「あたらしい船(物語)」⑦

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夕方はまだやっぱり寒いですね…。

「あたらしい船」①〜⑥はマガジン「物語の創作」から…。

歪な家族と、だらしのない安らぎと、そこから抜け出さなくてはいけないと思うのに、思うように自分の舵を取れない女性の話です。最終話まで残り一話なので、よろしければ最初から読んで頂けると嬉しいです🌸


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 九月も半ばを過ぎ、居酒屋でもコンビニでもそろそろとおでんが売り出されるようになってきた。

 わたしとモリーはいつもの様に、モリーの家からほど近いコンビニの駐車場で待ち合わせをした。夜八時になる十五分前だった。いつものようにモリーは数年前のロックフェスのティーシャツを着て、下は短パンだった。シャワーを浴びてきたらしく、椿のいい匂いがした。

「なに食べたい?」

わたしが聞くと、モリーは顎髭をいじりながら

「唐揚げは昨日食べたからなぁ、おとといは天ぷらだったし。揚げ物は嫌だな」

そう言って、わたしの半歩先を行く、わたしの胸のロケットは今日も、福の下で僅かに冷たい。

 「あ、ここにしよう」

そう言って、モリーが足を止めたのは、おふくろの味をウリにした大衆居酒屋の前だった。「何名様ですかー?」と言う店員の声に、モリーはピースサインを小さく作る。「二名様ですねー、そしたらこちらのテーブルにどうぞー」お盆を運びながら店員が言う。先に案内されたテーブルに行ってしまうモリーを、わたしは重たい引き戸を閉めて追いかけた。

 「ハイボール?」

席に着くと、モリーがわたしに言った。わたしは頷いた。

 お飲み物、なんになさいましょ。

 急いで来たせいで、洗った手をきちんと拭けていない店員にそう尋ねられ、モリーは、生とハイボール、と頼んだ。それからわたしたちはメニューを見て、適当に卵焼きとトマトスライス、牛そぼろとキノコの炒めもの、鮎の塩焼きを注文した。

 「ねぇモリーって学生時代にはどんなアルバイトしていた?」

最初に運ばれてきたトマトスライスをつついて尋ねる。

「あーラーメン屋でバイトしてたなぁ。バイトの後いっつも豚骨ラーメン二玉分食べて帰ってたわ」

「ラーメン屋かぁ。白いはちまき巻いて、湯切りしている所簡単に想像できるなあ」

「湯切りね、懐かしいな、かっこつけて大きく腕振ってやろうとしたら盛大に麺をぶちまけて怒られたなぁ」

モリーは言うと長い前髪を耳にかけ、煙草に火をつけた。すっかり嗅ぎ慣れたその癖のある甘ったるい匂いの先を、ぼんやり見つめる。彼はダルそうに眉を顰め、濁った息を吐き出す。

 ハイボールのジョッキに手を伸ばすと、中でからんと氷の溶ける音がたった。その音にモリーが思い出したようにこちらを向く。黒ずんだ煙草の先を、灰皿に押し付けながら

「マイはなんのバイトしてたの」

と、わたしに尋ねた。わたしはハイボールを一口含んで、

「いろいろ。洋菓子屋とか、和食屋とか、パン屋とか、ドラッグストアとか」

「へぇほんとうに色々やってたんだな」

モリーは言って、日本酒の小さなメニューに手を伸ばす。そこへ、

 はーいお待たせしました、牛そぼろときのこの炒めものでーす。こっちは鮎の塩焼きねー。

 あ、十四代を一合。

 モリーが人差し指をたてる。わたしの母よりひと回りくらい年上そうな女性店員はモリーの使っていたジョッキを受け取ると、わたしを見た。

「おねえさんは。なにか飲む?」

「あ、レモンサワーで」

とわたしは答えた。

「生とそうじゃないのがあるけど、生でいい?」

「あ、はい。生で」

 その店を出たのはもう夜十時に近かった。店を出ると、モリーの家までは交差点をひとつとコンビニをふたつ越える。交差点に差し掛かると、目の前のカップルがキスをしていた。

 火曜の夜だった。そのふたりの指先はお互いの腰より下で絡み合い、彼女の上品な黒のスカートは短く、秋の風に心地よさそうにそよいでいた。ほんとうには、このふたりが恋人かどうかなどわかりはしないし、こちらの知ったことじゃない。ただ、そのふたりは互いの情熱的だった。わたしは失礼と思いつつ、顔を伏せながらも上目遣いにふたりを盗み見た。モリーはと言うと、その気配は、全く何をも気に留めていないようだった。

 モリーの家の鍵がどれくらいの長さで、いくつのおうとつを持っているのか、わたしは知らない。モリーの家の玄関に入ると、そこはいつでも完全なる闇で、モリーが部屋の電気をつけるまで、わたしはひとり玄関で待つ。モリーが電気をつけてから、靴を脱いで部屋へ上がると、いつでもカーテンは頑なに閉じていて、モリーはすぐにテレビを付ける。わたしがベッドに腰を下ろす頃に、冷蔵庫から缶チューハイを一本持ってきて、それを自分がひと口飲んでからわたしに寄越す。

 初めてこの部屋に来た時、十個近く年上のモリーにとってわたしは、久しぶりの若い女だったんだろう。わたしがベッドに腰を下ろしてから、運んできた缶チューハイのプルタブを引くと、それをひとくち飲んだ後、もうひと口を含み、そのままわたしに口づけた。閉じた唇の隙間へと、じんわり冷たい液体が触れ、それが顎に伝っていくのでわたしは急いで唇を開いた。モリーはそこへ、待っていました、と言わんばかりに力強く液体を流し込んだ。熱い舌に、生ぬるくなりかけているまだ仄かに冷たいレモン風味の炭酸が触れた。

 そのままモリーの手は無造作にわたしの胸を掴み、乱暴に揉みしだいた。ベッドの上に重なり合うと、気づけばブラジャーはとっ外され、そこにモリーが顔を埋めていた。なにも考えようとしない内に部屋の電気が消され、わたしは股を開いていた。

「待って」

股の間へ慌ててわたしは手を伸ばした。モリーは強引にその手をどかす。

「ゴムは」

わたしの言う事などちっとも聞かず、モリーは腰を打ち付けた。

 「今度から買っとく」その言葉を何度聞いただろうか。もう今ではその言葉をわざわざ引き出す事などしない。

 朝になってモリーが出勤する前に、ほかの住人に会わないようにマンションを出ながら、胸のロケットを開く。彼女は今日も、ひきつったように笑っている。

 拒絶される事を極端に恐れ、人に媚びを売るばかり。それは朗らかさではない。その事に目を瞑り続ければ行先、相手はそれに甘んじて、責任の二文字を度忘れしたかのように都合よく優しさを振りかざしてくることになる。なぜわたしをぶったのかなど、自分から打ち明ける事は永遠しない。

 わたしは三度、ロケットを見下ろした。そこに写る無垢な少女は、わたしにとって何者だとわたしは思うのだろうか。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜「あたらしい船」⑧に続く。〜〜〜

ここまで読んでくださった方がいたら、ありがとうございました。⑧で「あたらしい船」は完結です。

書きながら、短い作品の中にテーマを入れすぎたなぁと反省しました。

もっとシンプルis the ベストな作品を書けたら良いな。


アドバイス・感想等…一言でももし頂けたら嬉しいです🌸


全然関係ないけど、すっっごくチーズボールが食べたいです…!!!

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