オランダを拠点に、音の未開拓を探索するスーパーリモートワーカー 〜株式会社coton 森本洋太さんインタビュー〜
作曲家、アーティスト、研究者、エンジニア、パパと多くの肩書きを持つcotonチーフエンジニア森本洋太さんに、AGF® Work Design Coffee ブランドサイト内「Work Design Music」のほか自身の作品とテクノロジーとの向き合い方について聞きました
オランダ、働き方の多様性とリモートワーク今昔
ー オランダとの時差は今だと7時間ですよね。朝早くからありがとうございます
森本:ちょうど今、子供を学校に送ってきたところです。今日はこの取材のあとcotonの定例ミーティングがあって、それから久しぶりにコンサートがあるので朝でよかったです。
ー 盛り沢山ですね!
森本:全部パートタイムみたいですよね。オランダってパートタイムっていう考えがすごく浸透しているので、自分が特に変わった働き方している意識はぜんぜんないです。
森本:お子さんの送り迎えは森本さんの担当ですか
森本:僕がすることが多いですね。こちらは小学生でも保護者が付き添って登校するのが一般的で、僕みたいにお父さんが送り迎えするのも珍しくないです。
ー オランダでの暮らしは長いんですか。日本の大学院を出てからオランダのハーグ王立音楽院を卒業、そのあとはイギリス(バーミンガム大学博士)に行かれたんですよね
森本:実はそのときもイギリスには住んでいなくて、拠点はずっとこちらでした。国際学会に出たり、フェスに参加したりと色々な活動があったので、移動しやすいという面や、物価など暮らしの面でも、オランダのほうが圧倒的に便利だったんですよね。
でも当時、リモートで学生することはめちゃくちゃ大変でした。入国審査でもけっこう見張られて。学生証を見せても、なんでこんなに頻繁に行き来してるんだ、怪しいことやってるんじゃないかって疑われるんです。
それから4、5年たったころには、大学側から積極的に国外居住を勧める動きも出てきたりしてましたね。それでコロナ禍でしょ、この10年ほどで本当に世の中変わりました。
ー 今では大学はもとより仕事でもリモートのほうが普通というかんじですもんね
森本:自分で選んでリモートしていたころは楽しかったんですけど、これしか選択肢がないとなるとけっこうしんどいものもありますね笑
コンサートも随分なくなってしまいました。ちょうど今シーズンは始まったところで、今日も、来週も、ひとつずつ入っているんですが、これからちょっとどうなっていくか、まだ分からないですね。
ー リモートワークに関してすでにベテランの森本さんですが、お仕事を拝見していると、フィジカルに協業しないで実現できるのかな?っていう作品も多く発表されてますね
森本:そう、難しいですね。この「acamar」なんかも、カメラワークを工夫して空間の広がりを表現してますけど、スピーカーをたくさん配置していたり、その場で体感しないとわからない部分もあります。とはいっても、今後いろんなテクノロジーで再現できるようになってくるとは思ってます。つまりVR的なもので、自分が動いたらその空間の情報がすべて追随するといったことですね。
192個のスピーカーとアルミ製チェロとのデュオ acamar
soundtopeは難しい?
ー coton参加のきっかけを教えてください
森本:もともと濱野さん(coton最高技術責任者)は僕が大学院にいたとき大学に入ってきて、彼、当時からすごい優秀だったので院の人たちと結構一緒にいたんですよ。その後こちら(ハーグ王立音楽院)でも一緒になったり。で、cotonを立ち上げるっていう時に手伝ってもらえませんか、と声をかけてもらって今に至ります。ちょうど2年くらいです。
ーずっとフリーランスでお仕事されているなかで、cotonのメンバーとして活動するってどんなメリットがありますか
森本:色々あります。例えば、定例ミーティングみたいなものは今までなかったんで、定期的に顔を合わせるのってけっこう重要なんだなって感じてます。まあ友達同士の雑談みたいな時間も多いんですけどね。
ー 今年cotonで担当された「Work Design Music」について聞かせてください。AGF®の「Work Design Coffee」という、働く時間を心地よくするというコンセプトのコーヒーシリーズブランドへ提供されましたね。
森本:cotonの「soundtope」が、デスクトップ上の仕事環境を音でサポートし、集中力を向上させるウェブサービスです。
ユーザーは3項目を選択します。まず、コーヒーと連動した気分(さわやか/やわらか/はなやか)、次に作業内容(創作/単純作業/勉強/調べ物/会議/文書作成)、最後に働きたい場所”脳内ワーケーション”(機内/海辺/川辺/車内/宇宙/キャンプ場/街の中/雨の森林)です。すると選択項目に合わせたBGMが自動生成される仕組みです。
「Work Design Music」では、気分、作業内容、仕事をしたい場所を選択するとBGMが自動生成される
自動生成後にも環境音など各要素の比重は好みに調整することができる
ー 「soundtope」とは?
森本:毎回説明に苦戦するんです。先日もラジオの生放送で「soudtope」について話すことがあって、原稿も準備して臨んだんですけど、放送が終わって友達に聞いてみたら「いや〜難しくてよくわからなかった」なんて言われてしまいました。
一言で言ってしまえば「音楽を自動で生成するサービス」の基礎になるシステムです。一番難しいとこって、その基礎システムの上にサービスをつくるので、案件ごとに形を変えるんですよね。この「Work Design Music」でいえば、仕事環境を音でサポートし、集中力を向上させるということです。
ー 仕事や勉強中にBGMをかけるとそちらに気が取られて集中できなくなるんじゃないかと心配です
森本:うん。ただ適した環境がないときもありますよね。たとえばカフェなどでBGMがかかっているのは、ムードを作るためだけじゃなく、がちゃがちゃとした雑音を消すことが目的だったりします。つまり理想的ではない音環境をマスクするということ。
もうひとつは、いわゆる「できあがってる音楽」ではないから、人のアテンションを取りすぎない音楽を生成することもできるわけです。音楽的なものが鳴っているんだけど、音楽的には気にならないっていうね。
エリック・サティは、日常生活を妨げず「生活の中に溶け込む音楽」というコンセプトで『家具の音楽』を作ったわけですけど、100年も前からそんなもの作って、相当にエキセントリックだったんでしょうね。
さらに、音の複雑さをコントロールすることで、思考を刺激する、結果として集中力を高めることができるということが研究からわかっています。
ー 森本さんご自身は、聴くことに集中してほしい音楽と、アテンションを取りすぎない自動生成の音楽制作にも携わっていますね
森本:この数年、公共空間のための音楽制作に携わることがいくつかありました。「シンガポール空港のための音楽」もそのひとつです。
求められるのはあまり聴かれすぎない音楽なので、生成手法を使うことが多いわけですが、マニュアルで生成的な音楽を作ることもあるんです。そうすると、どっちかに行き過ぎない、真ん中みたいな不思議な音空間ができるんですよね。
生成的に聴こえるけど実は手で書いてますみたいな。
自分が実験台
森本:僕のテクノロジーへの興味は、テクノロジーに関わったことで自分や自分の作る音楽が変わるってことなんです。だからコンピューターでもやるし、人の演奏する音楽もやってるんだと思います。
それから、コンピューターを使うと、音楽よりもっと下のレベルというか、音そのものの実験みたいなことも色々できるんですよ。例えば、左右で一瞬ずらして音を鳴らすとどっちから聞こえるかとか。
自分を実験台にして色々と試すこと、音自体と人間の知覚、人がどういうふうに音を聞いてるのかといった実験を積み重ねることで、一般に使ってもらえるサービスを作り出すのが、僕やcotonができることじゃないかな。
最初のロックダウン中に始めた実験
「live-coding ambient music in SuperCollider」
ー 「soundtope」は今後どんな展開がありそうですか
森本:「手のひらsoundtope」みたいなデバイスを作ってみたいですね!すごくちっちゃくて、ボタンも何もないようなミニマムなもの。
そうすると、ライバルはiPhoneとかApple Watch になっちゃうんですけど、携帯端末やスマートウォッチはGPSはもちろんヘルスモニターなどいろんなセンサーも積んでるからそれらとの組み合わせて使う、といのも面白いことができそうです。
ー「Work Design Music」は「仕事」がテーマでしたが、「健康」や「エンターテイメント」など応用範囲も広がりますね。
今後の予定など教えてください。
森本:コンサートの準備のほか、「HyperGarden」というプロジェクトでインスタレーション作品ための音を作っていて、植物などのデータを採っています。11月からハーグ市にあるギャラリーで常設します。
sound | hypergarden(プロトタイプ)
ー と、いいますと
森本:植物や土壌のIoTみたいなもので、モニターするセンサーを使って、音を発する生き物が庭にいる、みたいな表現ができると思うんです。
例えばですが、植物の水の状態をメロディーにするんだけど、それがだんだん元気がなくなってきたら、ああ水が足りてないんだなっていうのをモニターを見なくても分かるみたいなことですね。
よく警告的なものをビジュアルで表示したり、音でも警告音を鳴らしたりするものがありますよね。タイミングとしてそこまでクリティカルじゃないものを、音楽でふわっとアラートする、そういうのは音が得意とするところです。聴覚ディスプレイっていうジャンルですね。
ー テクノロジーの進歩と音と音楽の可能性を感じるお話をありがとうございました。コンサートシーズンのご成功お祈りしてます!
森本洋太 ハーグ王立音楽院修士(ソノロジー)、英国バーミンガム大学博士(作曲)。 2006年に渡蘭、欧州を中心に活動。室内楽作品が各地のアンサンブルにより委嘱・演奏されている他、 ハーグ市立美術館、Transmediale(Berlin)、ISEA(Dortmund, Istanbul)、SICMF(Seoul)などで サウンド・インスタレーションやオーディオ・ビジュアル作品を発表。この他、アムステルダム映像博物館、 デルフト工科大学、資生堂、本田技術研究所、NTTコミュニケーション科学基礎研究所、 産業技術総合研究所などに楽曲、サウンド・デザイン、ソニフィケーション/音響システムを提供。 DJ/パフォーマーとして、Amsterdam Sinfonietta、New European Ensemble、Frances-Marie Uitti 等と共演。 近年では公共空間の音環境デザインに取組み、2019年には「シンガポール空港のための音楽」を発表。
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