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来た道を戻る【NZ旅日記最終回】

文中に出てくるYUKIさんとは今でもやりとりがあります。彼女はたびたび私のライブやコンサートに来て応援をしてくれています。私のアルバム以外にも、心の中に完全に何も残らない超くだらない短編小説集の私の本も買ってくれました。

彼女はモデルだけあってスタイルもよく美人で、気さくで優しくて加えて努力家で、マジでヤバイくらい素敵な人。あれから20年以上経っている今でも美人のままだし、抜群のスタイルをキープしています。ああ、会いたくなっちゃったな。

この日、彼女が作ってくれた、茹でたパスタにブルーチーズを打ち込むだけのひと皿が異様に美味しかったのです。私たちはネルソンの赤ワインで朝まで飲んだのです。


私は今、西日の眩しい海岸沿いを走っている。
私の背後には、私が今まで旅をしてきた南島やWellingtonがある。すべて、背後のものとなってしまった。またいつか来れるかな。いつかまた来ようと思う。

ボロボロのステレオから、くぐもった音のメロディが流れている。私は大きな声で歌いながら、車を飛ばした。来る時に見た荒野はどのへんだったかなぁ。あの時は、行き先に怪しい雲があって、心細かったんだよなぁ。あれ、あの時の荒野はこんなにきれいだったかな。夕日に当たって、なんだか金色の荒野に見えるよ。逆方向から見た景色って、こんなに印象が違うものかな。不毛に見えたあの時の荒野は、以前よりも生き生きとして見えた。

タウポ湖のそばを通るときには、すっかり日が暮れていた。湖の周囲に街灯りがともっている。どうしよう。今晩はここに泊まってしまおうか。…いいえ、やっぱり先に進もう。あと何時間かかるかな。時計は6時を指していた。夜中でもいい。とにかく、今日中にはAucklandに着きたい。

Aucklandでは、YUKIさんという、かつてモデルをしていた超美人の友達が住んでいる。今晩はそこへやっかいになるつもりだった。どこだか土地の名前はわからないけれど、Aucklandにはまだまだ遠い場所からYUKIさんへ電話した。連絡がないので心配していたとのこと。今晩、遅くに到着するから、よろしくね。

「いいよいいよ。いつでもいいから、とにかく気をつけてな」(関西弁)

彼女は美人の上に、優しいときている。素晴らしいことである。私はすっかり安心し、焦って運転するのをやめた。YUKIさんに言われたとおり、気をつけて運転しよう。いつも気をつけてるけど。

不思議なことだが、来る時にはWellingtonはとにかく遠くに感じたのだ。まだ着かない。まだ着かない、と眩しい西日に手をかざしながら運転したのだ。ところがどうだろう。タウポを過ぎた後の運転は、完全な暗闇だったにも関わらず、実に早くHamiltonまで到着してしまった。そういえば、タウポから、ハンサムなデンマーク人二人を乗せてAucklandまで行ったんだっけ。

Hamiltonから一時間半後、私はようやくAucklandという文字を道路の標識に見ることが出来た。灯りの少ない住宅街を迷ったあげく(何度も来てるくせに)、ようやくYUKIさんのフラットに到着した。

私達は久しぶりの再会を喜び、ワインとチーズで明け方まで話し込んだ。南島の旅に出るときにも、YUKIさんにはお世話になったんだっけ。いつもいつも歓迎してくれて、おいしいものまで食べさせてくれて、本当に優しい人だ。

YUKIさんのフラットでお世話になった後、両親共々お世話になっているご夫婦宅へ顔を出して、無事の帰還を知らせた。彼らも私の訪問を歓迎してくれ、おいしいものを食べさせてくれた。ここの奥様は本当にお料理が上手で、いつでも滅多に食べられそうにもない日本食をご馳走してくれる。知的で、心の広い方々だ。

しかし、私はいつまでもAucklandにはいたくなかった。Whangareiに帰りたい。

そもそも、個人的にAucklandはあまり好きな都市ではない。私には人が多く感じられるし、車も多い。人々はいつも忙しそうで、時計がなくては生活できない。早く早く! さもないと間に合わない! 少しだって待っていられないんだ! 鳴り響くクラクション、通りを歩いていると背後から聞こえる携帯電話音、嬉しそうに応えるビジネスマン。まるで「ヘィ、俺って忙しいんだ。見てくれよ。俺ってこんなに人から必要とされてるんだ」と体中で訴えているようだ。くだらない光景である。道行く人の会話に耳を傾ける。回りくどく、自分がどれだけ社会に必要とされているか、何人の重要人物と知り合いかをまくし立てている。それがなんだというのか。死ぬ前、自分の人生を振り返った時に、それが一体なんの意味を持つというのか。中途半端な都会は、都会の持つ嫌な部分だけを取り入れて膨らんでいく。これなら東京の方がましだ、と思うことさえある。

とは言うものの、ほんの少し郊外へ出ると、閑静な住宅街が広がり、人々はとてもゆったりとしている。もしかしたら、私はAucklandに対して間違った印象を持っているのかもしれない。

ご夫婦のところでお世話になった翌日、私はAucklandを後にした。

AucklandからWhangareiまでは、それほど遠くない。見慣れた景色を横目に、なめらかに運転する。南島での寒さが嘘のようだ。AucklandとWhangareiの中継地点であるマクドナルドを見て、だんだんWhangareiが近づいてくるのを実感する。もう少し。あともう少し。私はアクセルを踏んだ。しばらくすると、左手に"Whangarei"と書かれた標識が出てきた。町まであと30分。右手に見える海。その向こうに見える、以前ハイキングした山。私は走りつづけた。

そしてついに、学校へ行っていた頃、いつも曲がっていた角を通りすぎた。

ああ、帰ってきた。

私は旅の終わりを感じた。見慣れた町、知っている道。地図のいらない、安心できる場所。私は一路、家路についた。あの小高い丘にある、"HOME"を目指して。

(おわり)


これでニュージーランド旅日記は終わりです。
私は先のことを考えるのは大好きだけど、過去を振り返るということがあまり好きではないのです。でもこの旅日記は記録に残しておいて良かったと思います。当時の私にしか紡げない言葉。あの時精一杯悩んで生きた記録です。今はいろいろ達観しすぎてガンジーみたいに心が凪いでます。

次回からは『アメリカ旅日記』に切り替わります。新しくマガジンを追加します。アメリカは巨大な国なので本当にいろんな人と出会っていろんな経験をしました。お時間のある時にぜひ読んで下さいね。

#帰る日の決まっていないのが旅 #旅の終わりは #数日ぶりに下山する気持ちと似てる #お世話になったご夫婦は #鮭の干物をごちそうしてくれた #ご飯を三杯お代わりした #たぶん息子だと思ってた

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