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口説きのテクニック Part 2

OL時代、私はけっこう遊んでいました。毎晩乱痴気騒ぎをして、落ちるところまで落ちてやるという気持ちで遊んでいたこともあります。

でも、そんな私にも転機が訪れ、過去の自分と決別し、これからの自分を構築していきました。この頃の私は、恋愛相手について詳細に条件をつけており(メモに書いて具体化していた)、その条件に満たす人でない限りは恋愛はしないという気概に溢れていました。そうでなくても日本に二人の男を置いて旅に出てしまっているのです。彼ら以上の男性が出てきたらそれはそれで彼らとおさらばする大いなる理由にはなりますが、それ以下の男性ならば私が何かを妥協する理由は微塵もないのです。

なので、ポールに対して私の気持ちは1ナノグラムも揺らぐことがありませんでした。


部屋に戻ると、ポールは蝋燭に火を灯した。ワインのボトルを開け、私のグラスに注いだ。

「ちょっとシャワーを浴びてくるよ。先に飲んでて」

おーけー…。
なんだか、これじゃ恋人同士みたいじゃないの。私は、ポールのことを男性としては絶対に見ることが出来なかった。別に太っているからというわけではない。私は別に、見た目をどうのこうの言えるほど美人じゃない。言うなれば、鼻くそだ。しかし、簡単に自分を与えてしまうような理由が見つからない。ポールに口説かれて応える理由が、自分には一つもないのだ。

ニュージーランド人のシャワーは早い。一体どこを洗ってきたの?と聞きたくなるくらい早い。ポールは5分後にはリビングルームに戻ってきた。あら、浴衣姿。外国人の浴衣姿は、浴衣が体に小さすぎて滑稽だ。

「のりこもシャワーを浴びてきちゃえば」

うん、そうするよ。私は自分のパジャマを取りに立ち上がった。するとポールは、奥の部屋から薄紅色のシルクのガウンを持って来た。

「よかったら、これを着たら?」

おいおいおいおいおいおいおいおい。
私に何をさせる気だい?背の低い私がそれを着たら、胸もあらわ…どころか裾を引きずってしまうよ。セクシー以前の問題だ。パジャマのほうがよっぽどリラックスできるよー。

「そう? 似合うと思うのに…」

大体、何人の女がこれに袖を通してきたというのか。少し傲慢な言い方になるが、そのような女性達と平行に並べられるのは気分が悪い。私は、絶対にシャワーの最中を覗かれないように、厳重にドアの鍵をチェックした。そして、シャワーを浴びながら考えた。ポールは決して悪い人ではない。私の直感は当たるものだ。私を傷つけたり、哀しくさせるようなことは絶対にしないだろう。彼はただ単に、彼の下心を満足させたいだけなのだ。もしも、それを私が受けとめたとして、その後私が不幸と感じるかそうでないかは私次第だ。彼を悪い人だと思うとしたら、それは私が自分で自分の感情を解決できないときだけであろう。

私は心を決めた

パジャマを着て、さっぱりした気分でリビングルームに戻る。ポールは松田優作が出演している『ブラックレイン』のビデオを夢中になって観ていた。私が出てきたのに気がつくと、ビデオを止めた。そして、グラスにワインを注ぐと「二人の再会に乾杯」といった。

「この映画は僕の大好きな作品なんだ。この哀しいBGMを聞くと、妻に離婚の話をしたときのことを思い出すな」

と彼は寂しそうに語った。妻は泣いていた、と言っていた。僕も泣きたかったと言っていた。なんで、愛し合っていたはずの二人が、他人よりも遠い他人になってしまうのだろう。私にはまだ理解できない。

私達は、ワインを飲みながら、ビデオを観始めた。しばらくすると、ポールはカウチに横になった。

「のりこも一緒に横になりなよ」

私はカウチの前で膝を抱えて座っていた。ポールを振り返る。

いい

私は一言、言い放った。ポールは、私の髪をなでて、緊張しないでと囁いた。私はその手に頭を軽く預けながら尋ねた。

今まで何人の人とやった?

ポールは、しばらく考えてから答えた。

「うーん、300人くらいかな。もっとかもしれない」

ふーん。船でナンパして簡単に女の子は付いて来るの?まぁ、たいていはね、と答える。声をかけられて、部屋に来た女の子達はたいていポールと床を共にしてしまうのだ。ポールの寝室には、ポールが読めもしない英和・和英辞書が置いてあるのが見えた。言葉もろくに通じない相手と何を語り合うというのだ。なんとも切ない現実じゃないか?彼女達は、外国人のボーイフレンドが欲しいのだろうか。普段はナンパもされないのに、いきなり外国人にナンパされて嬉しくなっちゃうとか?それとも英語の勉強になると思ったのかな。いずれにしても、このポールに人間的な魅力を感じることは、私には出来ない。私は男に手厳しい。少なくとも、私にとってポールは『男性失格』なのである。そんな男に口説かれても、三文の得にもならないし、嬉しくもない。ポールに口説かれた女の子達の一部には、真剣にポールを愛していた人がいたかもしれないけれど。もちろん、私は彼女達を否定しない。それは彼女達の意志だもの。

「えっちした後、女の子はみんな、ポールのガールフレンドになりたがったでしょう」

というと、ポールは疲れたように Oh Yeah… と答えた。みんながみんな、一度のえっちで「結婚」という言葉を口にするらしい。信じられないことである。私は話を聞いているうちに、今日の外国に来ている(ごく一部の)日本女子達に怒りを覚えてきてしまった。こんなんでいいのか日本女子、ドン! そんなに弱くてどうする日本女子、ドンドン! なぜ、ノーと言えない日本女子! 肉体関係を持った後でなぜ心をゆだねる日本女子、ドンドンドン!

「私とえっちしたい?」

オフコォォォーーーース!!!という答えが返ってきた。
私は、さきほど心に決めたことを実行しようと、正面に向き直して、ポールをじっと見つめる。

私、一つ知りたいことがあるの、ポール。ここで私があなたの横に寝て、あなたのキスを受け、その先に進むのは簡単なことでしょう。物理的な行動でしかないわ。でも、よく考えてみて。そんなことをして、一体なんの意味があるの?私達の間に何が生まれるの? それをしたら、私達に成長があるのかしら。あなたは私を愛していないし、私もあなたを愛していない。Sexは出来ても、Making Loveは出来ないのよ。教えて。一体、それでどんな成長があるというの?私は何も成さないこと、意味のないことはしたくないの。それに、私は口説かれて有頂天になるほどかわいい女じゃないの。もっと憎たらしいのよ。

ポールの目が左右に揺れた。そして、片方の手で私の手を握って、もう片方の手で私の髪をなでた。

「君は、なんて素晴らしいんだ…。今までこんなことを言った女の子はいなかった。どうか、どうか僕の友達になってくれ。一生の友達になってくれ」

うそ。
おいおいおいおいおいおいおいおい、まじかよーーーーっ。
こんなんで、感激しちゃうわけーーー?簡単すぎるー。

簡単過ぎるよーーーーーっ。


あまりの単純さに、私は思わず吹き出してしまった。単純すぎる…まるで子供みたいに。私の笑いを勘違いしたポールがまくし立てる。

「もしかしたら、もしかしたらさ、友達のままでいたって、もしかしたら恋人になるかもしれないだろ。80歳になってから恋人になったっていいじゃないか。ね?」

おーけー、と私は笑って答えた。ポールの単純さには肩透かしを食らったような気分だが、油断は禁物だ。こういう時、突然話題を変えてしまうのは初級テクニックである。似たような話題で、更に相手の集中を違う点にスライドさせるのが中級テクニックだ。ポールに上級テクニックは必要でない。中級で十分だ。

その後、私達は"友情に乾杯"をした。そして、話題を下ネタに移した。ポールの下ネタを聞きながら、笑い、時には驚き、また風変わりな質問をして彼の自尊心を盛り上げる。しかし、聞き手ばかりに回ってはいけない。私は(主に会社の)男性から聞いたあらん限りの下ネタ情報を提供した。そう、ここがテクニックなのである。女の立場で下ネタを語れば、単に相手をえっちな気分にさせるだけである。ここは一発、男の立場で下ネタをじゃんじゃん振舞うのだ。つまり、ネタとなるのは女性である。えげつない話まで、臆さずするのだ。すると、相手はまるで男と話しているような気分となり、自分が誰を口説いていたのかを忘れてしまうのである。(ホントかーーー?)

私達は床を叩いて大笑いをし、笑い疲れて眠ることにした。
私が自分のベッドへ行こうとする前、ポールが言った。

「ヘイのりこ。俺達、似たようなアニマルだな」

…いや、全然違うって!!

かくして、私の貞操は守られたのである。

(つづく)


こんなポールも今や、念願の日本人女性と結婚し二児の父親です。未だにメールが来るのも、私達がいい友人関係のままだったからなのかもしれません。

恋愛対象として見られたくない相手に、その気持を萎えさせるこの方法(相手に自分を同性もしくは恋愛対象外と思わせる)は時に失敗することもあるので万人にはオヌヌメしません。

ただ、エロはオモロで打ち消されるということに、ちゃんと科学的根拠はあるということだけは記しておきたいと思います。

こんなことがあって、私はすっかり自分の下宿に戻りたくなってしまいます。次回『お家に帰ろう』に続きます。

ニュージーランド旅日記はあと二回でおしまいです。

#口説きに負けない下ネタをぶちかます  #純粋と単純の狭間 #エロはオモロに打ち消される


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