、現世にいない人、夢の中で見たカラス、実に様々だった。ペンで書いていたが、1度も誤字をしなかった。内容は、ある人にとっては人生を揺るがすようなことであるし、大半の人にとっては取るに足らないこと、大抵の事柄と同様にそんな感じのものだ。あいにく、ここに公開することはできない。なぜなら手紙とは”特定の相手に渡すもの”であるからだ。このnoteを見てくださっている方々は"不特定"であって"特定"ではない。しかし、そうなってくると私の書いたこれは手紙とは呼べなくなる。特定の誰かにもらってもらう必要があった。けれど私には誰かを選択することができなかった。様々な人を思いながら書いたので、誰かひとりを選択するのは違う気がした。そこでTwitterでもらってくれる人を募集した。深夜3時だった。仲良くなれそうだと思っていたが会ったことのない女の子が一番初めに手を挙げてくれた。お互いのことをほとんどよく知らない。この手紙は当初から彼女のために書いたような気がした。それぐらい、特定の相手としてしっくりきた。

そして今日、手紙を出しに行った。手紙を出すには受取人の名前と住所がないと届かない。けれど私は彼女の名前も住所も知らなかったし、聞こうとも思わなかった。昔はタバコ屋だったが、今は骨董品屋となっているお店がちょうどよいところにあった。ウラングラスの小皿でも買って、店主さんに事情を話し、理解を示してくれたら手紙を託そうと思っていた。けれど、この骨董品屋いつも開いていない。休日の昼間に行っても平日の夕方に行っても、いつもシャッターはおろされ、チェーンが巻かれている。事前に調べると、今日は12時から営業しているらしい。午後12時15分ごろにその店についたが、依然シャッターはおろされ、チェーンが巻かれていた。仕方がない。こんな時のために、マスキングテープを持ってきていた。そのお店の、駐車場のような庭のようなところにある郵便ポストの裏の隅っこに手紙を貼った。

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あまりよくないことであるのはわかっているが、こうするよりほか考え付かなかった。彼女に手紙を置いたという旨の連絡をし、帰路についた。今日はたいそう天気が良い。ポロシャツのボタンを2つ開けても白いスカートを煽いでも暑かった。帰りに「サクレ」を買った。クーリッシュでも爽でもなく、サクレがよかった。人々が夜に寝て朝に起きるように、少なくともこの世界の理に従うと、元タバコ屋の郵便ポストに手紙を貼り付けた後にはレモン味のサクレだった。

こんだけ偉そうなことをいっておいて、実はレモン味のサクレを食べたのは初めてだった。そして困った。レモン味のサクレにはレモンの輪切りが入っている。このレモンの輪切りをどうしたらよいのかわからなかった。完璧な色の完璧な輪切りだったので、食べ物に感じなかったし、そのまま捨てるのも忍びない気がした。仕方がないので置いておくことにした。気が変わってお腹が空いたら食べるだろうし、腐ってきたら捨てるだろうし、今どうするか判断するのはやめにした。この文を打っている最中も、目前にあるレモンの輪切りの芳しい匂いがする。「手紙を書く」ということ自体が目的であって、返信を待ち望んでいるわけではない。けれど、「手紙を書く」ことに対する応答が「輪切りのレモン」であることが、太陽を一段とキラキラさせる。

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