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まずよく自分を整える
『大学』≒「自助・共助・公助」
自己紹介がてら。
最近「自助・共助・公助」という言葉がよく出てくるようになりました。
予算案事業説明書のなかの特に防災や介護福祉の事業において「共生社会」というキーワードとともによく登場します。
この自助・共助・公助って、儒教の四書の中の『大学』の修身の教えによく似ていると思います。
政治と社会と個人の関係性を分かりやすく分類する言葉だなあと思うのですが、人によってはイデオロギーが悪さすると、「全部公助でやるのでは」「自助=共助=公助でしょ」という捉え方にもなるようで、全体主義を言葉でつきつめると一即多、多即一みたいな個象すべてが溶けてしまう悟りを開いてしまうのか、人類がすべてテレパスになる想定になるのか分からないのですが、まだ社会が全体か個かなど問わなかった時代の素朴な思想哲学の視点から触れてみるのもよさそうだと思うのです。
大学入学前に『大学』
25年も前のこと。
大阪市立大学に進学が決まり、引っ越しした下宿先で最初の講義の日を待っていたちょっと寄る辺ないひとりぼっちの時期に、まず広げたのが岩波文庫の『大学』でした。
それを真っ白なノートに書き写して持て余す自由時間を潰していきました。
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これから大阪の人と知り合っていくのだからなにか掴みを作っておこうくらいの、そしてちょっと滑るくらいのつもりでしかなかったのですが、これが驚くことにのちの人生の要所要所でことごとく思い出されて、そのたび考えさせられ助けられ、ふとある日、自分の背骨にまでなっていたことに気づいて、儒学の教えというのはそれは大変なものだなあと半生かけて実感したのでした。
脳みそには下手になんでも刷り込むもんじゃないです。書いたのが特に悪かったようです。途中で何度かうんざりしましたが、無心に書き写していると、初めてのキャンパス生活でやらかした田舎っぺの恥などを反芻せずにすんだので、一応最後まで書き終えました。
ネタのつもりが背骨に
二 古 之 欲 明 明徳 於天 下 者、 先 治 其 国、 欲 治 其 国者、 先 斉 其 家、 欲 斉 其 家 者、 先 脩 其 身、 欲 脩 其 身 者、 先 正 其 心、 欲 正 其 心 者、 先 誠 其 意、 欲 誠 其 意 者、 先 致 其 知、 致知 在 格物、 物 格 而 后 知 至、 知 至 而 后 意 誠、 意 誠 而 后 心 正、 心 正 而 后 身 脩、 身 脩 而 后 家 斉、 家 斉 而 后 国 治、 国 治 而 后 天下 平、
古 え の 明徳 を 天下 に 明らか に せ ん と 欲する 者 は 先ず その 国 を 治 む。 その 国 を 治めん と 欲する 者 は 先ず その 家 を 斉 う。 その 家 を 斉 え ん と 欲する 者 は 先ず その 身 を 脩( 修) む。 その 身 を 脩 めん と 欲する 者 は 先ず その 心 を 正す。 その 心 を 正さ ん と 欲する 者 は 先ず その 意 を 誠に す。 その 意 を 誠に せ ん と 欲する 者 は 先ず その 知 を 致 む。 知 を 致 むるは 物 に 格( 至) る に 在り。 物 格 り て 后 知 至 まる。 知至 まり て 后 意 誠 なり。 意 誠に し て 后 心 正し。 心 正しく し て 后 身 脩 まる。 身 脩 まり て 后 家 斉う。 家斉 い て 后 国 治まる。 国 治まり て 后 天下 平らか なり。
大学で西洋哲学の先生に雑談で、日本人の精神とはなんでしょうかと尋ねたところ、「そりゃ教育勅語じゃない?」と言われたことがありました。私は仏教の忙しい土地に生まれたのでその意見にはかなり懐疑的でした。
この『大学』についても、ただふんわりと
国をおさめるものは家をよくおさめているし自分自身もよくおさめている。
逆に、自分をおさめられないものは家もおさめられないし国もおさめられない・・・というのはまあそのとおりかもと思っていただけでした。
別に君子や政治家になる野心があったわけでもなく、
社会人として人前で発言するにしても、会社で働くにしても、このようなことを少し意識していれば大きな失敗はないのかもしれないと、その程度の言葉のお守りだと思いました。
倫理と家庭と社会
倫理とは最低2者の間から生じ始める人間と人間の間のルールであり
家庭は社会の最小単位である
と教えてくれたのは誰だったか忘れました。
自らをおさめ、家をおさめ、社会をおさめるという『大学』の考え方によく沿っていると思ってなんとなく覚えたのでした。
自らの心と意志と知性を整えたら、倫理でもって他者との関係性を築くことができます。
他者との関係性の構築の始まりは家庭です。
家庭をよく整えることができれば、地域社会とも関係性をよく築くことができるだろうという、めっちゃ簡単な考え方ですが、しかし、全部きちんとやってみるというのはとてもとても難しいものです。
自分の生活も整えられない人が、会社で良いパフォーマンスできるかな?
いつか倒れてしまうことを前提に周囲を振り回しているのではないか。
でもだって社会についていくのがやっとなんだもん。
思考がいつもそんなことを行きつ戻りつしました。
やがて社会を生きるだけの知見をたくわえて、衣食住も少しずつ自分で整えられるようになり、家族親せきを納得させてボロボロの母屋をカフェにして、地域社会に自分の足場を作ったところ、色んな相談事をされるようになりました。
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例えば、自分ちの古い町屋をどうにかお店にしたいという相談があり、人の助けを借りればなんとか対応できそうだと思い、お店のお客さんみんなに相談をしてボランティアを募り、町屋再生プロジェクトを立ち上げ、チームを船出し、相談主さんにお店を経営してもらえるまでの形を整えました。
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カフェ経営も色んな相談事もこなしていきましたが、自分の力やみんなの力だけではどうにもならない問題が多々あることに気づき、選挙に出ました。
この開業事例における「どうにもならない部分」としては、都市部に対する永平寺町の観光PRです。議員になってから2019年度の3月議会と9月議会にて、禅の観光戦略について一般質問を行いました。
また、さらに新しい観光コンテンツを作るべく、県指定史跡越前波多野城の登山道整備ボランティアをされる永平寺じょやま会さんの顧問となり、実務作業やPRのお手伝いをしました。
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このように『大学』の教えにのっとり、自分→家→地域社会と輪を徐々に広げてきました。場を広げるたびに、自分を整え、家を整え、家庭の関係性を整え、人との関係性を整えることを繰り返す必要がありました。
人との関係性、社会との関係性では
うまくいかないこともたくさんありました。
おかしな振り回され方をしてしまうとき、これって結局自分に問題があるんじゃないだろうかなんて頭を抱えることも多くありました。
まあしかし支えてくださる方もたくさんいらっしゃって
いつも大体幸せに過ごせている気がします。
自分のできることは自分でやり、できないことは人に助けを求め、できることは人を助け、みんなも自分もどうにもならないことについては社会に助けをもとめる。社会も皆も自分もどうにもならないことについては、社会を整えるよう働きかける。
「自助・共助・公助」という言葉をみたときに、これってまさに私が原則にしてきた『大学』のいうことだなあと思ったのはこういうわけです。
自助努力ー自分でできることとは?
なんでもひとりでできるわけではありませんが、一人の社会人として自立するために自分ができることってなんだろうって、誰しも自分でその範囲を決めているところだろうと思います。
「自分が整う」状態とはどういう状態なのか、どんな状態が心地いいのか。
自分はどこのラインから人の援助を求めるのか、公の支援を求めるのか。
公の支援はどんなものがあるのか。
自分の持っているいろんな条件を整理して、そのラインを冷静に見極めることのできる人が、自立した大人なのかもしれないなあとも思います。
今の自分は体を悪くした自分を見つめ直し整えなおすところに立っています。今の自分の条件で、自分のために何ができて、家族のために何ができて、地域のために何ができて、また何ができないか、どんな助けをかりなければならないか、線を引き直しています。
人生はいつでも変化のあるもの。
いつも自分を整えるところから始めればよいのです。
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