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SS『大阪駅の連絡橋口で。』

三時を大きく回った駅は相変わらず騒がしかった。ひとが右から左へ、前から後ろへ、私の視界の中で十秒も存在しない。そんな中、私はずっと止まっている。通知のないスマホを気にしながら、通行者を眺めていた。
隣に座ったおばあちゃんが私に話しかけた。雑踏の中では聞こえないほど小さい声で、私に何かを言う。マスクの向こうにある口に耳を近づけて、やっと聞き取れた内容は、反対隣に座る女の子のことだった。
「寝てるんじゃないですかねぇ」
「最近は物騒だからね、前も荷物をひったくられていたよ」
私の耳がききとれたのはそこだけだった。そうですね、と話を合わせることを選ぶ。
話をするつもりもない人が隣に座っても何も感じないというのに、三〇センチは離れているのにおばあちゃん側の肩がチクチクする。暖かくてゾワッとした。男の人が近づいてくる。当然そのまま、私を通り過ぎて待たせている相手に声をかけてどこかへ歩いていった。何故かぬぐえないこそばさを無視しながら、私も待ち人を探す。まだ来ない。連絡もない。
この駅の一日の利用者は八十万人を越すそうだ。いつの間にかおばあちゃんはいなくなり、寝ていた女性も誰かを待つ男子も別の人になっていた。そして、もはやそう言ったベンチに腰をかけるような人も居なくなった。外はもう真っ黒だ。道に倒れる酔っ払いが吠える。
静かだけどどこか騒がしい改札の前で私はベンチに座っている。もうすぐ時計は三時を指す。まだ待ち人は来ない。約束の時間は三時だったというのに。確認ミスだった。待ち合わせは夕方の三時だと思っていたのに。
大都会というのは明るいものだ。ビルの明かりがまだ消えない。あの中では一体どんな仕事をしているのだろう。私は誰も出てくることの無い駅のホームを見つめていた。
電車の音が私を包む。ピシッとスーツを着た人が怠そうに、けれど私が歩いても追いつかないであろう早さで歩いていく。綺麗な服を着たお姉さんがスマホを弄りながらホームへ歩いていく。どうしようもなくこの人たちは他人なのである。みんな新しい一日を進んでいくようだった。
いつの間にかベンチには多くの人が座っていた。隣の男性の元に駆け寄ってくる若いサラリーマン。彼らは落ち合って話し始めた。
「あの事故から丸十年だってな」
「ちゃんと昨日は十五時ちょうどに黙祷しましたよ」
喧騒の中、私はまだ来ない彼を待ち続けることをやめた。

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