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檸檬の氷菓みたいな黄色を纏う。

 私は最近、結婚相談所に入会した。

 所長は母と同世代だと言っていた。おっとりしていて天然なところもあるけれど、気品ある大人の可愛らしさを持つ女性。

 初めは相談所に入るつもりはなかった。

 所長は取引先の社長の奥様だ。所長が契約の対応をして下さった時に、お誘いいただいた事が入会のきっかけになった。
 結婚のことは考えはいたが、結婚相談所を利用して婚活をすることまでは考えていなかった。しかし、お客様の奥様なので無碍に出来ずに話を聞くことになり、熱意に押されて入会した。

 そして今日、所長と一緒にオンラインに登録する写真用のお洋服や、初見から3回目くらいまでに着るお洋服を選びに来ている。

 所長が愛用の、素材の質が良くて縫製もしっかりしている洋服店に来ている。私もほんの数回だけよそ行きを購入したことがある。

 よそ行きを選ぶときはつい、無難に品よく見せられるようにと選びがちだ。ワンピースやスカートは、ネイビーや黒、グレーに白、ベージュと落ち着いた色味になりがちだった。30歳を超えてからは余計に、色味のある服を選びにくくなった。

 このお店はネイビーや白、グレーやベージュもあるけれどそれと同じくらい色物のお洋服もたくさんある。ピンクやライトブルーにラベンダー、パステル調のグリーンと優しくて明るい色合いのイエロー。

 そして、取り扱っている洋服の大半はスタンダートな形のワンピースだ。ボトムもスカートが中心でシルエットもフレアが多い。それらに合った、奇をてらわない形のブラウスとカーディガンやボレロ。

 所長は担当さんと一緒になって、色物のお洋服を選んでくれる。

 普段だったら買わない色。使わなくなったら勿体ない、と思ってしまう。
しかし、何着も着ていくうちに気が付いた。だんだんと気持ちが明るくなって、華やいできている。

 一通り試着を終えた。服を試すごとに、所長が私のスマホで写真を撮ってくれていた。二人で写真を見ながら、所長は色について話してくれた。

 「初見ならピンクもいいけれど、登録写真は白と同じくらいピンクを着る人も多い感じがするの。この爽やかで優しいイエローで写真を撮りましょう。レモンソルベみたいな黄色ね。あなたの肌色にもあってる。」

 イエローだなんて意外だった。

「普通の黄色だとひまわりのイメージで元気さや明るさが前面に押し出され る。だけれど、この色なら明るさと元気さが優しくて爽やかで清楚な雰囲気に内包されているように感じない?」

 おっとりとしているけれど意思を感じさせる話し方と柔らかいけれど芯の強さを感じる笑顔に圧倒される。

 改めて、イエローのワンピースを着た時の写真を見る。表情が明るいように感じる。軽快で話しやすそうな印象になっている。さらにワンピースの瀟洒なシルエットが落ち着いた印象を加える。見たことのない、私でないような私。

 私が写真をしげしげと眺めていると、所長はさらに続ける。

 「黄色は注意や注目をひく色。良い縁をいただくために、沢山の方にあなたを見てもらいましょう。なにより、この色を纏っている時のあなたは素敵だった。」

 黄色い服は、普段着ない。その時だけ着て、その後は宝の持ち腐れにならないだろうか。
 だが、登録写真はオンラインでの私ということになる。登録写真の第一印象でプロフィールを読むかどうか判断される。
 プロフィールを読んでもらえる所までいかないと、会いたいと思ってもらえない。

 勿体無い、などと言ってはいられないのではないか。

 そんなことを思っていたのが、顔に出ていたのだろう。所長は私の肩をぽんぽんと叩いた。

「今までと同じにしていたら今までと同じような出会いやご縁になると思わない?変わりたいって思って、少しずつでも変えていった人が幸せになっていってるの私はたくさん見てきた。無理にとは言わないけれど、今までと違う自分に出会ってみるのってとても楽しくて素敵な事よ。」
 きらきらとした眩しい笑顔。そんな顔で、そんなことを言われたら良い事がありそうな気がしてくる。

 私も相手を選ぶけれど、相手も私を選ぶのだ。私が素敵だと思う相手にも、自分を素敵だと思ってもらいたい。
 私も相手を好もしいと思えて、相手にも私を好もしく思ってもらえる。
そんな相手に出会えること自体が、ものすごい確率だ。

 見つけてもらいたい人に、見つけた!と思ってもらえる。そんな確率をあげる事に繋がるだろうか。
 見つけてもらえた後もお互いが無理なく選ばれる努力を続けられる。だけれど、ちょっとだけ頑張る。
 その頑張るも自然に出来た先に、安心してずっと一緒にいるという約束を出来るのかもしれない。

 そのために最初に必要なのは、笑顔でいる事。明るく華やいだ気持ちでいられれば、会う前に見てもらう写真に笑顔で写ることが出来る。そうすれば会う前から、素敵な「はじめまして。」が出来る。

 変わるって、頑張ってできる事を増やすばかりではない。手放したり、受け入れたり、力を抜いたり。それも変わる、だと思えた。
 自分なんてと言って責めたり、頑張らないのは駄目だと言って、自分を叩くのはやめてみよう。自分を受け入れて、優しくしよう。
 まずは、そこから始めてみよう。相手にしてほしいことを、自分にできるようになろう。

 フィッティングルームでもう一度、レモンソルベのような色のワンピースを纏った。
 「少しづつ変わってみよう。」
 鏡に映った私へ、エールを送った。









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