【短編小説】コウタの一生(920字)
僕はコウタ。かわいい猫だ。
人間が毎日、毎回言うのだから間違いない。
幼いときにカラスに襲われていたところを、通りかかった人間に助けられてそのまま人間の家で暮らすことになった。
そのとき僕は、母や兄弟たちとはぐれてしまっていた。
喉がかれるまで鳴いたが、彼らが来ることはなく、代わりにカラスが来たのだ。
人間が通りかからなければ、僕の一生はあのとき終わっていた。
あれからどのくらい経ったのだろう。
おとなになって分かったのだが、僕はどうやら体が弱くて神経質な猫のようだ。
ごはんを食べても吐くことが多く、体力がつかない。
些細な物音が気になって常に不安だ。
僕を助けた人間は、そんな僕を見て、
この子はきっと長生きしない、せめて名前を「康太」にしよう、と言った。
僕には長生きがどれくらい生きることを言うのか分からないし、なぜ人間が「コウタ」と呼ぶのかも分からない。
ただ、毎日ご飯を食べたり吐いたり、びくびくしながら生きるしかなかった。
人間はやわらかい毛布をくれた。
その毛布はお母さんや兄弟たちみたいに、あたたかくてふわふわしていた。
毛布と一緒に眠れば物音は気にならなかった。
そうやって何年も人間の家で過ごすうちに、
ご飯は少しずつ食べれば吐かない、ここにはカラスが入ってこない、
人間はやたらと撫でてくる、と学んだ。
ここの生活に慣れてからは穏やかな毎日だったと思う。
でも、僕はそろそろ眠るときが来たみたいだ。
きっと長い長い眠りだ。
僕は自分が何年生きたのか分からない。
長いのか、短いのかもわからない。
ただ、きっと次に行くところにはお母さんも兄弟たちもいる。
僕はもうすぐ、子猫のときにはぐれてしまった家族と再会する。
なんとなくそんな気がするのだ。
人間も、人間がくれた毛布も好きだけど、僕はやっぱりお母さんと兄弟たちとくっついて眠りたかった。
最後に、人間には文句を言いたい。
僕は病院が大嫌いだ。
知らない所で、知らない人に触られてすごく嫌だった。
何度も連れていかれたけど、行きたくなかった。
僕はあなたがくれた毛布で休んでいれば、それで良かったんだ。
じゃあね、人間。いままでありがとう。
あんまり泣かないようにね。
人間の顔は、僕が家族とはぐれて鳴いていたときの顔と同じだった。
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