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忘れ物市

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電車内に忘れられた様々な物達が売られている「忘れ物市」に並んでいたウェディングドレスに想いを馳せた人間達の物語。 心の片隅に、忘れていた思いがありませんか。 -恋愛オムニバス小説…
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#ウェディングドレス

明日香と信二

明日香と信二

 まるで統一性のない物たちと、それを品定めする人間との隙間を縫って先へ進むと
奥の衣類コーナーでソレは一際目を魅いた。

 明日香は思わず値札に手を伸ばし、食い入る様にソレを値踏みする。

「何か見つけた?」

後ろから夫の信二がデジカメとプリンターを抱えて明日香に話しかける。

「それ、必要?」
信二の手元を見てすかさず明日香が言うと、
「めっちゃ安いよ!あーちゃんとの思い出いっぱい撮れるし!あ

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月子と太一 11🔚

月子と太一 11🔚

 婚姻届を提出してから式場へ向かうという月子たちに付いて、月子の母も市役所へと向かうタクシーに同行した。

 届出を出し、苗字が変わったら見る景色も映る世界も変わるのかと期待していた月子は、市役所を出て外の空気を吸っても、何の感慨も湧かない自分にガッカリした。
 式場へ向かうタクシーの中、窓から見える街路樹の緑も、青々と晴れた空にポッカリとひとつだけ浮かんだ雲を見ても、さっきと変わらない重みで月子

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月子と太一9

月子と太一9

 荒っぽいだけで全然良くないな。

 偽物の夜の中で、またも乾いた喉を潤すためにビールを一気飲みすると、月子はそんな風に思っていた。

 カズシとのセックスについての感想に自分を誇らしく思いながらも、こうしている自分にまるで現実感が湧かなかった。

 あれ以来、何度かカズシから非通知で電話があり、そのどの誘いも断らず、月子はカズシと逢瀬を重ねていた。その度に、なんでこいつと会ってんだっけ?と夢から

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月子と太一4

月子と太一4

 太一と付き合う前に、月子は痛い失恋をした。

誰にでも一生に一度はあるような、平凡な失恋に過ぎなかったが、月子にとっては、それはそれは痛い失恋だった。

 月子より2つ年下のその男は、無邪気を身に纏い、いとも簡単に月子の心に棲みついてきた。

中性的な顔立ちをし、時々年上の月子に男らしさを振り撒き、そうかと思えば捨て犬みたいに月子の胸の中で甘えた。

 正社員として働いていた月子の会社に、短期ア

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月子と太一3

月子と太一3

「月ちゃん、そのドレスがいいと思うわ」
 
月子の母が絶賛するそのドレスは、いかにも少女趣味な、花型のフリルが散りばめられたひと昔も前に流行ったようなドレスだった。

 月子は鏡に映るウェディングドレス姿の自分を見て、さらに視線を自分の胸元から足元まで見下げた。

「これはないんじゃない?」
「ううん、絶対これが、1番似合うわよ」

間抜け面で突っ立っている月子の横で、キラキラと目を輝かせ、頬まで

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月子と太一2

月子と太一2

「コスプレパーティーか仮装大会だろ」
忘れ物市のドレスの話を月子がすると、太一は即答した。
 
月子が2時間かけて作った夕食を食べながら、ビールを一気飲みする太一に、月子は密かに失望した。

「そうかなぁ、カケオチだって絶対」
やけに色の濃い肉じゃがを口に含みながら、やや挑戦的に月子が言うと、
月子はロマンチストだからな。とニヤつきながら太一が返した。

「太一だってロマンチストじゃん。付き合っ

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月子と太一

月子と太一

 忘れ物市が開催されている様子を見たのは、朝のニュース番組の特集だった。

 結婚が決まり、昨日寿退社した月子は、婚約者である太一の部屋で、出勤時間に煩わされることなく、優雅な朝を満喫していた。

 電子タバコを吸いながら、見るともなしにテレビを見ていると、電車に忘れられた様々な物どもが、「忘れ物市」と称されて売られている様子が映し出されていた。

 「そんなのがあるんだ」と、月子が画面に食い入る

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