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『海がきこえる』を読み(視聴し)なおす:その25 武藤 里伽子は杜崎 拓をいつ好きになったのか? パート3

タグ: #読書の秋2021 ,#海がきこえる,#海がきこえるⅡアイがあるから,#氷室冴子,#スタジオジブリ,#アニメ,#小説,#考察,#ネタバレ

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 前回、「拓との最初の出会い」のシーンと、「テニスと実力テスト」のシーンにおける里伽子について考察してきました。

 今回、東京と高知のはざまで苦悩のすえに「変質」した里伽子の個性と、「東京へ帰る」ためにハワイへの修学旅行で(拓を騙して)拓からお金を借りることを思いつくシーンについて考察していきたいと思います。

 なお、該当する拓に関する考察記事を合わせて読むと、この考察記事への理解がより深まると思います。

〇関連記事:『海がきこえる』を読み(視聴し)なおす:その9


苦悩のすえにーズレが生み出した里伽子の新しい(困った)「個性」ー


 東京から転校してきた里伽子がクラスで「浮いた存在」になったことで、高知での「居場所」を見つけられなくなり、「世間」からズレはじめていったのは、前回考察した通りです。

 母や弟は高知に馴染めたのに、自分だけがズレてしまった。
 誰にも理解してもらえない里伽子の「苦悩」は、里伽子の個性を「変質」させることで、里伽子を高知という「世間」に適応させようとしていきます。

 「変質」した個性とは何でしょうか?筆者は大きく3つあると考えます。

 それは、

〇(異常なほど鋭く執拗な)「観察眼」
〇(呆れるほど豊かでヘッポコな)「想像力」
〇(主人公の拓に負けず劣らずの)「意地っ張り」

です。


 まず、里伽子の「観察眼」。これは、転校してきた里伽子が高知で暮らすようになってあらわれてきた「後天的な」個性だと考えます。
 「アニメ版」、のちの東京行きのシーンで、元カレである岡田が帰ったあと拓の部屋に戻ってきた里伽子は、こんなことを拓に言っています。

里伽子「ほんとにあの人ってバカね つき合ってる頃はよく気のつく優しい人だと思ってたんだけど」
(略)
里伽子「あの人 自分のことしか喋らないの 高知はどうだなんて聞きもしないの でももとからああいう人だったのよ」
里伽子「要するにあたしが気づかなかっただけ」
拓「へえ…」

 東京にいたころの里伽子は、元カレである岡田の人間性に気づいていませんでした。高知という東京と違う世間で生活する中で里伽子の「観察眼」が養われ、それまで気づかなかった岡田の人間性にようやく気づくようになったのです。
 それゆえに、里伽子の(後天的な)「観察眼」は、変質した個性であるといえるのです。

 里伽子の場合、新学期早々に学校で「浮いた存在」になってしまったことで、学校という「世間」を必死に「観察」しようとします。言うまでもなく、里伽子が抱える世間との「ズレ」を解消するためです。
 ただ、「観察」の過程で里伽子は、冬休みにアルバイトしてお金を稼ぐ拓と出会います。(「海きこ」第三章 92ページから93ページ) 

 拓がたくさんお金(拓にとって、手荒れと戦いながら稼いだ血と汗と涙の結晶なのですが)を持っていることを「観察」した里伽子は、拓からお金を借りて、東京の父親に会いにいくことを計画するに至るのです。
(のちに周囲に対する里伽子の「観察」は、学園祭のシーンにおいて、里伽子が「柳田」という男子に色目を使ったという「私怨私恨(しえんしこん)」に発展してしまいます。身近な同級生たちを理解したい思いから身についた「観察」が、対立の火種になるとは思ってもみなかったでしょう。里伽子の「観察眼」は、大学生になってからもしばしば発揮されています。)


 つぎに、里伽子の「想像力」。のちに拓が呆れるほど豊かでヘッポコな「想像力」は、さきにあげた「観察力」とともにあらわれてきた個性だと考えます。

 ハワイでの修学旅行で拓からお金を借りる際に、口論となった里伽子は、こんなことを愚痴っています。

里伽子「なあに? まるで先生みたいなこと言うのね」(嫌そうな顔)
里伽子「杜崎くんて そんな優等生だったの?」(失望と軽蔑の眼差し)
里伽子「聞いた話と全然違うわ がっかりよ」(失望して顔を背ける)

 冬休みに松野から聞いたことで生じた拓に対する里伽子の「先入観」が2人の関係に与えた影響については、以前考察した通りです。
 里伽子の「先入観」「現実」とのギャップ(差異)がきっかけで、里伽子と拓は「感情の応酬」をしたのですが、その結果「本音で話し合える間柄」になりました。
 里伽子の「先入観」ーそれは松野から聞いた、中学のころの拓の「学校への反抗ぶり」に対する里伽子の「誤った認識」(想像)によってもたらされたものでした。(松野の、親友である拓に対する「見方」がズレていた可能性もありますが。)
 里伽子が拓の「反抗ぶり」をヘンなふうにとらえてしまう「想像力」の持ち主であるがゆえに、里伽子は拓という人間を「誤解」したのです。

 里伽子の(ヘッポコな)「想像力」は、東京(の父親のところ)に戻るために、(拓を騙して)拓からお金を借りるという「行動」へと里伽子を駆り立てていきます。
(里伽子の「想像力」がヘッポコなのは、里伽子と拓がつきあいはじめてからも継続しています。「海きこ2」における知沙の不倫相手であった「大沢氏」の奥さんである「大沢 みのり(以下、みのりさんと略す)」に対する的外れな想像でその真価がいかんなく発揮されています。「海きこ2」第四章 164ページから166ページ)


 最後に、里伽子の「意地っ張り」な性格です。
 「意地っ張り」という個性は、上の2つのように高知に来てから新たに形成された個性でありません。むしろ、もとからあった里伽子の「わがまま」な性格に、高知に来たことで「意地っ張り」な性格がつけくわえられていったと筆者は考えます。

「そうか。里伽子が世話になってるね。里伽子はわがままだから、たいへんだろう」
「海きこ」第四章 139ページより引用

 「小説版」、東京の里伽子の父親のマンションで、拓が里伽子の父親とはじめて対面したとき、里伽子の父親は、里伽子を「わがまま」だと評しています。里伽子が東京にいた時から「わがまま」であったことがわかります。
「アニメ版」では、娘への"配慮"からか、「わがまま」のくだりは省略されていますが)

 里伽子の父親のセリフを引用するまでもなく、里伽子が「わがまま」であることは、『海がきこえる』を読んだことがある方なら誰でも知っていることだと思います。
 拓ですら知り合った当初は、里伽子の「わがまま」ぶりに「反発」していました。ただ、里伽子の「わがまま」の背景にあるのが、里伽子の「意地っ張り」な性格にあることに気づいた拓は、自分が(「意地っ張り」の里伽子と似たような個性の)「頑固者」であったことから、次第に里伽子に共感を示していきます。

 上で紹介したように「観察眼」「想像力」も里伽子が、世間(高知と同級生たち)とのズレを解消したいがためにあらわれてきた個性です。
 しかし、この「意地っ張り」だけは、世間という「壁」に跳ね返され、「反発」したがためにあらわれてきた個性なのです。世間に対する「反発」は、里伽子を「意地」でも東京に戻りたいという行動へと駆り立てていくのです。


里伽子の「意地」が拓に与えた影響ー拓が好きになったのは個性が変質した里伽子だった?ー


 無論、里伽子の「意地っ張り」は世間に対しての「意地っ張り」だけでありませんでした。自分に対しても「意地っ張り」であろうとしたのです。

〇他人(拓のことですが)を騙してでも、お金を借りようとする
〇母親(と小浜と拓)に嘘をついてでも、東京の父親に会いに行こうする
〇具合が悪い中ひとりになってでも、東京に行こうとする

 例をあげれば枚挙(まいきょ)に暇(いとま)がありませんが、ここで一つだけ気になるのは、里伽子が「意地を張る」シーンに必ずと言っていいほど拓が関係しているのです。
 大学生となった里伽子は拓にこう述懐しています。

「少し、むかついたな。あたし、杜崎くんはあたしのこと、好きなんだろうってちゃんと思ってたから。でも、ヘンなところばっかり見られてるから、いやだった。(略)」
「海きこ」第五章 236ページより引用

 以前にも引用した里伽子のセリフです。このセリフと合わせて、里伽子の「意地っ張り」な性格を見ていくと次のようなことがわかると思います。

"ヘンなところ"=里伽子が(自分と周りに)意地を張っているシーン

 つまり、高校時代の里伽子が(拓の好意に気づきながらも)拓のことをイヤだと思っていたのは、里伽子が「意地を張っている」シーン(ヘンなところ)ばかり拓に見られていたからだったのです。

 高知に来て世間からズレたことであらわれてきた里伽子の「意地っ張り」な個性。(里伽子目線で見ると、)里伽子のいう”ヘンなところ”に遭遇し続けたすえに、拓は「世間からズレてしまった」里伽子を好きになってしまったのです。
(拓は決して東京にいたころの里伽子を好きになったのでないのです。「アニメ版」で岡田に見栄を張ってニコニコする里伽子の姿に拓は深い失望を覚えていたのが良い例です。拓の嫉妬の感情も少しあると思いますが。)

 過去の考察で見てきたように、里伽子は「好きかもしれない」と言って、拓の気持ちを探っています。ですが、拓にとってそれは愚問だったと思えます。なぜなら、拓が好きになった里伽子は、高知に来て世間からズレた(個性が変質した)里伽子だったからです。
 里伽子は、この時はじめて拓が好きな”自分”を理解したと思います。そして、拓が好きな「高知に来て世間からズレた里伽子」でこれからもいようとするのです。

 そんな里伽子の拓への想いが端的にあらわれているのが、「小説版」における大学時代の里伽子の髪型やメイク、服装の変遷です。
 「海きこ2」で近藤勝也さんが描いた里伽子の挿絵と、「海きこ」で東京において拓と再会し、拓とつきあうことを決意するまでの里伽子の挿絵を比較してみればわかります。
 パーマをかけてキレイに化粧していた(筆者から見た美人系の)里伽子が、拓とつきあい始めたことをきっかけに、高校生のときのようなストレートヘアで女の子らしい服装の(筆者から見た可愛い系の)里伽子に戻っているのです。

 「意地っ張り」な里伽子の個性は、拓に影響を与えたのち、里伽子の外見すら変えてしまったのです。


里伽子が拓からお金を借りることを決意するまでー当初は松野からお金を借りようとしていた?ー


 「アニメ版」のストーリーに戻ります。拓が母親から「里伽子に親切にしなさい」と言われた(以前考察したように、拓にとって重要な一言でした)その日、風邪で学校を休んだ里伽子は、下宿先にクラス委員である松野の見舞いを受けます。
 『海がきこえる』において、(なぜか)里伽子が風邪を引いたり、具合が悪くなったりするシーンがたびたびでてきます。高校時代に限って言えば、拓がのちに「よくズル休みした」と述懐するほど学校をよく休んでいたようです。(「海きこ」第五章 216ページ)

 「よくズル休みした」ことの真偽はさておき、筆者がここで言いたいのは、里伽子にとって体調が悪いときが(自分にも周囲にも)「意地を張る」ことが困難な状態であるということです。
 「小説版」、アパートを訪ねてきた拓に対して風邪気味の里伽子はこう述懐しています。

「健康なときは元気なんだけど、体調わるいと、調子がわるいわ」
「なんだ、それは。馬から落馬した、みたいな言い方だな」
 思わず吹きだしたけれど、わかる気もした。たしかに健康なときはツッパッてもいられるけれど、体調が悪いときは、それどころじゃないだろう。ツッパリというのも、けっこう体力がいるもんだ。
「海きこ」第五章 233ページから234ページより引用

 見方を変えれば、里伽子は決して「ズル休み」していたのでなく、具合が悪くて「意地」を張り続けることが困難になったからこそ、学校をたびたび休んでいたとみることもできるのです。

 「意地っ張り」の里伽子が一息つけるような場所はなかったのでしょうか?「小説版」の記述から、高知市中心部の帯屋町のアーケード街にある、甘味処や映画館、デパートあたりが里伽子の「行きつけの場所」であったことが推定できます。

 正月明け、帯屋町で松野に会った里伽子は、松野の映画の誘いを受け入れます。拓の考察で触れたように松野は里伽子に惹かれていました。ただ、里伽子は、のちに松野の告白を受けるまで松野の想いに気づいていなかったように思えます。
 筆者の推定ですが、里伽子が松野の映画の誘いを受け入れた理由として、(学校で唯一親切にしてくれる)松野から東京行きのためのお金を借りるための思惑があったからなのではないかと考えます。
 なぜなら、高知で他に里伽子が東京行きのお金を工面できるあてをこの時の里伽子が持っていなかったからです。(もしそうなら、松野にも里伽子とくっつくワンチャンスがあったのかもしれませんが。)
 しかし、里伽子の対象は、ほどなく「松野から拓」へと移行しました。帯屋町の料理屋で(必死に)アルバイトする拓を見かけたからです。

 里伽子は、(なぜか)オタオタする松野から、拓と親友になった経緯(いきさつ)と中学の頃の反抗ぶりを打ち明けられます。(外面への関心)
 里伽子とふたりっきりということに舞い上がっている松野には、里伽子の心の内などわからなかったことでしょう。

 ふ~ん。杜崎くんって学校に反抗的なコなんだ。夏休みに学校の正門で始めて会ったときにはそんなふうに見えなかったけど。
 ハワイへの修学旅行のために、夏も冬もアルバイトをしてたんだから、きっとお金をたくさん持っているはず。
 杜崎くんからお金を借りれば、ママに内緒で東京に行くためのお金を工面(くめん)できるかもしれない。(最初は松野くんからお金を借りようかとも考えたけど。)
 学校に反抗的っていうくらいだから、あたしがお金借りるのに嘘ついたとしても、ママや学校に告げ口なんかしないはず。よ~し、お金を借りるのに杜崎くんとふたりで話す機会をどうにかしないと。
(ただし、嘘をついてお金を借りる"口実"にまで頭がまわっていない。)


 今回、ズレが生み出した里伽子の(困った)「個性」と、「意地っ張り」な里伽子が拓と自分に与えた影響、そして里伽子が拓からお金を借りることを決意したシーンについて考察しました。

次回、ハワイへの修学旅行で拓を騙してお金を借りようとする里伽子について考察していきたいと思います。


今回のまとめ

「里伽子の「個性」と、拓からお金を借りることを決意するまで」

 世間からズレたことで生まれた里伽子の個性は「観察眼」・「想像力」・「意地っ張り」の3つ。
 変質した個性は、里伽子が拓からお金を借りることを決意するにあたって大きな影響を与えている。
 特に「意地っ張り」な性格は、世間に「反発」する中であらわれてきた個性で、周囲のみならず自分にも向けられていた。
 「意地っ張り」な里伽子の個性は、拓が里伽子に好意をもつ大きな要因になるとともに、最終的に拓のために里伽子の外見すら変えてしまった。
 里伽子は、東京行きのお金を松野から借りようとしていたフシがあるが、アルバイトに励む拓を見たことで、拓からお金を借りることを決意する。

※記事に使用した場面写真は、スタジオジブリ公式サイトが提供する「スタジオジブリ作品の場面写真」のうち、「海がきこえる」のページのものを使用・加工しております。 


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