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【コーヒーと音楽】昭和の日本を彩った「ジャズ喫茶」

コーヒーと音楽には深い関わりがあります。

今でもカフェや喫茶店に行けば、店内には必ず音楽が流れていますね。

中でも「ジャズ」は、コーヒーを嗜むBGMとして古くから愛されてきました。
そんなジャズとコーヒーを楽しむ店「ジャズ喫茶」についてご紹介します。

ジャズ喫茶とは

ジャズ喫茶は、音楽の「ジャズ」と「コーヒー」を楽しむ喫茶店です。

店内にはジャズ(レコード、バンド生演奏)が流れ、客達はコーヒーを嗜みつつ音楽を聴きます。

BGMが流れる現代のカフェも、流れる音楽がジャズであればジャズ喫茶だといえますが、コーヒーより音楽に重きを置くのが定義です。

「ジャズを聴く」ついでに「コーヒーを飲む」感じですね。
あくまでも音楽鑑賞が主体とされます。

ちなみにジャズ喫茶は日本の呼称であって、直訳すると「ジャズカフェ」ですが、海外では「ジャズクラブ」「ジャズバー」と呼ぶのが主流。

海外の有名なジャズクラブには、ニューヨークの「ヴィレッジヴァンガード」があります。
※日本だと「ビレバン」の愛称で知られる輸入雑貨店もそのジャズクラブから名前を取っています。

ジャズ喫茶の特徴1「店員が怖い…」

ジャズ喫茶といえばこのイメージが強いといわれますね。

ジャズは元々、黒人が西洋音楽とアフリカ音楽を混ぜて編み出した音楽で、格式の高いジャンルではないのですが、技巧的なためか高級な音楽とされるように。

ジャズを趣味にする人も職人的な雰囲気になる傾向があり、結果として怖いといわれるようです。

いいかえると「無愛想なマスターほどジャズに詳しい」とも。

常連になれば貴重な情報(古い話、本場海外の話など)も聞け、誰もが通い詰めた理由の一つでもあります。

ジャズ喫茶の特徴2「私語厳禁」

喫茶店としてはにわかに信じ難いルールですが、どのジャズ喫茶でも用いられました。

単純に音楽が聴こえにくくなるのも理由で、コンサート中に喋るようなものです。

またジャズを語り出すと熱くなるのか、客同士の喧嘩が多いのも理由といわれました。

どちらも深刻な問題で、解決のため、交流の場としての役目は捨て、音楽鑑賞を優先するようになったのですね。

ジャズ喫茶の特徴3「コーヒーがまずい」

全店ではありませんが、よくいわれます。

コーヒーを目的としてジャズ喫茶に行く人はまずいなかったとか。

ジャズ喫茶のマスターの多くはジャズの専門家(マニア)であって、コーヒーの専門家ではなかったのも理由です。

戦前は定かでありませんが、戦後は喫茶店で上質なコーヒーが多く出されたので、喫茶店とジャズ喫茶の差がついた(住み分けた)ともいわれます。

今でこそ音楽は個人が身近に楽しめますが、ジャズ喫茶の流行当時はレコードもプレーヤーも高価で、「音楽が聴ける」だけで貴重でした。

中でも珍しいジャズのレコードを取り揃えるジャズ喫茶は、喫茶の役割より「クラブ」「ライブハウス」のイメージに近かったのですね。

ジャズ喫茶の歴史1「大正モダンから続く昭和初期にジャズが伝わる」

ジャズの発祥(派生)は19世紀の初め頃で、大正モダン文化の流れで昭和初期の日本にもやってきました。
(大正:1912~1926年)
(昭和:1926~1989年)

本場の発祥から早い時期に入ってきた音楽です。
同時期に喫茶店も流行し、店で流す音楽にジャズが選ばれ始めます。

この頃は「ジャズ喫茶」という呼称はなく、「喫茶」「カフェー」と名付くのが一般的でした。

サービスも上記したような特徴はまだ見られず、ダンスホールを兼ねた「ジャズクラブ」や、お酒や食事も提供する「ジャズバー」の形態が多かったといわれます。

日本初のジャズ喫茶「ブラックバード」

日本で最初のジャズ喫茶は、1929年に東京で開店した「ブラックバード」といわれます。

厳密にはブラックバードもジャズ喫茶とは名乗っておらず、後々になって「最初のジャズ喫茶」とされました。

(喫茶でジャズが流れるのが当然だったという風潮もある)

当時では貴重なレコードを聴けるということで、店は日々盛況。
日本中にジャズ喫茶が増えるきっかけとなりました。

ジャズ喫茶の歴史2「戦後に再ブームが起こる」

日本が戦争に突入すると、統制の影響でジャズも全面禁止になり、店もレコードも全てなくなります。

戦後になると再ブームが訪れ、街中にジャズ喫茶があふれ出します。

当時はアメリカ人(米兵)も街に多くいましたから、日本にいながらにして本場のレコードや情報に触れられたのも大きな要因です。

ブラックバードのオーナーだった野口清一さんも、東京の吉祥寺にジャズ喫茶「ファンキー」を開店。

息子の野口伊織さんが店を受け継ぎ、平成までに数十件のジャズ喫茶やバーなどを経営しました。

他にジャズ評論家としても有名な寺島靖国(てらしまやすくに)さんがジャズ喫茶「メグ」も知られた名店です。

肝心のコーヒーについてですが、ジャズ喫茶の流行とともにジャズが世に浸透する中、特筆すべき点はなかったようです。

ジャズ喫茶の名店「DIG」「DUG」

ジャズ喫茶といえば「DIG」(ディグ)と「DUG」(ダグ)を連想する方も多そうです。

戦後の流行とともに東京の新宿に開店した「DIG」、その後を引き継ぐ形で作られたのが「DUG」です。

オーナーの中平穂積さんは、上記した「ジャズ喫茶の雰囲気やコーヒーの味などを改善したい」と思い、開店に至ります。

当初は明るい雰囲気で営まれましたが、やはりジャズ好きはエキサイトする性分らしく、客同士の喧嘩が絶えず、泣く泣く「私語厳禁」ルールが定められます。

「ジャズ喫茶=怖い」は当時のDIGの雰囲気から全国へ定着したようですが、皆で和気あいあいとジャズを楽しみたい気持ちがオーナーにはあったようです。

肝心のコーヒーについてですが、DIGのオーナーが願ったようにジャズ喫茶で出されるコーヒーも「まずいが定番」ではなくなり、いくつかのメニューや料理を振る舞う形態を取る店も増えました。

コーヒー好きにとっては幸いなことですね。

ジャズ愛好家としても有名な「タモリ」さん

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タレントのタモリさんはジャズ愛好家として有名です。

楽器も嗜み、ミュージックステーションでトランペットの生演奏を披露したことも。

若い頃は喫茶店の店員をしていて、カフェやジャズのしっとりとした雰囲気を今でも好むようです。

(ウインナコーヒーを注文されて、料理に使うウインナーを浮かべて提供したのは有名な話)

缶コーヒー「BOSS」のCMも長年務め、どこかワイルドな容姿はコーヒーのイメージともよく合います。

ジャズ喫茶経営もしていた「村上春樹」先生

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世界的な小説家の村上春樹さんのジャズ好きは有名です。

早稲田大学在学中にジャズ喫茶「ピーターキャット」を開店し、学業の傍らで店舗経営とジャズの追求までしたという、並々ならぬバイタリティです。

コーヒー好きとしても知られ、作中でもたびたびモチーフにされました。

まとめ「コーヒーはジャズと一緒に嗜むのが乙」

コーヒーを嗜む際のBGMとしてジャズは馴染み深い音楽ですが、こと「ジャズ喫茶」となると音楽への趣向が強くなる傾向があります。

「カフェにとってのジャズ」「ジャズ喫茶にとってのコーヒー」では全く別物と思って良いでしょう。

最近になるとジャズ喫茶も極端なところは少なく、カフェらしい雰囲気もあるなど、現代的な変化を見せています。

自宅でのコーヒータイムにもジャズは最適です。
また日頃と気分を変えたい時には、通好みの集まるジャズ喫茶を訪ねるのも良いかもしれませんね。

今回のサムネはこちらの記事のを使わせていただきました。ありがとうございます☕

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