見出し画像

健保向けヘルスケアサービスの現状を考察してみる

健保(企業の総務や人事)は組合員(従業員)の健康を増進することに日々精力的に取り組んでいる。
今日はそんなお話をしたい。


いきなり余談だが、マイナンバーカードが健康保険証として利用できるようになったのでそのうち健保向けヘルスケア市場の流れも変わるんじゃないかなと思いつつ、健保(≒企業)単位で従業員の健康増進に取り組みたいという意向は今後も存在し続けるだろうと思うので、現時点での健保向けヘルスケアビジネスのポイントを書き留めておこうと思ったのが、この文章を書いたきっかけである。
ご関心の読者の皆さんとディスカッションのきっかけになれば嬉しい。


マイナンバーカードの保険証利用について

マイナンバーカードの健康保険証利用の本格運用がスタートしたのは2021年10月20日から。2022年4月10日時点でマイナンバーカードの保険証利用の登録をしている人は約820万人。利用登録をしても、従来の保険証が無効になることはなく今まで通り使える。
マイナンバーカードの保険証利用登録をすると、マイナポータルから自分が処方された薬剤情報・特定健診情報・医療費情報が閲覧できるようになる。



なぜ健保向けヘルスケアサービスが増えているのか

閑話休題。
「身体は資本」「健康第一」なので、健康に気を使うというのは昔からあった話だが、それをビジネス化する向きが加速している。
2020年からの感染症による健康意識の高まりは皆さん実感の通りだが、健保向けヘルスケアサービスの興隆はそれ以前から起こっている。

これを加速させたのはデータヘルス計画の義務化であろう。2013年に閣議決定された日本再興戦略において以下が掲げられており、2015年度から全ての健保に実施が義務付けられている。

「全ての健康保険組合に対し、レセプト等のデータの分析、それに基づく加入者の健康保持増進のための事業計画として「データヘルス計画」の作成・公表、事業実施、評価等の取組を求める」

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000061273.html 

またデータヘルス計画の実効性を上げるポイントとして次が指摘されている。

(1) 課題に応じた目標設定と評価結果の 見える化
  ・データヘルス・ポータルサイトの活用
(3)データヘルス事業の横展開
  ・(健康保険組合ではデータヘルス事業に注力するマンパワーも限られているため)外部専門事業者の活用に加えて、健康課題に応じた効果的な保健事業をパターン化し、実施のハードルを下げる

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12400000-Hokenkyoku/0000201969.pdf

「データを分析して健康増進する」ことの義務化、それにあたり外部事業者の活用が促されていることから、これをビジネスチャンスと捉え、主にITを活用した健保向けヘルスケアサービスが増えているのである。

補足するならば、健康を増進することは医療費の削減に繋がり、従業員の労働生産性向上にも繋がるため企業(ないし健保)の経営観点からも、健康増進の取り組み実施は個人のみならず組織にも利益があるというのが現在の共通認識といえよう。


健保向けヘルスケアサービスの事例

ではどのようなサービスが存在するか、ここにいくつか列挙する。


健康増進のためのデータは誰が持っているのか

個人の健康を増進するためには、まずはその人の健康状態を把握してその人に合ったアドバイスが必要である。ゆえに、兎にも角にも健康データを入手することが第一である、という考え方が現在のヘルスケアビジネスでは幅を利かせている。

ではその健康データは誰が持っていて、どんなデータが存在するのか。
場合分けが多いので細かい説明は省くが、健保向けヘルスケアサービスで話題に上がる健康データについて要点のみ簡単に整理する。

  • 【健保が保有する情報

    • 薬剤情報

      • 病院でいつどんな薬が処方されたか。何の病気のために処方されたかまで保有しているかは、健保による。

      • 医療機関からの毎月の請求で連携されるレセプト情報から抽出する情報なので、およそ月1回 更新される情報

    • 医療費情報

      • 医療機関からの毎月の請求で連携されるレセプト情報から抽出する情報なので、およそ月1回 更新される情報

    • 健康診断の結果

      • 特定健康診査は40歳〜74歳が対象。通称、メタボ健診。特定健診の結果をみて改善が必要とされる人に対し健保の保健師/管理栄養士などが生活習慣改善サポートの面談やチャットでのアドバイスを行う取り組みを特定保健指導という。

      • 39歳以下の健康診断は、一般健診や付加健診、婦人科健診など様々な呼び方/種類があるが、多くの人は診察や血液検査/尿検査などを受ける点は共通している。

      • 75歳以上は後期高齢者健康診査

      • ※マイナポータルで閲覧できるのは、いまのところ特定健診の情報のみ。すなわち、40歳〜74歳の人の健診結果が対象。

  • 【病院/医療機関が保有する情報】

    • カルテ情報

      • 診察内容が記されている。病名、症状、治療内容、処方薬の情報など。

      • すなわち、患者がどんな健康不安を訴えていて、病気の程度がどれくらいで、どんな治療/処方をしたら治って/効果がいまいちで、患者がきちんと服薬継続しているかいないのか、などが時系列でひと繋ぎのストーリーとしてわかる。

      • 病院単位で保管されているので、転院すると基本的にはカルテ情報は引き継がれない(紹介状を書いてもらったり病院間で患者情報の参照依頼をしている場合は連携される)

  • 【企業が保有する情報】

    • ストレスチェックの検査結果

  • 【個人が保有する情報】

    • 健診結果、医療費の領収書や診療明細書および処方箋

      • 処方された薬剤名や医療費がわかる

      • 紙で受領することがほとんど

    • 自らが自発的に記録している情報

      • 日々の体重、歩数など運動情報、食事、睡眠、排泄、服薬したか/忘れたか、血圧、血糖値、心拍数、呼吸数(家庭用血圧計やApple watch等ウェアラブルで記録している数値含む)、その日の気分/メンタルの状態

なお、これら個人のヘルスケア情報をPHR (Personal Health Record)といい、電子カルテ情報など病院での診察内容などが記載されている情報のことをEHR (electric Health Record) またはEMR (Electric Medical Record) という。
(※法的分野ではEHRとEMRは意味が異なるが、ヘルスケアビジネス業界においてはあまり区別して呼んでいないことが多いため、本稿でも厳密な区別の説明は割愛する。)


健保のデータを使ってヘルスケア事業をすると、医療費削減に繋がるのか

ご覧いただいてわかるように、個人のヘルスケア情報をデータ形式で保有しているのは健保または病院。病院は基本的には病気の患者の情報しか持っていないので、健康あるいは病気ではないが病気のリスクがありそうな人のヘルスケア情報をデータ形式で保有しているのは健保のみということになる。

日本全体の医療費を下げようとするとマスにアプローチする案が真っ先に浮かび、そしてもっとも医療費削減の効果が期待できるのは”すでに病気の患者を悪化させない/治療不要な状態にする”または”病気になりそうな人を病気にさせないことでそもそも医療費がかからないようにする”施策であると推定される。
前者は医療の領域であるため、医師免許などの医療資格や医療法人格を持っていない会社にとっては参入し難い、規制で守られた事業領域である。一方で後者は医療と医療ではないウェルネスが混在する領域であるため、ウェルネス領域として参入可能な事業領域である。
そのため、後者の”病気になりそうな人”との接点およびそのデータを有している健保に着目するのが、ヘルスケアビジネスを立ち上げるにあたって順当な打ち手だということになる。

では「健保のデータを使ってヘルスケア事業をすると、医療費削減に繋がるのか」という命題であるが、これは真とは言えない。しかし、健保のデータを起点にすると、そこに紐づく個人に(半ば強制的に)アプローチしユーザー化に繋げられるため、まずは使ってもらうという最大のハードルを大いに下げられることが事業成功への近道になる。


健保向けヘルスケアサービスの中身はどんなモノなら健康増進できるのか

ここからが本題である。
健康増進するためには食事・運動・睡眠の見直しに尽きる。これ以上の生活習慣改善方法は無いだろう。改善策は王道に尽きる。

しかし個人のデータを手に入れたとて、当の本人が生活習慣を改善してくれないと健康も増進されず医療費も削減できない。
だからデータを解析してその人に合った健康アドバイスをするのだといっても、言われてすぐに行動変容できるのであれば今ごろ暴飲暴食もしてないし運動不足にもなってやしないよと当の本人は思っている(というよりこれは私のことである)。

そう、言うは易し行うは難し。
だから生活習慣の行動変容を促すには、結局のところ食事・睡眠・運動の王道改善策に帰着しはするのだが、その人の趣味嗜好に合った伝え方で心を動かしやる気を起こしてもらうしかないのだ。

その方法が実に千差万別。論理的に科学的エビデンスに基づいてメリット/デメリットを知ることがやる気に繋がる人もいれば、ゲーム性/競争性、ポイントが貰えるなどの報酬性がやる気に繋がる人もいる。

次回以降、”いかに行動変容してもらうか”の工夫にはどんなものがあるか、健保向けヘルスケアサービスの事例を交えながら紹介していきたい。



◯この文章が、仲間探しや誰かの興味関心・頭の整理に繋がれば嬉しいです。
◯文中に間違いや他の解釈がありましたら、お問い合わせフォーム等からそっとお教えいただけると大変有難いです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?