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短編小説『あの日々を僕は忘れてしまった』⑴



 味噌汁の匂いがする。

 ほのかに食器用洗剤の匂いと、炊き立てのお米だけが放つことが許される、あの柔らかく深い山々にも似た香りもしている。

 朝ご飯の時間だ。起きて顔を洗って歯磨きをして、そうしてご飯を食べたら学校に行かなきゃいけない。

 でも、まだ誰も起こしに来ないということは、もしかしてまだ寝ててもいいんじゃないだろうか……。


 包丁がまな板にぶつかる音は気持ちいい。何て言えばいいなわからないんだけれど、でもなんだかすごく、優しい気持ちになれる音。
 



「何してるの」

 寝ぼけていた脳みそが覚醒すると同時に、狭いワンルームの部屋に味噌汁の匂いがすることに酷く苛立っている自分に気がついた。

 一夜を共にしただけの女が、したり顔で僕の部屋のキッチンに立っていることが信じられなかった。
 キッチンは、真に個人的な場所だ。その場所は何者にも犯されてはならない。

 寝相の悪いはずの僕の身体の上には毛布がかけられていた。彼女がかけ直したのだろう。余計なお世話だと素直に思う。

「ご飯、食べないの?」

 と振り返って笑顔を浮かべた女を無視して、僕は換気扇の前に立つと迷うことなく煙草に火を点けた。
 インドネシア産の煙草は吸い口が甘いが、煙はスパイシーな味がする。

 異国情緒あふれる煙が、起きて歯磨きもしていない口の中でバラの茎でも食べてしまったかのようにチクチクと刺さっていた。

 蛇口を捻って水を出し、口を二度、三度とすすぐ。
 そうしているうちに昨夜数え切れないくらい交わしたこの女とのキスの感触も、洗い流されていくようだった。

 もう一度煙草を深く吸うと、今度は血管を通して煙が全身に行き渡るのを感じた。
 覚醒剤ってこの感覚を強化したものなのだろうか。だとしたら素晴らしいものだと思う。

 女に対する苛立ちも、少しだけ収まった。



 そういえば、この女を抱いたのも何か他に苛立っていることがあったからではなかったか。

 そうだとしたら、僕は何故苛立ちを解消するために苛立っているのだろう。本末転倒ではないか。

 僕の隣では煙草の煙に文句を言いながらも、女が鼻歌まじりにハムエッグを作っていた。

 ハムエッグくらいで、料理のアピールがしたいのだろうか。僕なら朝から卵焼きにお浸し、それと納豆くらいは出すだろう。

「勘弁してほしい」

 口に出てしまっていた。

 学校に行かねばならない。いや、それは夢だ。過去の夢。今の僕は学生じゃない。

 そうだ、僕は学生じゃないから悩み苛立っていたのだ。確か仕事がうまくいっていなかった。
 仕事がうまくいかなければ食うことができない。食うことができなければ必然、待っているのは餓死だけだ。

「仕事するから、帰ってもらっていい?」

 吸い終わった煙草を出来立ての味噌汁に投げ込むと、女の動きがようやく止まった。ついでに鼻歌も。

「キッチンってさ、他人が勝手に使っていいもんじゃないと思うんだよね」

 女は左手で僕の頬を平手打ちすると、信じられないくらいの速さで荷物をまとめて出て行った。
 何事かを酷く急いだ様子で口走っていたけれど、早口すぎてなんと言っているか聞き取ることはできなかった。

 開いた扉の隙間から濃い青色の空に浮かんだ入道雲の姿が目に映った。夏の湿った空気が部屋に舞い込んでくる。


 もう随分と原稿が進んでいない。夏になるといつもそうだ。

* * *

 小説家を生業としてからまだ数年だが、なってみると最も言われるようになったのは「想像力が豊かなんだね」ということだった。
 机に向かって、キーボードの上に手を乗せたままの姿勢で、いつも僕はその意味について考える。

 僕は昔から、小説家になりたかった。自分は小説家になって金持ちになると信じて疑わなかった。

 だが今は、小説家になることはほとんどイコール、金持ちになることを諦めることであると知っている。
 そういう意味で考えると、僕はもしかして想像力を失いながら生きてきたのではないかと思う。

 現に今もキーボードに乗せられた手は静止しており、映し出された画面はまっさらだ。
 何も写していないページはこれからどんな物語にもなり得るから、今、この物語は解釈のしようもないくらいに自由な物語であるとも言える。

 小学生の頃にはもう、形こそ整っていなくたって小説のようなものを書いていた。
 中学生になると一度、僕はプロのミュージシャンになることを夢に見た。

 小説家は見た目にも地味だし、何より孤独だ。それと比べてミュージシャンは、ステージに立ってさえいれば人の目に映り続けることができる。
 それは当時の僕にとって破格の条件に思えた。

 だから、というわけでもないのだが、僕は中学二年生から高校三年生で受験勉強を始めるまで、ずっとバンド活動をしていた。

 僕を合わせて3人のバンドメンバーは中学で同じ部活に入った同期で、二人が今何をしているのかは知らない。
 それどころか、思い出そうとして見て気がついたが名前すら思い出すことができなかった。

 大学を卒業する前に、風の噂でボーカルを務めていた奴が今でも音楽を続けていると耳にした。それは覚えているが、その情報が誰から与えられたものなのかも思い出せない。

 名前さえ思い出せればSNSで近況を見ることができる。
 そうして顔も思い出せないそいつがいい曲を歌っていたら、いい刺激になると思ったのに。

 小説家になりたくて、ミュージシャンになりたくてとなりたいものがたくさんあったあの頃、僕には多分可能性ではなく想像力があったのだろう。
 ミュージシャンになるためなら僕は毎日でも詩を書くことができた。

 多分、今やれと言われても到底真似することはできないと思う。


 そういえば、あの頃は詩を書くことも小説の時と同様に、ストレスのはけ口となっていた。
 創作がストレスのはけ口から、ストレスを生成する装置に変わったのはいつからだっただろうか。


 考えながら、僕は煙草を突っ込んだままの味噌汁を眺めながらいつの間にか煙草を吸っている自分に気がついて苦笑する。

 創作はいつの間にか煙草とお酒、それにセックスに変わってしまった。

 全部何も考えなくていいものだ。
 寧ろ、考えないために僕は煙草を吸い、酒を飲み、セックスをしているのかもしれない。

 吐き出した紫煙が換気扇に吸い込まれる。

 換気扇の羽が黒い塊でいっぱいだったことを思い出した。
 ヤニと油が混じり合って固まったものなのだろうと思う。酷く汚くて見たくもなかったが、掃除をするくらいならそれが目に入る方がまだマシだった。

 吸い終わった煙草をまた作られたままの味噌汁に投げ入れて換気扇を止める。
 換気扇はやっぱり黒い塊が多く付着していて、もう引っ越した当初の綺麗な姿を思い出すことは難しいように思えた。



 学生時代は、例えばこんな換気扇の一枚の羽からだって物語を編むことができた。
 だけど今となっては僕にはただの汚い換気扇にしか思えない。何が違うのだろう。


 僕はいつの間に、どこで想像力を落としてきてしまったのだろう。



(続く)


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