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私は私に恋をする

以前の記事で、名も性別も何もかもわからない、ただ向かいに住んでいる窓の住民に恋をして、失恋した話を書いた。

その続編の話をしようと思う。

私は一体、何に恋をしていたのか。その窓に住んでいる住人という概念に恋い焦がれていた。

コロナ禍の春、緊急事態宣言、外出自粛、一人暮らし。私は自分以外の存在を欲していた。そんな中、皆が寝静まった深夜に一人黙々と勉学に励み、心地よい風の日にはベランダから写真を撮り、オクラを育てている粋なあの窓の住人。その住人を私の心に住まわせ、勝手に恋をした。

私はあそこに住んでいる具体的な人物、ではなくあそこに住んでいる概念としての人物に思いを寄せていたのだ。最悪である。極めて個人的で勝手な話だ。けれど、まあ、大抵の恋愛はそんなものであろう。

その後どうなったのか。

端的に言えば、私は私に恋をすることとなった。

その窓の住民が、毎週学生団体のZOOM(オンラインでの会議)で顔を合わせていたチームメイトということを知ってから、気楽に交流するようになった。月に一回ぐらい彼のアパートと私のアパートの間の道で軽く立話するような。コーヒーと抹茶をふと交換するような。

そんなある日、彼からDMがきた。

「お願いがあるんだけれど」

不穏!私の日常に急に短調の音楽が鳴り響く。

「猫のお世話をしてもらえないでしょうか」

突然の幸福!猫に抗える人間はそうそういない。全然違うことを学んでいる知らない人達と本を作ることになった際も、「猫」をテーマに据えることでするんと企画が進んだ。全然違う人々は共通して猫が好きだった。もちろん、私も好きだ。猫、好き。お世話、するする。二つ返事で引き受けた。

彼は、学生一人暮らしなのに猫を飼っていた。何たる粋。コロナが少し落ち着き、旅に出たい。何たる粋。けれど、旅に出るにあたって猫を一匹にしておけない。そこで私に白羽の矢が立った。受けてたとう。

彼から合鍵を受け取った際に気づいてしまった。短期間とはいえ、これは、私が、あの窓の住民となる。恋した窓の住民の概念を私が持ち得ることになる。私は私に恋をしていることになる(!?)

猫と過ごした数日も、あの窓の住民となった数日も素晴らしかった。この現代的で特殊な恋愛の終着点が自分自身に恋をする、というところなのもなんだか不思議な感じがする。2020年も捨てたもんじゃなかったな!と年の暮れに思うのでした。

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