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インタビュー: 自分が変わるとまわりが変わる、変わって見える ~ 福岡大学工学部 松隈洋介先生

福岡大学工学部化学システム工学科の教授、松隈洋介先生の研究室をお訪ねしました。
文系のみなさん、大丈夫です(笑)。今日は研究についてではなく、先生ご自身のお話をうかがいます。
先生が50歳にして遂げた劇的な変化とは? そうして得た価値観とは?
老若男女のみなみなさまにぜひご紹介したいお話です。

聞き手: イノウエ エミ(2021年9月取材)

◆ 大学は自由な場所

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―――大学のキャンパスって独特の雰囲気がありますね。先生は、大学が高校までと違うのはどんなところだと思われますか?

いちばん違うのは自由なところじゃないでしょうか。どんな授業をとるか自分で決められるし、「二日酔いだから」と休んでもいい(笑)。その代わり、勉強しないと単位がとれないシステムになっています。

答えがないという自由もあります。4年生になると研究室に入ってそれぞれ自分の研究をしますが、その答えは教授である私も知りません(笑)。
「わからんね~」と言いながら、誰もやったことがないことを何とかかんとかやるしかない。問題集のうしろのほうを見ると答えが載っていた高校までとはずいぶん違いますよね。

―――自由が楽しくもあり、厳しくもあり‥‥ですね。

厳しいと感じる子もいるかもしれませんね。その代わり、誰も知らないことがわかったとき、できたときの喜びは大きいですよ。ガッツポーズ!という感じです。

―――こちらの学科について教えていただけますか?

工学部化学システム工学科の中の研究室です。学科の研究範囲はとても広く、たとえば、中東などからもってきた原油をガソリンや軽油にうまく分けるとか。蒸留塔という装置を使うんですよ。これがその模型です。

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―――はぁ~! わからないなりにすごさを感じます!

ファンデーションのような化粧品を作るとか、がん細胞にだけ薬を届けるとかも我々の学科の研究領域です。

―――小さな細胞からとてつもなく大きなものまで守備範囲なのですね。ところで、工学部というと男子が多いイメージですが‥‥?

ここは工学部の中でも特に女性が多い学科です。例年、3~4割くらいは女性だと思いますよ。休み時間などとても賑やかです。


◆ 能面の教授からエンターテイナーへ?!

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―――先生の研究室は学生さんから大変人気があると聞きました。

あくまで当社調べですけどね(笑)。

―――授業の動画を拝見すると、ペットボトルを全力で振り回して息を切らしておられました(笑)。さんざん振ってから蓋をあけても炭酸水が吹き出さないというマジック‥‥いえ、マジックじゃないですね(笑)。

一応、拡散分離工学のガス吸収を教える授業です(笑)。

―――盛大に吹き出すバージョンも収録されていて(笑)

「今度は授業でどんなことをしようかな~」「どんな雑談しようかな~」とよく考えていますね(笑)。

―――びっくりしたのは、ああいう楽しい授業や雑談をするようになられたのは比較的最近だとのこと。

つい2年ほど前までは能面のような顔で授業をしていました。「おい、うるさいぞ!」「自分で調べなさい」と上から押さえつけるようなスタイルでしたね。

―――今の先生からは想像できません。何が先生をそんなふうに変えたのでしょう?

それはね、“やこ先生” こと下村恭子先生との出会いがきっかけです。
工学部の教員向けに開催された「ちょこっと変わると教室が変わる」というセミナーの講師がやこ先生でした。
同僚の先生に誘われて、何の気なしに参加したんですが‥‥。

―――内容が気になります!

短時間でたくさんのことを教えてもらいました。
やる気や創造力などの好循環の中心になるのは「楽しい」という気持ちだから、楽しい授業を作りましょう。先生はエンターテイナーですよということ。
「何でも聞くよ」という雰囲気を作ることの大切さ。
そして「笑顔はコミュニケーションの道具」だと言われました。
二人一組で笑顔を作る練習もしましたよ(笑)。

―――そ、それは、50歳の男性教授にとって、かなりハードルが高い練習では‥‥?

それが、やこ先生が本当におもしろい方なので、素直にできたんですよ(笑)。


◆ 笑顔になると関係性が変わった

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―――それまで無表情だったのに、学生さんに向かって笑顔を作るのはなかなか難しい気がしますが。

多少の勇気は必要でしたね。ターニングポイントになった出来事もあります。演習の時間に、ある女子学生が急にガバッと顔を上げて、「わからん!」と言って私をぐっと睨んだんですね。

それまでの私なら、「何でわからないんだ」と不機嫌に返して、「いえ、いいです」と萎縮させていたと思うんです。
でも、そのときはやこ先生に習ったことを思い出して、「おっ、怒ってるね~」と言ってみました。

―――軽い(笑)。

はい(笑)。「状況をそのまま言葉にしなさい」と習ったので。

すると、「だってね、こことここがこうなって、このつながりが‥‥」と、その子が自分からどんどん説明してくれるんです。それで「あ、そこはこういうことだよ」と教えて、「あ~そういうことか」と納得してもらえた。こんなやり方があるんだなと思いましたね。

―――楽しい実験や雑談を交えながらの授業で、学生さんの反応は変わりましたか?

以前より授業をよく聞いてくれるようになりましたね。授業後のアンケートにも「わかりやすかったです」「がんばって良い点を取ります!」「先生の人柄が好きです」なんて書いてあったりして(笑)。これでええんちゃう、と今のような私になったわけです(笑)。

―――50歳にして劇的な変化を遂げられましたが、無理して変わられたわけではないんですよね?

全然。考えてみると、小学校低学年ごろまでは割とお調子者だったんですね。それが、成長とともに自分に蓋をしていったといいますか。40数年ぶりに蓋を開けた感じですね(笑)。

◆ 子育てを終え、猫の下僕に(笑)

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―――高校までは神戸、大学は東京、博士課程を修了されたあとは山形に赴任され、そこで娘さんがお生まれですね。赤ちゃんのころは、夜中にミルクをあげたりおむつを替えたりするのは先生の担当だったとか。

はい。米沢の冬の夜中は寒かったですね~。豪雪地帯なんですよ。

―――それでも律義に起きてお世話をされて、良いパパですね。

当時は山形大学の助手でした。昼間 研究室で寝ていても、教授には「おや、またお昼寝ですか」と一言言われるだけ。自分の仕事さえできていればOKという環境だったからできたんでしょうね。

―――とはいえ、毎晩しんどいなあと思われませんでしたか?

しんどかったですよね。2,3時間おきに泣いて起こされる。いつまでこの生活が続くんだろうと思っていました。でも、終わってみればあっという間でしたね。

毎日ミルクをあげていると、どんどん成長していくのがわかるんですよ。
最初はただ茫然とミルクを飲んでいたのが、そのうち哺乳瓶に手を添えるようになり、だんだんガシッとつかむようになって。眠いながらもおもしろかったです。

―――子育ての楽しみも満喫されたんですね。

そうですね。この時期の育児への参加度合いが、奥さんとの長期的な関係に影響するとも聞きますから、学生にも「がんばってね」と言ってます(笑)。

―――その娘さんも、大学入学と同時に上京されて。

はい、また妻と二人の生活になりまして。なんだかパワーバランスが崩れてしまったのもあって(笑)、保護猫のすみれちゃんに来てもらいました。今では夫婦ですっかりすみれちゃんの下僕です(笑)。

―――すみれちゃんがオンライン授業に乱入してくる動画が話題になっていましたね。

私のYouTubeチャンネルの中で、あの動画が一番再生回数が多いんですよ(笑)。


◆ 今の大学生はしっかりしています

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―――先生の目には、今の学生さんはどのように映っていますか?

とてもまじめ。しっかり勉強するし、よく話を聞いてみると、いろいろ考えているんだなあと思うことが多いです。今の学生さん、好きです。立派だと思います。
というか、我々の時代がアホすぎた(苦笑)。「大学は遊びに行くところ」と平気で言っていましたから。

―――昔に比べて世の中が厳しくなった影響もあるのでしょうか。

そうでしょうね。会社が面倒を見てくれる時代ではなくなったので、「自分で生きていこう!」と考えている学生さんが多いように思います。

―――今の学生さんを見て「大変そうだな」と思うことはありますか?

就職活動の履歴書を書くときなんかは苦労していますね。志望動機ひとつとってもどう書けばいいかとても悩んでいるし、「自分の長所がわからない」と言う子がけっこういます。

―――先生はアドバイスしたりするんですか?

「じゃあ短所をあげてみ」と言うと、短所は出てくるんですよ。だから「それを裏返して長所に変えてみ」と。
たとえばせっかちなら「決断力があります」、気が弱いなら「物事を慎重に考えます」、それでええやん、と。

―――なるほど! 物は言いよう(笑)。確かに、長所と短所は背中合わせですよね。


◆ 子どもがたくさん失敗できる社会に

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―――それにしても、若い学生さんが「自分の長所がわからない」と言うのは切ないですね。

横から見ていると、「こんなに勉強していろいろ考えているんだから、もっといろんなことできるんちゃう?」と思うんですが。
自分を信じて自信をもつことが難しいんですかね。だとしたら、我々大人や社会のほうに問題があるんでしょうね。

―――「学生のうちにやっておけばよかったな」「こんなことをやっておくといいよ」ということはありますか?

英語、旅行、読書、友だち付き合い‥‥。挙げればキリがないですが、敢えていうなら失敗をおそれすぎないこと。

―――失敗をおそれすぎないためには、どうしたらいいでしょう?

どうしましょうね~。何度も失敗するしかないんちゃうかな。
今はどちらかというと成功体験を大事にする時代ですが、成功しそうなことばかりやっていると、失敗がすごく怖くなりますよね。

―――確かに、ネットの炎上などを見ると怖いし、「一度失敗したら終わり」みたいな気持ちになるのもわかるかも。

本当は、「してもいい失敗」っていっぱいあると思うんですよね。我々のころなんか、彫刻刀で指をズボッとやっちゃったり‥‥。

―――私、まさにそれやりました!(笑)

ちょっとしたケガならええんちゃう?と思うんですが、ついつい大人が先回りして失敗させないようにしてしまっている気がします。失敗できる環境、失敗が許される社会であることが大事ですね。


◆ 優しい人たちが集うフリースクール

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―――動画で「これからは人のために使う時間を増やしていきたい」とおっしゃっていましたね。

そんなにえらそうな話でもないですが、振り返ればこれまでの人生、まわりの人に支えてもらってきましたから。
受験に落ちたとき、彼女にふられたとき、大変だった博士課程時代や九大の准教授時代などなど、家族や友人、先生たちにたくさん助けてもらいました。その分、これからは誰かにお返しできたらと思います。

しかめつらだった時代からこんなふうに変わって(笑)、自分に直接関係ないことにも興味が出てきたからでもあります。

以前は、自分の研究に関係がないことをするのは時間の無駄だと思っていたんですが、今はまったく別分野の人の話を聞くのがとてもおもしろくて。

―――フリースクールの応援もされていますね。

はい。子どもたちも大人も、とても優しい人たちが集っている場所なので、ずっと続くようにお手伝いできればと思っています。
といっても、普段は子どもたちと遊んでいるだけです(笑)。ボードゲームをしたり、庭で虫捕りをしたり。

―――フリースクールのような場所にかかわるきっかけは何だったのでしょうか?

ちょうど私が変化しかけていた時期に、「先生、私は不登校だったんです」という子が何人かいたんですね。とてもしっかりした子たちだったから意外に思って、不登校について関心をもつようになったんです。

それで、不登校の親子の居場所を作っている方のところに行って話を聞くようになり、いろんなお子さんにも出会いました。

すごい数学の才能をもっている子もいて、自分で作った問題を「先生、これできますか?」と言われて。「よっしゃ」と解いたら、間違ってたんですよ(笑)。

―――びっくりですね。工学部の先生が間違っちゃうほどすごい問題(笑)。

その子はそれから大学に入って、今は楽しくやっているようです。うれしいですね。

◆ 「大人は自由で楽しいよ」と伝えたい

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―――先生は今、フリースクールで楽しい理科の授業もされていますね。量子力学や人体、宇宙や虫の話。動画で配信されていて、大人が見ても楽しいです。根っからの文系の私も量子力学に興味を持ちました

「学ぶ」ということは、これから劇的に変わると思います。
いつ学んでもいい、何を学んでもいいとみんなが気づき始めていますよね。

オンラインがあるから家で学んでもいいし、朝起きれなかったら夜でもいい。必ずしも、小学校→中学校→高校という順番じゃなくてもいい。もちろん大人になってから学んでもいい。
興味のあるときに興味のあることを学べばいいわけです。

学ぶ側が変わるのだから、教える側も当然変わらないといけない。
私も、従来の型にはまらない教え方ができたらと思います。

―――先生はとても軽やかですね~。大学の教授とこんなに楽しく話せるとは思いませんでした!

人生は最後まで楽しみたいですよね。私自身、50歳を過ぎて気づいたのですが、自分が変わればまわりが変わります。または、変わっていないのかもしれないけれど、変わって見えます。

―――学生さんや子どもたちに対して、どんな先生でありたい、またどんな人生の先輩でありたいですか?

子どもたちには、大人は自由で楽しいんだと伝えたいです。「あんな大人になりたい」と思ってもらえたらうれしいですね。

(おわり)

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松隈先生のYouTubeチャンネルです ↓ ↓ ↓
半生を振り返る「山あり谷ありシリーズ」、小学生に理科の楽しさを伝える「はじめましてシリーズ」、大学の紹介など盛りだくさんのコンテンツ!

◆ 編集後記

気さくにさらりとお話いただきましたが、50歳で、しかも教授という地位のある方が授業のスタイルをがらりと変えるってすごいことだと思うのです。その変化が、交友関係を始めご自身の在り方そのものにまでパラダイムシフトを起こしたということ。とてもhopefulなお話でした。
先生のYouTube、ぜひごらんになってみてください。クリスマスにはサンタさんのコスプレをして軽妙な雑談をされていたり(笑)。元気が出ます!
きっと既に、先生のまわりの学生さんやお子さんは「あんな大人になりたい」と感じていますよね。
(イノウエ エミ)


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