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『海がきこえる』を読み(視聴し)なおす:その32 武藤 里伽子は杜崎 拓をいつ好きになったのか? パート8

タグ: #読書の秋2021 ,#海がきこえる,#海がきこえるⅡアイがあるから,#氷室冴子,#スタジオジブリ,#アニメ,#小説,#考察,#ネタバレ

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 前回、「アニメ版」で出番の増えた清水の役割について考察しました。

 今回、東京行きから高知に戻った里伽子が、直面する出来事について考察してみたいと思います。

なお、該当する考察記事を合わせて読むと、このシーンへの理解がより深まると思います。

○関連記事:『海がきこえる』を読み(視聴し)なおす:その12
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「アニメ版」後半に生じた「幅」ー「小説版」に存在したシーンから里伽子の気持ちを読み解くー


 「アニメ版」、里伽子がホテルの拓の部屋を出たのち、ゴールデンウィーク後の学校での日常のシーンになります。

拓「連休が終わって学校が始まると 里伽子は何事もなかったようにぼくを無視し 今までどおり小浜裕美とだけは仲がよかった」

 「アニメ版」を里伽子の視点で見直すと、物語後半、「場面転換」に伴う「時間経過」の「幅」が大きすぎて、里伽子が拓を好きになっていく「感情の推移」が非常に把握しにくいことをあげることができます。
 「幅」が大きすぎる理由は、「アニメ版」の後半で「小説版」に存在していたシーンが省略されているためです。

 「アニメ版」で省略されたシーンにおいて、以前考察した「東京行き」が学校(と里伽子の母親)にバレて、「里伽子と拓がお互いの母親と一緒に学校に呼び出しを受けるシーンが、拓のみならず里伽子にとっても重要であると筆者は考えます。

 なぜ重要かと言えば、このシーンにおいて、里伽子の「本音」(東京に戻るために、東京の大学を受験する)「建て前」(東京に戻ることを諦めて、高知大を受験する)の決意が垣間見えるとともに、同級生たちの心ない「噂」が広まる以前から里伽子が「なぜか」拓を無視し始めるからです。
 そして、里伽子の「避ける」(無視する)という行動は、拓に対する芽生え始めてきた「好意」に起因しているのです。

 筆者は、「アニメ版」の映像やシーンに限定するならば、里伽子が拓を無視する、何気ない「学校での日常」シーンこそ、里伽子が拓を好きになった(状態となった里伽子が最初に現れる)シーンであると考えます。

 「アニメ版」の世界でも、元になった「小説版」同様に「東京行き」がバレて里伽子と拓が学校に呼び出されたか定かでありません。
 ただ、「アニメ版」里伽子の気持ちを読み解いていくにあたり、筆者は、(描かれることがなかったものの)「アニメ版」でも2人はお互いの母親と学校に呼び出されていたと仮定して、このシーンを考察していきます。


桂浜でたたずむ2人ー拓への好意がめばえ始めるときー


  里伽子と拓が飛行機で「高知」に戻る直前、学校に「東京行き」がバレてしまったことが発覚します。(「海きこ」第四章 173ページ)

 里伽子は「高知」に戻ったのち、「東京行き」で傷ついた自分を励まそうと、拓とともに「桂浜」に行きます。 
 以前考察
したように、東京の父親のことで傷ついていた里伽子にとって、「桂浜」行きは、「お風呂で寝る」ような不器用な拓の優しさが感じるきっかけとなった出来事でした。
 東京での「居場所」をなくした里伽子にとって、拓は父親や岡田にかわる「避難所」ともいえる存在になりました。一方で、自分に「本音」をぶつけてきて、里伽子の「ヘンなところ」(意地を張っているところ)ばかり見る存在でもある拓。
 「愛憎」入り混じりつつも、(東京行きがバレて)学校という世間にともに向き合わざるをえない状況に至り、里伽子は自分に寄り添おうとする拓を心から受け入れ、はじめて好意を抱くようになったのではないでしょうか。

 以前考察したように、「桂浜」行きのシーンは「アニメ版」にも「小説版」にも描写がありません。
 それでも筆者は、東京から高知に帰ってきた里伽子が、拓と一緒に世間(学校)に向き合わざるをえなくなったこのシーンこそ、はじめて里伽子が拓に好意を抱くことになった重要なシーンであると考えるのです。
 一方で拓は、里伽子に好意を持っている松野のことで悩み、他方で里伽子は、母親への反感やズレっぱなしの「高知」という世間のことで悩みを深めていきます。
 ただ、お互いまったく違う「悩み」を抱えてしまったがために、2人の間で「感情のズレ」が生じてしまいます。(拓は、里伽子に振られた松野を想い、里伽子を平手打ちします。一方の里伽子は、学園祭のつるし上げを見ていた拓が自分を助けてくれなかったことに怒りと悲しみを覚えて拓を平手打ちします。)

「桂浜」行きをきっかけで惹かれあい始める里伽子と拓は、一方で「桂浜」行きをきっかけに、のちの学園祭での別離を余儀なくされるのです。


なぜ里伽子は先に帰ったのか?ー拓を避けたことからわかる里伽子の感情の変化ー


 「小説版」において、GW最終日、里伽子と拓は、お互いの母親と一緒に学校に呼び出しを受けます。幸い、お互いの母親同士が「迷惑をかけた」と頭を下げあったこともあって、里伽子と拓は、校長から丁寧なお説教をされるだけで事なきを得ます。(「海きこ」第四章 176ページ)

 学校を出たあと、母親同士は、どこかでちょっとお茶でも……といいだした。よくあることだ。里伽子はうわの空の感じで、
「あたし、先に帰ってる」
 と言って、さっさと帰っていった。
「海きこ」第四章 177ページより引用

 拓は、このあと、(半ば強引に)里伽子の母親に引き留められてしまい、しぶしぶついていくことになるのですが、なぜ里伽子は、「ひとり」でさっさと帰ってしまったのでしょうか?

○母親が「東京行き」を話題にするのを聞きたくなかった。
○離婚した原因を隠してきた母親と少しでも顔を合わせたくなかった。
○拓が述懐するように、すべてのことを自分の胸に収めておきたかった。

 理由は、いくつか考えられますが、筆者は、里伽子が母親に意地を張っているところ(つまりヘンなところ)を(好意を抱いている)拓に見られたくなかった(隠したかった)からであると考えます。
 なぜ拓に見られたくないかと言えば、里伽子が拓のことを好きになり始めていたからです。

「(略)あたし、杜崎くんはあたしのこと、好きなんだろうってちゃんと思ってたから。でも、ヘンなところばっかり見られているから、いやだった。(略)」
「海きこ」第五章 236ページより引用

 すでに何度か引用している里伽子のセリフです。
 この「ヘンなところ」というセリフが「里伽子が意地を張っているところ」を意味していることは、以前考察したとおりです。
 「小説版」でのちに東京で拓と再会した大学生の里伽子は、「ヘンなところ(意地を張っているところ)ばっかり見られているから、いやだった。」と述懐しているのですが、拓と出会った最初から、「意地を張っているところ」を見られるのが「イヤ」だと考えていませんでした。
 
 これまで考察してきたように、「拓を騙してでも、お金を借りようとする」シーンに始まり、「母親(と小浜と拓)に嘘をついてでも、東京の父親に会いに行こうする」シーンや、「東京で岡田と会った際に拓を呼びだした」シーン、いずれにおいても里伽子は拓の前で(他人や自分に対して)「意地を張って」います。
 これまでのシーンの中で、里伽子は拓に見られるのがイヤなどころか、意地を張り倒して拓を振り回し続けているのです。
 里伽子が「意地を張っているところ」を見られるのが「イヤ」だと思うようになったのは、里伽子が拓の好意に気づくとともに、里伽子自身が拓に好意を抱き始めたことで、拓を「意識」し始めたからです。

 人は、他人に何かを見られるのがイヤな場合、隠したり、避けたりと相手の「視線」を意識します。
 学校からの呼び出しののち、里伽子がさっさと帰ってしまったのも、拓の視線を「意識」したからなのです。

 里伽子が拓に見せたくなかったものーそれは、母親に対して「意地を張っている」里伽子自身の姿でした。
 拓が母親同士のお茶会につきあわされるはめになったのは先に書いたとおりですが、このお茶会で里伽子の母親(拓は"里伽子のおばさん"と呼んでますが)が、しきりに拓に聞こうとしたのは、離婚して別れた「里伽子の父親」についてでした。
 拓は、コーラを飲みつつ知らないふりをして「お茶を濁す」のですが、もし、里伽子がお茶会に出席していたとしても、同じ「里伽子の父親」のことが話題にのぼったものと推定できます。
 それゆえに里伽子が、母親に「意地を張って」口を聞かない、あるいは母親と口論になることが容易に想像できるとともに、拓に「母親へ意地を張っている」ところを見せないように、先に帰ってしまったのだと想像できるのです。


「噂」に傷つく里伽子ー「居場所」である拓に頼れぬまま亀裂を深めて行く哀しさ―


 (拓に好意を抱き始めたことで)母親に「意地を張る」姿を拓に見せることがイヤで、里伽子は拓を避けてしまったのですが、今度は別の理由で拓を避け始める出来事が発生します。
 GW明けの学校において、里伽子と拓の「東京行き」「噂」となってしまったのです。(ようやく、今回の考察記事の冒頭の部分に戻ります。)
 「噂」がいつどこから発生したのか具体的な記述が「アニメ版」にも「小説版」にもありません。「東京行き」が学校にバレた経緯から類推すると里伽子と拓の「東京行き」を学校に連絡した父兄の「線」から「噂」が広まっていったものと思われます。(「海きこ」第四章 173ページ)
(小浜から他の同級生に広まった「線」も完全に捨てきれませんが)

 拓自身は、松野に指摘されるまで「噂」に気づくことがなかったのですが、もう一人の当事者である里伽子は、過剰なまでに「噂」に神経質になり、(本人の想いと裏腹に)拓を避けるようになってしまいました

松野「たまたま図書館で会うて 帰りが一緖になったき 聞いてみたら」
里伽子「またその話なの!?たしかに杜崎くんと東京に行って同じホテルに一泊したわよ」(眉をつりあげて不機嫌な表情の里伽子)
里伽子「それがあなたにどういう関係があるの!?」(声を荒げる)

 「アニメ版」において、松野が里伽子に振られる回想シーンの2人のセリフです。このシーンは、「アニメ版」「小説版」のどちらにおいても、GW後の5月半ばの出来事とされており、GW後ほどなくして、里伽子と拓の「東京行き」「噂」同級生たちの間で広まったことが想像できます。
 同級生たちの心ない「噂」は里伽子を神経質にしただけでありませんでした。「東京行き」を経て、「避難所」と呼べるような「居場所」となった拓をまったく頼ることができない状況に里伽子を追い込んでしまったのです。
(里伽子は、小浜とだけは母親を騙すための隠れ蓑として、友人関係を維持しています。ただ、同じ「居場所」でも小浜には土壇場で「東京行き」を降りた経緯もあり、里伽子が本当に信頼を寄せていたのは拓だけであったと言えるでしょう。)
 「噂」のせいで、拓を頼りたくても頼れない里伽子は、いやでも拓を「意識」せざるを得ません。「噂」は里伽子を神経質にして周囲への苛立ちを募らせていくとともに、一方で、拓に対する好意を募らせていく反作用をも里伽子にもたらしたといえるのです。

 しかし、松野についての考察で書いたように、「噂」で傷ついた里伽子の苛立ちは、松野の告白に対する「まわりくどい言い方」での返答につながり、松野の心をズタズタにしてしまいます。それは、松野から告白の顛末(てんまつ)を聞いた拓をも傷つけてしまい、ついには、拓からの「平手打ち」という形で里伽子と拓の間に亀裂をもたらしてしまったのです。

 最後に、同級生たちの心ない「噂」に苛立ちを募らせる里伽子の心の内を見てみましょう。

 もういい加減にしてほしい!あたしがGW中に杜崎くんと一緒に「東京」に行ったことがクラスのみんなと一体どんな関係があるというの?
 あたしは、ただ「東京」のパパに会って、一緒に暮らしたい一心で「東京」に行っただけなのに、どうしてみんな、あたしと杜崎くんの「噂」をヒソヒソと言いたてるの?いい人だと思っていた松野くんさえも好奇心で「噂」の真相をあたしに問いただそうとする。まして、あたしのことを好きだなんて、松野くんもホントどうかしている。あたしが好きなのは…。
 「高知」なんか大嫌い。学校も、ママも、高知弁を喋る人みんな。ママに隠れて、東京の大学を受験して一日でもこんなところから抜け出したい。苦しくてつらいあたしの気持ちを誰かに、「杜崎くん」に受け止めてもらいたい。でも、もしあたしが杜崎くんと話しているところを見られでもしたら、ますます「噂」だけが独り歩きしてしまう。
 東京でも、高知に帰ってから2人で行った浜辺でも杜崎くんはあたしに寄り添ってくれた。杜崎くん、どうして「噂」に振り回されてイヤな思いをしているあたしの気持ちに気づいてくれないの?杜崎くんに頼りたい。でも…

 今回、「東京行き」から「高知」に帰ってきた里伽子が拓と一緒に「桂浜」に行くシーンから、松野を「まわりくどい言い方」で振るシーンまでを考察しました。

 次回、拓との平手打ちの応酬から学園祭での別離まで考察していきたいと思います。


今回のまとめ

高知に帰ってきた里伽子が「噂」に悩み、拓を避け、松野を振るまで

 GWの連休後、里伽子は拓を無視し始める。その理由は、拓に対する芽生え始めてきた「好意」に起因している。
 「アニメ版」のシーンだけで判断するなら、拓を無視するシーンこそ、拓を好きになった状態の里伽子が現れる最初のシーンであると推定できる。
 高知に帰ってきた里伽子と拓は「桂浜」に行くが、東京行きがバレて学校に向き合わざるをえない状況に至り、里伽子は自分に寄り添おうする拓の好意に気づととともにはじめて好意を抱きはじめる。一方で「桂浜」行きをきっかけに2人の間に感情のズレが生じ、学園祭での悲劇につながっていく。
 「小説版」で里伽子と拓はお互いの母親とともに学校に呼び出されて説教されたのち、里伽子だけがなぜかさっさと帰ってしまう。その理由は、好意を抱き始めた拓を「意識」した里伽子が、母親に意地を張っているところ拓に見られるのがイヤだったから。
 GW後、里伽子と拓の「東京行き」の「噂」が発生したことで、里伽子は拓を頼ることができなくなり、拓を無視するしかなかった。
 心ない同級生たちの「噂」は里伽子を神経質にして周囲への苛立ちを募らせていく一方で、「居場所」である拓に対する好意を募らせていった。
  里伽子の苛立ちは、松野を傷つけるとともに、拓をも怒らせ、拓からの「平手打ち」という形で2人に亀裂をもたらすことになる。

※記事に使用した場面写真は、スタジオジブリ公式サイトが提供する「スタジオジブリ作品の場面写真」のうち、「海がきこえる」のページのものを使用・加工しております。


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