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【後篇】死ぬまでに行きたかったレストラン,死ぬまでに来れました。それから。

小寒|芹乃栄
令和6年1月6日

(前編からの続き)

かくして世界一のレストランを訪れるべくデンマーク行きの旅は始まった。偶然にも最後の旅は2019年に訪れていたコペンハーゲンであった。移動の自由が制限されて突如訪れた空白さえも肯定してくれるような,清々しい自由を手に入れていた。いよいよ飛び立つのだ,世界一のレストランに向けて。

9月15日,死ぬまでに行きたかったレストランの前に立っている。念願のnomaである。

世界一でありながら,堅苦しくないサービス,素材を限りなく研究し,人間の味覚に挑戦した17品の料理。4時間にも及ぶ滞在は,食事というより体験であった。帰り際には「マッシュルームを米麹と塩で発酵させた後,燻製した調味料」という奇妙な手土産まで持たせて頂き,満腹感のもとにニコニコと帰路につく「はず」だった。それなのに実際はどこか物足りない。モヤモヤとした気持ちは長いアプローチで見送られてからさらに膨れ上がる。nomaが終わってしまった。

ホスト先に帰ってからもワインを飲みながら考え続ける。この気持ちはなんだろう。

料理が運ばれて3秒間の景色,30秒の説明,300秒の食事体験。私たち生活者は料理人の料理を食という形で消費する。しかしながら生活者が消費によって理解できるストーリーは到底料理人の描いたストーリーに及ぶことはない。なぜ酢ではなくアリを使うのか,日本では見たこともないこの野菜はどこでどんなふうに育てられたのか。その一つ一つを決定するために30人以上のプロの料理人たちが膨大な時間の中で研究を進めてきたのだ。「海外」でもなく,「欧州」でもなく,「風土」といった解像度で料理への深い理解が必要だ。到底たどり着くことのできない料理人の境地に対して,ただただ食べることしかできない無力感に気づき始めた。そしてやはりこんな風に評価するときさえも,nomaの思索の深さに包含されてしまうのだ。

このまま批評家の旅を続けるのだろうか。あと70年生きるとして約75,000回の食事を迎える。適当に平らげてしまう朝のシリアルも,畑で採れた野菜とジビエ肉で丁寧に作るパスタソースも,同じ1回だ。料理が好きだ。ありがとう,そしてさようならnoma。食の喜びを知る表現者になることを決めた。

-S.F.

芹乃栄

セリスナワチサカウ
小寒・初候

学生の頃にアルバイトをしたのはイタリアンレストランでした。京都の街並みにひっそりと佇む町家で18歳の僕は働かせてもらっていました。結局大学院までの6年間お世話になるとは思いもせず,今でも京都に行くたびにオーナーとしっぽり飲み明かすことになるとは。レストランでサービスをしながら,そして営業終わりの深夜に京都の街に繰り出してからも,料理のことをたくさん教えていただいていたな。食がつなぐご縁は偉大です。

レターに登場したnomaは,実は無くなりません。コペンハーゲンの店舗こそ閉店してしまうけれど,noma3.0と題されたプロジェクトによって存続するそうです。世界中でリサーチを行いポップアップ的にレストランがオープンするみたい。
デンマーク旅を終えてすっかり意味が変わったキッチンを,改めて考えてみる書籍を一選。

百戦錬磨の台所 / 中村好文

市井の建築家として主に住宅建築を手掛ける中村好文さん。なかでも格別に設計にこだわるのが「台所」だといいます。映画に登場する台所,とある夫婦の台所。美味しい風景が,なんとも可愛らしい手書きの設計図面によって膨らんできます。


参考文献

なし


カバー写真:2023年9月12日18時30分 デンマークのホスト宅にて。建築家であるホストがワインを用意してくれていた。nomaに向かう興奮を抱えながらキッチンをお借りし自分たちで食事の支度をする。


コヨムは、暦で読むニュースレターです。
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【後篇】死ぬまでに行きたかったレストラン,死ぬまでに来れました。それから。
https://coyomu-style.studio.site/letter/seri-sunawachi-sakau-2024


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