見出し画像

医者の病気②頭が真っ白になる病気

患者さんを診る立場の医者である自分が病気になった、という話を扱っているのが、この医者の病気シリーズです。医者の病気①では、若い頃かかった亜急性甲状腺炎を取り上げました。

今日は、もっと最近かかった、しかも未だに正式病名のつかない病気について、私の自己診断を含めて書いていきます。


パソコンが操作できなくなった

10年ほど前のことです。2時間くらいの小さな研究会を主催して、司会をしていました。予定の半分くらい過ぎた時だったと思います。PC画面をスクリーンに映して参加者とともに見ていたのですが、別のUSBメモリーに保存してある情報を提示する必要が出てきました。そこで、USBメモリーをPCに挿して、少し深い階層にあるフォルダを見つけ出し、その中のファイルを開けるはずでした。

ところが、USBメモリーを挿して認識するのを待っている間に、あれ?どうするんだっけ?ん?ん?という状態になり、フォルダを開けたり閉めたり、それから10分ほどもその状態が続いたのです。意識はあり、その前後の記憶もしっかりあります。麻痺はないし言葉も理解して話すことができます。

他の参加者が大丈夫ですかと寄ってきて、自分でも「私ちょっと今おかしいかも」と訴えました。頭の中が混乱している、頭が真っ白、という表現がぴったりきます。

この状況だと脳卒中とかてんかん発作とかが起きている可能性も否定できないため、救急車が呼ばれました。

救急車の中では今日は何月何日?というのが少し分からなくなっていました。記憶はだいたいはっきりしていましたが、目を閉じると残像がコマ送りのように見えたのが印象的でした。

緊急MRIを撮るのにストレッチャー上で待っている間、6月だというのに異様に寒くてガタガタしていたのを覚えています。異常はありませんでしたが、大事をとってその夜は入院することになりました。

1日入院して脳波をとったり4D-CTで脳血流も調べましたが、大きな異常はみつかりませんでした。熱や炎症所見もなく、普段から低めの血圧もいつも通りでした。

結局診断はつかず、経過観察ということになりました。しかしその後はすっかり元気で、普通に暮らしました。

7年目の再発

ところがなんと、忘れていた頃にまた似た発作を起こしたのです。オリジナル曲「ピンクの象」を紹介した回でちょっと書きました。

今度は、オンライン講習会の講師として自宅から登壇中に、「先を考えながら計画的に話す」ということができなくなったのです。40分ほどの講演で、半分過ぎたところで予定より早く進められていたのでちょっとホッとした、その直後のことでした。

あらら、これ7年前と同じだ…とあせりながらも、スライドの文字を目で追って読むことはできたので、なんとか終えることができました。ところが、その後受講者から来た質問に、考えて答えるということが全くできなかったのです。

次の講師に順番が移ったので、チャットで主催者に、「ごめんなさい、ちょっとおかしくなってしまったようです。前にも同じようになったことがあるので、しばらく休んで様子をみます。」と書きました。

1時間ほどしたらだいぶもとに戻ってきてよかったのですが、チャットの文面をみても、どうも「自分が書いた」という既知感が湧きません。書くという行動をしたことは覚えているのですが、何となく文章が自分のものではないように感じられました。

その後また脳のMRIを撮りましたが,大きな問題はありませんでした。ただ今回は、前回と違って血圧が上がっていた(自宅だったのですぐ血圧を測ることができました)のが少し心配です。前回と共通だったのは、発作がおさまってくる途中ガタガタするような寒気を覚えたことです。また、いずれもかなり忙しくて疲れがたまっていたのは共通だと思います。

診断は?

さて、この病気はいったい何なんでしょうか?発作を起こした現場には脳神経内科医が複数いたので、「何だったと思う?」と後日聞いてみましたが、まあ一過性脳虚血発作(脳梗塞になりかけてならないもの)とてんかんは考えておかなくてはならないですかねえ、くらいの返事が多かったです。私もその可能性は考慮したいと思いますが、実際になった本人の感覚としては、一過性全健忘が一番近いように思います。

一過性全健忘は、突然記憶することができなくなり、今自分は何をしてた?と繰り返し周囲に尋ねたりするのが特徴で、数時間でもとに戻るという健忘発作のようなものです。私は記憶はほぼ正常でしたが、救急車内では今日の日付があやふやになっていたし、2回目のときは自分の文章に既知感が湧かないという記憶に関連する症状はありました。

一過性全健忘は未だにその原因がよくわかっていませんが、仮説のひとつにcortical spreading depressionというものがあります。

これは、大脳皮質の一部に過活動が生じた後、それを抑えるさざ波のような抑制帯が広がり、皮質機能が一時的に抑えられる現象です。

spreading depressionが後頭葉に起きれば片頭痛の前兆として知られる閃輝暗点(視野の一部がチカチカして見えなくなる)になるし、側頭葉に起きれば一過性全健忘になると言われています。私は軽い片頭痛持ちで、閃輝暗点も何度か経験しています。

私の場合、これが背外側前頭前野あたりに生じて、いわば「一過性遂行機能障害」のようなことが起きたのでは、などと勝手に考察しています。でも、様々な可能性を考えてこの先も注意していかなくては、と思っています。

この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?