見出し画像

The-DreamとR&Bの20年

R&Bの20年をThe-Dreamを中心に振り返りました。記事に登場する曲を中心にしたプレイリストも制作したので、あわせて是非。


変わりゆく時代の中で長く活躍するThe-Dream

DiddyTimbalandとのInstagramライブで「R&Bは死んだ」と語って以来、それについての議論が活発に行われている。Diddyは「R&Bはハスルじゃない」、「R&Bの歌声が死んでしまったように思う」などとコメント。さらにTimbalandにオートチューンなしで歌えるR&Bシンガーを5人挙げるよう迫るなど、R&Bの現状を憂いでいた。この一連の発言はComplexHipHopDXなど多くのメディアで取り上げられ、すぐに議論が加熱。プロデューサーのHitmakaは「いいR&Bは沢山あるのに気付かないなんてどうかしている」とツイートしUsherは「そんなのクレイジーだよ」とSiriusXMの番組「Bevelations」でのインタビューで話すなど、リスナーだけではなくアーティストも巻き込んでいった。

この議論は各々のR&B観によるものなのかもしれない。しかし、少なくともR&Bが完全に絶滅したというわけではないのは明らかだろう。特に今年はR&B界が生んだスーパースター、Beyoncéがニューアルバム「Renaissance」をリリースし大きな話題を集めた。

先行シングル「BREAK MY SOUL」Drakeに続いてハウスに挑み、アルバムが届いてみたらハウスを筆頭にレゲトンやバウンスなど様々なリズムを取り入れたお祭りアルバムに仕上がっていた。だが、そんな中でも軸となっているのはやはりBeyoncéの圧倒的にソウルフルな歌だったし、「CUFF IT」「PLASTIC OFF THE SOFA」など尖り過ぎずストレートなソウル文脈を踏襲したような曲もあった。ハウスなどを軸に語りたくなる作品だが、主役はあくまでR&BシンガーのBeyoncéなのだ。

そんな同作には、MIKE DEANRaphael SaadiqSabrina Claudio…などなど、非常に多くの才能がクレジットされていた。中でも最多10曲で関わり中核を担っていたのがThe-Dreamだ。

The-Dreamはアトランタ出身でソングライターとしてキャリアを積み、後にシンガーとしての成功も掴んだアーティストだ。2000年代後半に数々のヒットを放ち、Beyonceとも2008年の「Single Ladies (Put a Ring on It)」や2011年の「Run the World (Girls)」など多くのシングルでタッグを組んでいる。Jay-ZSolangeの作品にも参加しており、家族ぐるみでの盟友と言えそうな人物だ。

The-Dreamがシーンに登場してからの20年間、R&Bには様々な変化が起きた。「R&Bが死んだ」という意見が出てくるようになったのは、その変化を思えば当然なのかもしれない。そんな変わりゆく時代の中でThe-Dreamは、時には影響を受け、影響を与えながら長く活躍してきた。そこで今回はThe-Dreamを中心にR&Bの20年間を振り返り、シーンの変化の流れを辿っていく。


ソングライターとしてのThe-Dreamの登場

The-Dreamのソングライターとしての大きな第一歩が、B2Kが2002年にリリースしたアルバム「Pandemonium!」に収録された「Everything」だ。同曲をプロデュースしたLaney Stewartは後に「BREAK MY SOUL」などをThe-Dreamと共に手掛けたTricky Stewartの実の兄。同アルバムにはTricky Stewartも何曲か参加しており、この頃から後の黄金タッグに繋がるものを発見できる。

The-Dreamはこの時点ではまだ新進ソングライターだったが、後の制作パートナーであるTricky Stewartは既に大きな成功を収めていた。1990年代からImmatureThe Braxtonsなどを手掛け、1999年にはフロリダのラッパーのJT Moneyがリリースしたシングル「Who Dat」がヒット。2000年代に入ってからもその勢いは止まらず、Myaの2000年のシングル「Case of the Ex」やB2Kの2001年のシングル「Uh Huh」をヒットに導いた。The-DreamはB2K仕事の後すぐにTricky Stewartともタッグを組み、2003年にはBritney Spearsのシングル「Me Against the Music」を共に手掛けた。

同曲はTricky Stewartが設立したクリエティヴコミュニティ、RedZoneにとっても大きな仕事となった。Tricky StewartとRedZoneはその後リリースされたBritney Spearsのアルバム「In the Zone」にも参加。そしてこの時にタッグを組んだBritney Spearsへの提供を念頭に書かれた曲が、最終的に別のアーティストに渡ってThe-Dreamのキャリアを変えていくこととなる。

また、「In the Zone」にはTricky Stewart一派以外にもアトランタ勢が参加していた。当時Lil Jonと共にハイテンションでエネルギッシュなスタイル「クランク」路線で人気を集めていた、ラップデュオのYing Yang Twinsだ。

クランクはR&Bに新しい流れをもたらした。クランクとR&Bをミックスした新たなスタイル「クランク&B」の流行だ。The-Dreamもこの流れに対応し、当時の私的なパートナーでもあったシンガーのNiveaが2004年にリリースしたシングル「Okay」でLil Jonとの共作のクランク&Bに挑んだ。同曲が収録された2005年のアルバム「Complicated」はThe-Dreamがメインプロデューサーを務めた作品で、The-Dreamもラップで(なんで?)参加している。クランク&Bのほかはラテン風味やAshantiっぽいヒップホップソウル路線などを取り入れたサウンドで、当時のシーンの王道を行くような作品だ。

The-Dreamはその後、Brooke ValentineSugababesなどの作品にソングライターとして参加。表舞台に出る機会は滅多になかったものの、着実にキャリアを進めていった。そして、この後同じくソングライターとしてキャリアを積んでいったアーティストがシンガーとしてブレイク。ソングライターへの注目が高まる流れが生まれていく。


Ne-Yoなどソングライターが表舞台に

ソングライターがシンガーデビューする流れを切り開いたのは、元ImmatureのMarques Houstonのシングル「That Girl」を書いたNe-Yoだった。Ne-YoはシンガーとしてColumbia Recordsと契約していたもののアルバムリリース前にレーベルから離れ、ソングライター寄りの活動にシフトした人物だ。Ne-YoはDestiny’s ChildやNiveaなど、The-Dreamとも縁の深いアーティストの曲にもソングライターとして参加。そしてMarioが2004年にリリースしたヒット曲「Let Me Love You」を手掛けた後に、シンガーとしてのDef Jamとの契約を勝ち取った。なお、当時のDef Jamの社長を務めていたJay-Zは後にThe-Dreamのキャリアにも大きく関わっていく。

Ne-Yoが2005年にリリースしたデビューシングル「Stay」はそこまで大きなヒットには至らなかったものの、続くシングル「So Sick」がアメリカだけではなく世界的に大ヒットを記録。2006年にリリースしたデビューアルバム「In My Own Words」も大ヒットし、Ne-Yoは一躍スーパースターの仲間入りを果たした。Ne-Yoは2007年には2ndアルバム「Because of You」をリリース。シングルカットされたタイトル曲もヒットし、快進撃を進めていった。客演でもJay-ZやPliesなどの作品に参加し、ソングライターとしてもRihanna「Unfaithful」やBeyonceの「Irreplaceable」などのヒットを次々と放っていった。

このNe-Yoのブレイクと前後し、Mariah Carey「We Belong Together」Mary J. Blige「Be Without You」などの大ヒット曲を書いたJohnta Austinもシンガーとしてのデビューを進めていった。デビューシングル「Lil' More Love」のリリースはNe-Yoの「Stay」よりも少し早かったが、Ne-Yoのブレイクを受けて歌えるソングライターとしての注目を獲得。レーベルの都合などもありシンガーとしての本格ブレイクは惜しくも逃したものの、Bow WowDaz Dillingerなど所属レーベルのSo So Def絡みの作品を中心に客演でその声を聴かせた。ソングライターとしてもJanet JacksonLloydなどの作品を手掛け、Trey Songzが2007年にリリースした名曲「I Can’t Help But Wait」では「So Sick」などNe-Yo関連曲で知られるStargateともタッグを組んだ。

また、B2KのOmarionCiaraなどの曲を書いたKeri Hilsonも、2006年頃からシンガーとしての活動を本格化。Lloyd BanksTimbalandなどの作品に客演し、当時売れっ子プロデューサーだったTimbalandとPolow Da Donのバックアップを受けて裏方から表舞台に浮上していった。そして、もう一つ別の動きがThe-Dreamにとって追い風となり、シンガーとしてのThe-Dreamの活動もいよいよ本格化していった。


オートチューンの浸透とThe-Dreamの快進撃

そもそもThe-Dreamの歌声は、JoeK-Ci & Jojoなどそれ以前のR&Bシンガーと比べると明らかに違うタイプだ。その線の細い歌い方がR&Bシンガーとしてのデビューの障壁になっていたのかもしれない。しかし、歌への価値観が変わるような流れが2000年代半ば頃から後半にかけて起こった。オートチューンの浸透だ。

オートチューン導入の旗手となったのはT-Painだ。フロリダ出身で元々はラッパーだったT-Painは、オートチューンを使って歌った2005年のシングル「I’m Sprung」が話題を集め、同年には1stアルバムアルバム「Rappa Ternt Sanga」をリリース。しかし、この時点ではオートチューンはそこまで流行せず、T-Painの個性としてシーンに受け入れられていた。しかし2007年にリリースしたシングル「Buy U a Drink (Shawty Snappin’)」が「I’m Sprung」以上の大ヒットを記録し、同曲の後にSnoop Dogg「Sensual Seduction」など他アーティストがオートチューンを使った曲を次々と発表。こうしてオートチューンは浸透していった。

オートチューンは、R&B的な歌ヂカラを持つわけではないSnoop Doggのようなアーティストにも歌モノで成功する道を作った。The-Dreamはオートチューンをわかりやすく使うタイプではないが、オートチューンの浸透に伴う歌モノを巡る評価軸の変化がその登場を促した可能性は高い。The-DreamがDef Jam(Ne-Yoと同じ!)と契約を掴んだのも、オートチューンが流行し始めた2007年のことだった。

そしてこの2007年は、ソングライターとしてのThe-Dreamにとっても重要な年だった。Rihannaの「Umbrella」J. Holiday「Bed」とThe-Dreamがソングライティングを手掛けたシングルが立て続けに大ヒットを記録したのだ。元々Britnery Spears用だったという前者はTricky Stewartプロデュースで、後者はこの後もたびたび組むLos Da MystroとThe-Dreamの共作。「エラ、エラ…」、「ベ、ベ…」とフレーズを繰り返すメロディがキャッチーなこの2曲は、The-Dreamのペンの個性をシーンに強烈に提示した。

The-DreamはそのほかにもMary J. Bligeのシングル「Just Fine」Chris Brownのアルバム「Exclusive」収録の「You」などを提供。2007年のR&Bの顔の一人となった。前後して、シンガーとしてのデビューシングル「Shawty Is a 10」もリリースされた。同曲は軽快なピアノが効いたビートにFabolousのクールなラップをフィーチャーしたもの。そして年末には、いよいよThe-Dreamのシンガーとしての1stアルバム「Love/Hate」がリリース。そのアーティストとしての全貌がいよいよ明かされた。


エッジーな「Love」3部作

「Shawty Is a 10」は明るい雰囲気でヒップホップ的なニュアンスの強い路線だったが、アルバム「Love/Hate」はそれとは異なる要素が詰まった作品だった。Michael Jacksonへの憧憬を強く打ち出した「Fast Car」などからはCiaraのシングル「Promise」などのヒットで当時起きていた1980年代リバイバルの流れと呼応するものが感じられるが、そういったシーンの流行とは違う部分での作家性を強固に備えた作品となっていた。

特に目立ったのが、全曲がDJミックス、というかBeyoncé「Renaissance」のように繋がった構成だ。スウィートでセクシーな全体のムードに合わない先行シングル「Shawty Is a 10」を一曲目に配していることからも、曲単位ではなくアルバムとして聴かせるような意識が伺える。また、随所で聴かせるR&Bにエレクトロポップと南部ヒップホップをミックスしたような、ダークでエッジーな音作りも特徴として挙げられる。ヘヴィな「Nikki」やギョロギョロとしたシンセが効いた「Falsetto」、浮遊感のある「Purple Kisses」などなど、同じソングライター出身のシンガーでもNe-Yoなどとは明らかに違う路線を多く収録。この尖ったサウンドとメロディメイカーとしての才、そしてそれ以前のシンガーとは違うタイプの歌い方が合わさり、アルバム全体が先鋭的な感触に仕上がっていた。

同作のリリース後、The-Dreamはさらに勢いを増した。ソングライターとしてMariah Carey「Touch My Body」やBeyoncé「Single Ladies (Put a Ring on It)」などビッグネームのシングルを手掛けてヒットに導き、2009年には2ndアルバム「Love vs. Money」をリリース。セールス面で前作を超える成功を収めた。アルバムの方向性は少しダークさは抑え気味で、Lil Jonとのクランク&B路線の「Let Me See Your Booty」のような曲も交えていたが、基本的には前作の延長線上にあるようなものだった。前作での「Fast Car」的な路線となるMichael Jackson風の軽快な「Walkin’ on the Moon」でKanye Westをフィーチャーし、スウィートな「My Love」では「Touch My Body」を提供したMariah Careyを迎えるなど、ビッグネームを自身のマナーに引き寄せる手腕も発揮。そのプロデュース能力の高さを改めて提示した。

続く2010年の3rdアルバム「Love King」も同様の路線を継続。同作は客演をT.I.のみに絞って自身の歌と曲の総合力で勝負する作りを取り、1stアルバム収録曲「Nikki」の続編も収録。新機軸にも挑んだ前作から、1stアルバムの頃に再び立ち返ったような姿勢も見せていた。この「Love」三部作により、The-Dreamはその音楽性をシーンに強く刻み込んだ。


Tricky StewartがThe-Dreamに次いで発掘した新鋭

The-Dreamと共に多くの名曲を送り出したTricky Stewartは、2009年頃にThe-Dreamに次ぐ新たな才能を見出した。Brandyの2008年作「Human」収録の「1st & Love」や、John Legendの2008年作「Evolver」収録の「Quickly」などでソングライティングを務めていた西海岸のアーティストのLonny Breauxだ。この2曲はTricky Stewartプロデュースではないものの、The-Dreamっぽいエレクトロニックな路線だった。Tricky Stewartは楽曲提供をきっかけにLonny Breauxと知り合い、その歌声を気に入ってアーティストとしての表舞台での活動を勧めたとのことだ。そしてTricky Stewartを通じて、Lonny BreauxはDef Jamと契約を果たした。

しかし、レーベルからLonny Breauxに注がれる視線は冷たく、十分なサポートを得ることはできなかったという。その結果Tricky StewartとLonny Breauxの関係も悪化。Lonny Breauxはレーベルに頼らず、ミックステープを制作して自主リリースする道を選んだ。そうして出来上がったのが、アーティスト名をFrank Oceanに改めたLonny Breauxが2011年に発表した「nostalgia, ULTRA」だった。

同作はTricky Stewartプロデュースのシングル「Novacane」のようなThe-Dreamマナーのエレクトロニックな路線のほか、EaglesMGMTなどのロックをサンプリングしたもの、当時のKanye Westを思わせる硬質な「Swim Good」のような曲も収録したクロスオーバーなサウンドに仕上がっていた。所属コレクティヴのOdd Futureへの注目も相まって同作は大きな話題を集め、各種メディアでも高い評価を獲得した。同作のリリース後には、Jay-ZとKanye Westのタッグ作「Watch the Throne」の2曲でFrank Oceanが参加。オープニングの「No Church in the Wild」はThe-Dreamとも共演を果たした。

Frank Oceanは2012年に1stアルバム「channel ORANGE」をリリース。先行シングル「Thinkin Bout You」に象徴される浮遊感のあるシンセや、随所での歪んだギターなどが特徴のスタイルを披露した。この音楽性は「nostalgia, ULTRA」から地続きのものだが、Timeが指摘するようにThe-Dream「Love/Hate」との共通点も発見できる。Tricky Stewartとの関係は長く良好なものではなかったが、その仕事から得たものはFrank Oceanの中にしっかりと残っていたのではないだろうか。


DrakeとThe Weekndの登場

Frank Oceanは「Falsetto」などで聴けるThe-Dreamの浮遊感を受け継いでいたが、それ以外の部分を継承するような音楽性のアーティストも登場していた。カナダ出身のR&Bシンガー、The Weekndだ。

The WeekndはZodiac名義での活動でも知られるプロデューサーのJeremy Roseと2010年頃に知り合い、Jeremy Roseから「ダークなR&Bプロジェクト」の構想を持ちかけられて「What You Need」など3曲を制作。この3曲がDrakeのブログに取り上げられて話題を呼び、The Weekndは各種音楽メディアからも注目を集めた。ダークでエレクトロニック、そしてインディロックなどの要素も取り入れたサウンド。Michael Jacksonからの影響を感じさせるセクシーな歌声。R&Bとしての魅力をキープしながらもそれだけに留まらない音楽性のThe Weekndは、同時期にブレイクしたFrank Oceanなどと共に「オルタナティヴR&B」と呼ばれるR&Bの新たな流れを生み出した。しかし、Frank Oceanと同じくThe WeekndのスタイルもThe-Dreamとの共通点は発見できる。そのダークな雰囲気は「Nikki」などでの試みに通じるものがあり、Michael Jacksonからの影響のストレートなアウトプットもThe-Dreamが「Fast Car」などで取り組んでいたことだ。

また、そもそもThe WeekndをフックアップしたDrakeも、浮遊感のあるビート選びなどThe-Dreamと通じる音楽性の持ち主だ。Drakeはラップだけではなくスムースに歌うスタイルが特徴だが、その歌もThe-Dream以前なら「歌えるラッパー」に留まり、R&Bとして聴かれることはなかったかもしれない。Drakeが2010年にリリースした1stアルバム「Thank Me Later」収録の「Shut It Down」にThe-Dreamをフィーチャーしているのも、そのスタイルに共通点があるからこそだろう。実際、同曲はThe-DreamらしさもDrakeらしさも両方感じられる曲に仕上がっている。

The WeekndがThe-Dreamから影響を受けていたかは定かではないが、少なくともリスナー側はそう受け取っていた状況があった。The-Dream本人も2012年に行ったライブで「俺と同じような音を出している奴が4人ほどいる」と発言し、それがThe Weekndに向けられているのではないかと噂された。The Weekndはこの発言に対してTwitterで反論していたが、The-Dreamの成功があったからこそThe Weekndも注目を集めることができた部分は少なからずあるだろう。


ジャンルを問わず広がるThe-Dreamの影響

The-Dreamの影響はR&Bに留まらなかった。ヒップホップシーンでは、同郷のアトランタから歌うようなラップスタイルを持つRich Homie Quanがブレイク。2013年のシングル「Type of Way」がヒットし、同時期に登場したMigosYoung Thugなどと共に新たなアトランタヒップホップを牽引した。さらに、ヒップホップ/R&Bのメインストリームと距離のあるところでもThe-Dream影響下にあるアーティストが登場していた。

その中の一人として、2010年にリリースしたアルバム「Love Remains」で注目を集めたHow to Dress Wellが挙げられる。同作はドリーミーかつ歪な質感でR&B由来のロマンティックな歌を聴かせる作品で、当時インディロックのシーンで盛り上がっていたムーブメント「チルウェイヴ」との同時代性を感じさせるものだった。そのスタイルはR&B要素を含みつつも異なる匂いも強く、インディロックやエレクトロニック・ミュージックなどのリスナーの間でも人気を獲得した。

AnOtherにHow to Dress Wellが寄稿したアルバムの解説によると、同作はYellow Swansのアルバム「Going Places」Grouperの全てのアルバム、そしてThe-Dreamの「Love vs. Money」を聴いて制作したものだという。PitchforkのインタビューによるとThe-Dreamの曲をサンプリングでも使っているそうだ。同インタビューでは「The-Dreamからメロディを褒めてもらうことが夢」とも語っており、そのThe-Dreamへの憧れははっきりと感じられる。

チルウェイヴを代表するアーティストの一人、Toro Y MoiもThe-Dreamの影響を語っていたことがあった。2013年のアルバム「Anything in Return」リリース時のPitchforkのインタビューでは、恋人のお気に入りアーティストであるThe-DreamやJustin Bieberを意識して制作したというエピソードが登場する。Spinのインタビューでも「古い友達にThe-DreamやJustin Bieberみたいな曲を聴かせたら変に思われそう」と語っており、Qeticのインタビューでは「The-Dreamをプロデュースしてみたい」という旨の発言をしていた。この一連の発言からは、この時期のToro Y MoiがとにかくThe-Dreamを熱心に聴いていたことが伺える。収録曲「High Living」での「アー、アー、アー」というフックのメロディや、「エイ」という声ネタのループと手数の多いハイハットが効いた「Cake」などには実際にその影響が感じられる。

How to Dress Wellはその後ゲストヴォーカリストとしても活躍し、後にR&Bシーンでも活躍するShlohmoRL Grimeなどのエレクトロニック・ミュージック系プロデューサーの作品に参加。オルタナティヴR&B路線のサウンドでその歌声を披露した。Toro Y Moiも「Anything in Return」リリース後の2014年には、SZAのEP「Z」収録の「HiiiJack」をプロデュース。こういった動きはオルタナティヴR&Bとの同時代性が感じられるものだが、どの背景にもThe-Dreamの存在が伺えることが多いのは興味深いポイントだ。


トレンド化したオルタナティヴR&B

同時期に盛り上がっていたクラウドラップやウィッチハウスといったダークで越境的なスタイルとの共通点もあり、オルタナティヴR&Bは2010年代前半の大きな動きとなった。

かつてThe-Dreamが提供したB2KのレーベルメイトだったJhené Aikoや、ソングライターとしてThe-Dream & Tricky Stewartコンビと同じアルバムに参加していたこともあるMiguelなどもオルタナティヴR&B路線で高い評価を獲得。2012年にはベテランのUsherもシングル「Climax」The Weeknd影響下のオルタナティヴR&Bに挑むなど、メインストリームでもトレンドとなっていった。2013年の終わりには、Beyoncéもセルフタイトルアルバム「Beyoncé」でオルタナティヴR&B系の路線に挑んだ。同作にはFrank OceanやDrakeも参加していたが、The-Dreamもソングライティングで4曲に関与。そのオリジネイターとしての存在感を密かに示していた。

一方、クロスオーバー志向ではないスウィートなR&Bの話題作は生まれづらくなっていた。Complexは2020年の記事R&B Isn’t Dead. It’s Going Through an Identity Crisis.で、「R&Bの死」が語られるようになったのは2013年頃からだったと指摘している。GinuwineTyreseと組んだスーパーグループのTGTでこの年にアルバム「Three Kings」をリリースしていたTankは、Billboardのインタビューで「俺たちはR&Bを年配の大人たちだけでなく、誰もが聴けるような場所に戻したいんだ」と語っていた。同作のキャッチフレーズは「真のR&Bを取り戻す」であり、このことからも当時のR&Bシーンの変化が伺える。ジャンルの進化は悪いことではないが、大切にしている部分が失われつつあると感じるリスナーがいてもおかしくはない。「真のR&Bを取り戻す」アルバムである「Three Kings」は、それに対する回答のように徹底してスウィートに仕上げられていた。

もはやオルタナティヴではなく主流になりつつあったオルタナティヴR&Bだが、その代表格であるThe Weekndが2013年にリリースしたデビューアルバム「Kiss Land」ではポップスターになるほどの成果は得られなかった。しかし、その後The WeekndはAriana Grandeが2014年にリリースしたシンセポップ系のシングル「Love Me Harder」への客演で注目を集め、2015年にはブギー系のシングル「Can’t Feel My Face」が大ヒット。ブギーはDaft Punkが2013年にリリースしたシングル「Get Lucky」などによってトレンドとなっていた路線だが、Michael JacksonフォロワーであるThe Weekndの歌声はそこにも見事に適応した。また、ブギー再評価もThe-Dreamの「Love/Hate」頃から続く1980年代リバイバルの流れにあるものだ。一見路線変更したように見えるが、The WeekndをThe-Dreamフォロワーと捉えれば一貫していると言えるだろう。ダークなだけではないポップな側面も見せるようになったThe Weekndは以降、急速にスター街道を急速に走っていった。


オルタナティヴR&Bと歌うラッパーの隆盛

オルタナティヴR&Bは2016年に最高潮を迎えた。メインストリームでの大ブレイクを掴んだThe Weekndは、この年にアルバム「Beauty Behind the Madness」をリリース。先行シングル「Can’t Feel My Face」を踏襲したポップな路線も織り交ぜつつも、ダークなオルタナティヴR&Bもしっかりと披露した。Frank Oceanも2ndアルバム「Blonde」をリリースし、ハイピッチ・ヴォイスも取り入れて内省的なオルタナティヴR&Bを制作。ポストダブステップからオルタナティヴR&Bのアーティストに徐々にシフトしていったJames Blakeも、アルバム「The Colour in Anything」で高い評価を集めた。

そして、Beyoncéが2016年にリリースしたアルバム「Lemonade」でも前作でのFrank Oceanに続きオルタナティヴR&Bアーティストの起用があった。「6 Inch」ではThe Weeknd、「Forward」ではJames Blakeをフィーチャー。前者のソングライティングではThe-Dreamも関与し、かつての緊張感を経てThe Weekndとついに共作を果たした。

また、オルタナティヴR&B以外にもR&Bと近い分野での大きなトピックがあった。Rich Homie Quanのようなメロディアスなスタイルのラッパーの急増だ。2010年代前半からDrakeやFutureなどがブレイクするなど増加傾向にあったが、Lil Yachtyの登場やRae Sremmurdのシングル「Black Beatles」のヒットなどがあった2010年代半ば頃は、その流れが顕著になった時期だと言えるだろう。また、この頃には逆にTy Dolla $ignなどラップするように歌うシンガーも増加。ヒップホップとR&Bの境界線は、年々これまで以上に曖昧になっていった。

また、歌うようになったのはラッパーだけではなかった。プロデューサーのMndsgnも2016年のアルバムBody Washで以前から少し披露していた自身の歌を多くフィーチャー。ベーシストのThundercatも以前から歌っていたが、2017年のアルバム「Drunk」で高い評価を集めた。これらのプロデューサーとしての手腕で聴かせる力まない歌モノ作品はチルウェイヴとも通じるものだ。そして、それはThe-Dreamの作品にも同じことが言える。The-Dreamの「Love」3部作は、様々な面で現在のシーンに先駆けていたのだ。

こうして振り返ってみると、The-Dreamの影響が至るところに広まり、R&Bシーンをじわじわと変革していったことがわかる。その影響下にあるアーティストたちがR&Bを拡張していった結果、「R&Bが死んだ」と言われるまでの進化をもたらした。しかし、The-Dreamの作品をその観点で聴き直してみると、あくまでもR&Bとしての魅力をキープしていることがわかる。そのバランス感覚は驚異的で、それが長く活躍を続ける秘訣なのかもしれない。


The-Dreamとそのフォロワー、そしてR&Bの現在

The-Dreamフォロワーの中で最大の成功を収めたThe Weekndは、現在ではR&Bの枠を超えて広い意味でのポップスターへと成長した。2020年にリリースしたアルバム「After Hours」では「Blinding Lights」のようなアッパーなエレクトロポップ系の曲を収録しつつも、Oneohtrix Point NeverことDaniel LopatinとのコラボなどでダークなオルタナティヴR&B路線を推進した。

今年リリースしたアルバム「Dawn FM」では、ブギー流行と呼応して起きたシティポップリバイバルに目配せした「Out of Time」を収録。かつてThe-Dreamが「Love」3部作で取り組んだ1980年代の再生を、より広い視点で鮮やかに行った。

Frank Oceanは2016年作「Blonde」以降にアルバムをリリースしていないものの、その影響力はThe-Dream同様広範囲に及んだ。Daniel CaesarKevin AbstractKhalidなど多くのアーティストがその名前を影響源に挙げている。James Blakeも精力的に活動し、Drakeも常に大きな存在感を放っている。Drakeは今年Beyoncéより一足早くハウスを導入したアルバムHonestly, Nevermindをリリース。Beyoncéと共に新たな流れを生み出した。

近年のThe-Dreamは、自身名義での大ヒットはないもののソングライティングや客演で重要作に参加し続けている。ここ5年間ではMeek Mill、Ty Dolla $ign、Big SeanNipsey Hussle、Solange、Jay Electronica…などなど、数えきれないほどのビッグネームの作品で起用されてきた。そして先述した通り、今年はBeyoncéのアルバム「Renaissance」に10曲で参加。多彩なスタイルを取り入れたアルバムに、Beyoncéの歌と共に芯を通した。

The-Dreamが作るメロディのように繰り返すが、「R&Bは死んだ」かについては、それぞれのR&B観によって異なる意見が出てくるだろう。しかし、この件について「愛/憎」どちらの立場でも、R&Bを愛する気持ちは変わらないはずだ。現行シーンにおいてR&Bの影響は至る所に入っているし、スウィートなR&Bを作るアーティストもいなくなったわけではない。なんとなくのイメージで新譜を避けるのではなく、追い続けていればきっと好みの曲に出会えるはずだ。今はそういう時代なのだ。時代。Era。エラ…。


ここから先は

851字

¥ 100

購入、サポート、シェア、フォロー、G好きなのでI Want It Allです