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note de 小説「時間旅行者レポート」その14


ボクは博覧会場を後にした。

会場を出ても
パリはやはりパリ。
平和そのものだ。


あちこちのオープンテラスから
楽しそうな男女の笑い声。


アコーディオンや
バイオリンを奏でる
音楽隊たち。

まるで印象派絵画の中に
飛び込んだような
パステルカラーできらびやかな
世界がそこにはあった。


この中の誰も知らないのだろう
もう間もなくこの平和が
地獄さながらの世界に
変わってしまうことを。


そこに突然
「おい、兄やん。
そこのダンナァ!

アンタもう通りなすったかい?
あそこの遊歩道をさ」

とひどく酔っぱらった男が
話しかけてきた。

とても興奮している。

「聞いて驚かねぇでくれよ。
なんとよ、へへ・・
なんとよ、歩かねぇでも
歩けるんでさ」

かなり酔っぱらっている。

でもボクはしっている。
古い写真で見たことがある。


でもまぁ、22世紀では
人はあまり歩かないのだ。

だってすべてが
「動く道路」なのだから。
しかも自然エネルギーで。

動く歩道に乗ってみた。


しかし、随分と
アナログな設計だ。
なんと動力は人力で
動いているだけなのだから。

「あとよ、兄やん!

地面をくりぬいて電車が
走ってるんだよ、
すんげぇだろ!

兄やん
プロイセンだろ?

アンタんとこには
ねぇだろう?

あぁん??」

プロイセンとは
昔のドイツの名前だ。

そうですね、とだけ
一言この男に
告げた。

その彼のいう
地下鉄がどんなものか
乗ってみたくなったのだ。

地下に電車が通るって
どんなんだろう?

22世紀では存在しない。
鉄道すらない。

すべて
ヒトの輸送は
空中を
行き来しているのだから。


ーーーーーーーーーーー

ボクはこの時代のパリが
いたく気に入ってしまった。

「安定した黄金時代だった」

戦争まえのこの時代を
形容した人がいる。

まさにその通りだと思った。

科学技術の発展が
人類をずっと幸せに
導いてくれる

そんな平和と科学が
仲良しだったこの世界。

まもなく科学が
平和に牙を向くなんて
知らずに。


ーーーーーーーーーー


地下鉄のBahnhof(駅)を
探していた。

ぶらぶらと
偏西風の駆け抜ける
気持ちのいいセーヌ川沿いを
歩いていた。


川沿いには
たくさんの絵描きが
風景とにらめっこしていた。

そんななかに・・・
やはりいた。

この人だ。

ピカソだ。


かれは19歳の時に
このパリに遊びに来ていると
きいたことがある。

まだ
彼の独特の描写ではない。

それにしても
他にいる画家のなかでも
ダントツに上手い!

かれのあの
独特の絵は
この青年期に見てとれる
しっかりとしたタッチを
もとに描かれるのだと知った。

彼の、青年ピカソの

「青の時代」
の真っ最中なのだろう。


いてもたってもいられずボクは
声をかけた。

歴史を動かす言動は
慎むように、と自分に
言い聞かせながら

「Hola(こんにちは)」と。

青年ピカソはニコッと微笑んだ。
「やぁ、気持ちいいよねー。

君はどこから来たの?
君も画家志望なの?

でもそうは見えないなぁ。

どれ、俺がみたところ・・・」

とピカソ青年は親指を鉛筆に
押し当て、片目をつむり
ボクを測りだした。


「君はお医者さん?
図星ぃ?

マジで?
わーい、当たったー。
さすが俺!

オランダの人?
え!違う!?

そっかー、ドイツから。

なんだっけ。
えーっと
グーッテン ターッグ!

俺はさ、昨日スペインから
来たんだよ。

何せおカネなくってさぁ。
汽車の貨物で寝たから腰が・・・


でも来てよかったー
パリってすごいねぇ。大好き!

ボクがいたマラガって知ってる?
スペインの、そう。

なにもないんだけど
きれいな海と白い家がたくさん
あるんだよ。

今度さぁ
あそびにいきなよ、先生。
あそこお医者さんいないから
みんなよろこぶよぉ」


とかれは一度話し出したら
止まらない。

大学の友人が
スペインからの留学生だった
ことが幸いした。


ボクは
ハーバー博士からの任務を
しばし忘れて、この気のいい
青年とカタコトのスペイン語と
ゼスチャーを交えて

楽しいひとときを過ごした。

ほんとに楽しかった。


ーーーーーーーーーーーーー

別れ際、とても名残惜しそうに
してくれた彼にボクは一言

「あの・・・

ゲルニカ・・・

Bitte ShOne
ごめんね」


とだけ呟いた。

どうか忘れてほしい
しばし青の時代を
生きてほしいと願った。


青年ピカソが
過ごしたパリでの
画家修行に彼の後年の
偉業がある。

例えば


泣くおんな


アヴィニョンの娘たち

どれも
この平和だったパリの街角で
青年ピカソが見た

平和な思い出だったのだろう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー

つづきます。

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