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*全文無料*体重17kgの私に想いを馳せる【夏憂い 心ひとつが晴れなくて。】
上記記事の過去の自分に想いを馳せて書いたエッセイです。
全文無料で読めます。
201×年。
8月某日。
狭い病室。
やたらと物の少ない床頭台。
目に染みるほど真っ白なシーツ。
もうため息すら出ないや。
私は上半身部分が起こされたベッドの上から窓の外に広がる、抜けるような青空をただ眺めていた。
なんでだろう。
こんなにも空は晴れ渡っているのに、心1つが今だに晴れない。
あの日からずっと。
もうとうの昔に食中毒は治っているはずなのに、吐き気なんてするはずがないのに、胃の位置すらはっきりと分かるような、それでいて内臓を強く掴まれているかのような強い吐き気と苦しさがずっとずっと続いている。
あの日からずっと私の心身は壊れたままだ。
食べる気はあるのにひどい吐き気のせいで食事は喉を通らず、食べ物を見ただけで強い嘔気に襲われ、わずかに頭を動かすことすら叶わなくなる。
乾いた喉に水すら通らない。
頭は霞がかかったかのようにぼんやりとしていて、本は読めないし、人の話しもイマイチよく理解できない。
その癖して不安だけはいっちょ前に自己主張をしてきて、ありもしない悪夢のような未来予想図を現実だと思い込ませてくる。
この胸と身体が腐っていくような絶望感に侵されているのは、この精神疾患のせいなのだろうか。
それともこの辛い治療のせいなのだろうか。
傍らにある、私の胃の中へと繋がっているチューブを指先でつつくと、点滴スタンドに吊り下げられているよく分からないどろどろとした液体が入ったパックがゆらゆらと揺れた。
24時間続く嘔気と、死の恐怖にも匹敵するまでの強い不安感。
これを絶望と呼ばずしてなんと呼ぶのだろう。
この苦しみが、世界を真っ黒な墨で塗りつぶされたかのような暗闇が、私の人生から希望を消し去った。
シャワーも、外出も、部屋から出ることも、それに自分の足で歩くことすら許可が下りない生活だったが、何一つ不自由していなかった。
どうせ何1つできないんだから。
もう、手足にすら力が入らない。
もう、こうして上体を起こして寄りかかっていることすらしんどい。
もう、この不安と恐怖を飼い馴らせない。
もう、退院できなくても、治らなくても、一生このまま狭い病室で孤独に過ごすことになってもいいや。
別にいいんだ。
私は、日の光に照らされて純白に輝く入道雲の輪郭を指でなぞった。
でも、もしかしたらいつかこの苦しみが報われる日が来るのかもしれない。
今は想像すらできないけれど、この経験を笑って話せる日が来るのかもしれない。
このクワガタ採集記を書いている人のように、ブログを書く日が私にもやってくるかもしれない。
私はサイドテーブルに置かれた母が面会の際に持ってきてくれた、クワガタ採集記のブログが印刷された用紙を握りしめる。
インターネットや電子機器の利用が制限されているここではできないけれど。
いつか来るかもしれないその日の為に。
私はすぐ傍にある床頭台に置かれた便箋と鉛筆を手にする。
今のこの気持ちを忘れないように記しておこう。
力の入らない手と回らない頭で私は必死に鉛筆を便箋に走らせた。
拝啓 10年後の私へ
今、私は何をしていますか?
退院はできたのでしょうか。
体調は、この心は少しでも楽になっていますか?
何があっても、何がなくても
あなたが毎日を楽しく自分らしく過ごせているのなら私はそれだけで嬉しいです。
ミミズが張っているかのような字でそこまで書いた時、鉛筆が手から零れ落ちた。
「からん、からんっ。」
と乾いた音がして鉛筆が床に転がったちょうどその時
「コンコンッ。」
と何だかせわしいノックの後に間髪入れず病室のドアが開いた。
「失礼しまーす。変わりないですかー。」
入ってきたのは今日、私を担当している看護師さんだ。
私は曖昧にうなづく。
「あれ? 鉛筆落ちちゃったの? 」
看護師さんは床に落ちた鉛筆を拾ってくれた。
「ありがとうございます。」
私はぼそぼそと小さな声でお礼を言う。
文章を書いて疲弊した私は、看護師さんにベッドを水平に倒してもらい力なく横たわる。
「また、来ますね。」
そう言うと看護師さんは忙しなく病室を出て行った。
ドアがしまる寒々しい音が響くと同時に、一羽の鳩が木から飛び立ち、どこまでも青い夏空に羽ばたいていった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
こうしてnoterになった よづきでした。
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