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風の記憶、時の雫

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note をはじめてみようと思う。 秋晴れの空を眺めていたら、風がやってきて、 そのときにふと思ったわけです。
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#人生

時間の引力

電車が傾いた うとうと右に体を傾けたからではない ゆるい円弧のカーブを 電車は曲がろうとしていた 人生がまっすぐなんてあり得ない たいていは蛇行しているもんだ もしも 弓のように しなやかになっているなら ぼくは身を委ねてゆるく曲がるだろう 蛇行しているときは たいていは悩みを抱いている でも人生は蛇行しながらでも進んでいく まっすぐなときは時間を感じない 時間の引力を感じるときほど 人生は深く刻まれる 引力の痛みも重みも振り返って思うもの 紅葉し始めた時間が今は

わたしは弱い

たかだか人生20年生きてきただけなのに そのとき苛まれた哀しみが最大のもので もうこれ以上のものはないとさえ思えた しかし生きていれば それと同等かそれ以上の哀しみなど いくらでも襲ってくる そのたびに思う もうこれ以上のものはないだろうと それが虚しい慰めと後にわかる わたしは弱い 認めたくなくても それをどこかでわかっているからこそ 押し寄せる試練の海に漕ぎだしてもいる どこに行こうが海図もコンパスもない 読みとれるのは星座の位置のみ 不安はどこまでも膨れあがる 拠

夏が沈んだ日

夏が沈んだ日 広げた両手の指の間から 愛がこぼれていった 太陽にたどり着けないままに 長い間ココロに貯めていたものが 指の間からこぼれおちた 太陽をつかめたら 思いは燃えて力になったろうに 思いっきり抱きしめた日は夢 夏が沈んだら秋がほほえんで ココロは一から貯めよと エールをくれた 夏が沈んだ夜 星空は秋の点と点を結び 嘆くばかりが人生じゃないと瞬いた

独り占め

「おい、何か見えるか?」「うん」 「俺にも見せろよ」「俺も…」 「う〜ん、見ないほうがいいよ。」「なんでや」 「人生の闇が見えるから…」 写真:ArtPics - Photography © Laura Pashkevich

2つの覚悟

たいていの人は、人生において 2回は覚悟をするときがあると思います。 一つ目は結婚するとき。 パートナーと2人で人生を生きていくとき、 男性は妻となる女性に対して、 この人の人生も背負うのだという 覚悟が生まれます。 二つ目は子どもができたとき。 どんなことがあってもこの子を守るのだ という覚悟。 これは女性の方が強いと思います。 私はこの二つを「いのちの覚悟」と称しています。 この他にも大病したときも覚悟は芽生えますね。 生と死を身近に意識したときに生まれる覚悟です

せんとせん

なまえをなくしたきみと なまえをつけてもらえないぼくと ふたつのせんが どこかでまじわることがあるもしれない ちからづよいせん よわっちいせん おれそうにもないふといせん せんさいなほそいせん だれでももっているいっぽんのせん うまれたときにキラキラひかるせん なまえをみつけたら きれそうだったせんがふとさをとりもどした なまえをみつけたきみと なまえをつけたぼくと ふたつのせんは ふくざつなもようをおりなしていく だれでももっているいっぽんのせん なまえをもったと

時間量

時間の流れを塞き止めて 流れる量をコントロールしたい 時間量は人によって違うのか 存在の確からしさは 時間量の違いに惑わされる 時間量が少なければ 薄い存在感でしかなく 時間量が多ければ 存在感は濃いものとなる 存在の確からしさを決める 時間量は人生において一定ではない 青春期の時間量と 老年期の時間量は異なるものだ 人生の送り方によっても違ってくる 人間はダムのように 時間量を塞き止め 放出し コントロールすることはできない 人間は一様に同じ時間量が 与えられて

時の雫 2021

時には固定しているカタチがない。 もちろん物理的な時間というものはある。 だが、人間が感じる時間にはカタチがない。 矢のように感じる人もいれば 大河が流れるが如くに感じる人もいる。 一瞬で射抜かれ、時の重要なことを悟ることも 生きていく上では大事なことだ。 時の流れを大河に例えれば、 曲がりくねった川が所々で渦を巻き、 滝をつくり、やがて海に続く大河になる。 その大河も初めは一滴の雫。 時の雫、その一滴は大河へ続く人生の道である。 生を受けたその一滴の雫を、大河を流るる

支えられ、支えること

4年前の明日、僕は退院した。 その前年のクリスマスの日、2度の吐血をして 2回目の吐血をした夜に緊急搬送され、即入院。 死にかけた僕は一命をとりとめた。 そして、この日に退院した。 そして、それからいろいろ考えた末に思い立ち、 郷里に帰ることにして、半年後に地元に戻ってきた。 この時の判断は正しかったように思う。 今、思えば、何かに導かれた判断だったのかもしれない。 その後、定期的に病院に検診にはいくが、僕は生きている。 病気を抱えるということは生きていることを 日頃から

小寒

今日1月5日は二十四節気の「小寒」 いわゆる寒の入りで、これから1年で一番寒くなる 期間に入りますよという日だ。 それを現すかのように7日辺りから 数年に一度の寒波がやってくるという予報。 穏やかだった正月日和は終わりを告げるようだ。 「大寒」が1月20日なので、 その間の2週間が「寒中」となる。 寒いのは勘弁願いたいが、実は寒中という期間は 1年でもっとも空気が澄んでいるとも言われている。 今日から七十二候では「芹乃栄 (せりすなわちさかう)」に入る。 芹は春の七草のひと

自分を信じる

自分を信じられない人は 誰も信じられない人なのだ。 誰も信じられなくても 自分だけは自分を信じようとするもの。 それができないのは、 そもそも自分がわかっていないか、 わかろうとしていない。 そもそも信じるための行動を 日頃から行っていないのだろう。 それでは人生を楽しめないどころか 前に進めないと思う。 自分を信じることは 何にも変えて最初にすべきことなのだ。 自分との対話を忘れては何もできない。 それができなければ、 他人を信じることなどできるはずがない。 もちろん大

答えを迷わない

何かをやろうとするとき、 何かを解決しようとするとき、 あれこれ考えて出す答え。 でも、後で迷うような答えならば、 沈思黙考の方がまだいい。 出した答えが一番いいと 思いやることが大事だ。 その上で成果が思わしくないなら、 改めて考えるがよし。 迷いながら進めるのは一番成果が出ない。 なぜなら、その答えを自分自身が 信じていないからだ。 答えを出したなら、 まずは迷わず取り組む。 そこから道は開けるというものだ。

人は不完全で未熟

完璧な製品やシステムなどありません。 製品やシステムが高度になればなるほど、 完璧に近づけるための難度も高くなります。 そのことを念頭に置いておけば、 当たり散らしたり、イライラしたりも軽減します。 むしろ不完全さがあるから技術は進歩するわけです。 ただその不完全さが許容範囲を超える場合は要注意ですね。 使う側の安全性や安心感を守れないわけですから。 考えてみれば、人間なんてバグばかりじゃないですか。 完全無欠の人間なんていません。 不完全さや未熟さを抱えたまま大人になり

コツコツ

人生の道のりを意識したとき、 残りの距離(時間)の方が少なくなったと 思うときがあります。 そんなとき脳裏に浮かぶことは、人生の歩みは、 コツコツ進むことがとても大切なのだと。 どんな苦しいことやつらいことが起きても 歩みを止めず少しずつ前に向いて進む。 一足飛びに先に行くことはできないと 思った方が賢明です。 なぜなら、一足飛びの方法を考えている間は 前へは進んでいないからです。 コツコツ進んでいるからこそ、 辿りつける境地があると意識しましょう。 コツコツという言葉は