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『海がきこえる』を読み(視聴し)なおす:その34 武藤 里伽子は杜崎 拓をいつ好きになったのか? パート10(終)

タグ: #読書の秋2021 ,#海がきこえる,#海がきこえるⅡアイがあるから,#氷室冴子,#スタジオジブリ,#アニメ,#小説,#考察,#ネタバレ

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 前回、都合により分割掲載することになった記事の続きです。


「バカッ!あんたなんか最低よっ!」ー拓との別離と里伽子のそれからー


 「アニメ版」、里伽子とクラスの女子たちとのつるし上げは、クラスの女子の一人が里伽子に対する「私怨私恨」を口にしたことで、一触即発の危機に陥るのですが、リーダー格の清水の制止により、双方痛み分けのまま終わりを迎えます。(つるし上げに加わったこのシーンにおける清水の気持ちについては以前考察したとおりです。

 つるし上げていた女子たちが口々に「捨て台詞」(というのも陳腐な表現ですが)を吐きながら立ち去ったのち、里伽子の前に拓が現れます。

里伽子「杜崎くん…」(頼りなげな弱々しい口調で拓の名前を呼ぶ)
里伽子「いつからいたのよ」(語気を強めてトゲトゲしい口調に変わる)

 「アニメ版」で里伽子は、つるし上げの最中、胸のところで「腕組み」したーそれこそ「小説版」「女王さまみたいに」(「海きこ」第六章 263ページ)とあるように、堂々とした態度でクラスの女子たちと対峙していました。しかし、女子たちが立ち去り、清水が里伽子に向き直って話しかけるシーンになると、里伽子は、まるで寒さに震える自らを支えるように両手で両腕をおさえている姿勢に変わっているのです。

 それは、女子たちに一歩も引かないで立ち向かった里伽子の態度が「虚勢」であり、ひとりで淋しく心細かった里伽子の内心を表現していると、筆者は思うのです。

 そんな、里伽子の張り詰めた糸が切れかけそうなときに建物の影から現れたのが拓でした。里伽子は、無関心を装うように模擬店のオブジェを焼却炉の前に置く拓の姿を見て、再び「虚勢」混じりの刺々しい態度で拓を非難しはじめるのです。
 なぜ、里伽子は、拓に対しても「虚勢」を張ってしまったのでしょうか?以前引用した「小説版」の里伽子のセリフにその答えを考えるヒントがあります。

 里伽子はすこし黙って、違うことをいった。
「でも、きっと会ったら、あたしはそんなに悪くない、なによ、こいつ、だれにでもいい顔して、とか思ったりするのよ、きっと。みんなに悪い顔してもいいから、あたしが悪いときでも、あたしだけの味方になってほしかったとか、すごく我が儘なこと思っちゃうのよ」
 むちゃくちゃな話で、なんとも返事のしようがなかった。
「海きこ2」第四章 163ページより引用

 里伽子は、クラスの女子たちのつるし上げにあっている間もずっと、拓が目の前に現れて「自分だけの味方」になってほしいと思っていたのです。「東京行き」で拓が里伽子にとって「避難所」とも呼べる「居場所」になって以来、里伽子の中で拓はずっと「里伽子だけの味方」だったのです。
(無論、松野の件で「平手打ちの応酬」がありましたが、拓の「和解の模索」もあり、里伽子は拓と「絶交状態」の中でも拓へ想いを持ち続けていたのです。むしろ、「絶交状態」であるがゆえに、拓への好意を深めて行った側面も否定できません)

 しかし、拓についての考察でも触れたように、突如里伽子の前に現れた拓は里伽子に対して「無関心」を装いました。もし、拓が里伽子の方を向いて話しかけていたなら、別の展開が待っていたのかもしれません。

 ですが、拓は里伽子に背を向けることを選びました。拓に自分だけの味方になってほしいと思っていた里伽子にとって、それは「裏切り」にひとしい振る舞いだったのです。
 「居場所」だと思っていた拓が、自分の好意(里伽子の拓に対する好意)に全然気づいてくれないうえに、肝心の時に無関心を装って自分の味方になって助けてくれなかったために、里伽子の中で拓への「好意」が「怒りと哀しみ」に変わっていきます。

里伽子「バカッ!あんたなんか最低よっ!」
(右手で拓の左頬を平手打ちしながらも、一途に拓を見つめ続ける里伽子)

 吹きすさぶ哀しみと拓への想いが嵐のように押し寄せる中、里伽子は拓への好意を「言葉」にすることがないまま、拓との別離(わかれ)を迎えたのです。

 里伽子は、高校を卒業したのち、母親に内緒で「東京」の大学を受験して見事合格します。父親の援助を受けながら「東京」での大学(女子大生)生活をスタートします。

 かつて慣れ親しんた「東京」に戻った里伽子は、「大学」という新しい「世間」にうまく溶け込むことに成功しています。大学のサークル活動にも参加し、先輩たちにも可愛がられ、コンパにも参加するなど、充実した大学生活を送り始めていたことは、「小説版」における大学生編の記述にあるとおりです。(「海きこ」第五章 210ページ~211ページ)

 しかし、「東京」での大学生活に溶け込んできたと思ったのも束の間、里伽子に心境の変化がおとずれます。

「(略)今はダメだわ。大学でもサークルでも、浮いちゃって。夏休みに誘ってくれるコもいないなんて、以前のあたしじゃ信じられない。ヒマもてあましちゃって」
「海きこ」第六章 248ページより引用

 夏休みを迎える頃になり、里伽子は、再び「世間」から浮いて(ズレて)しまったのです。「小説版」のように「東京」で拓と再会を果たせぬまま、「アニメ版」の里伽子は、冒頭の「高知」への帰省シーンを迎えます。


「アニメ版」、里伽子の高知への帰省とは何だったのか?ー和解と修復の旅ー


 「アニメ版」で里伽子が、飛行機で高知に帰省した(だろう)ことは、里伽子に関する最初の考察で見てきたとおりです。では、里伽子が(高校生の時に大嫌いだった)「高知」に(わざわざ)帰省した理由はなんだったのでしょうか。

 筆者は、「小説版」同様、こっそり「東京」の大学に進学したことで、関係が断絶したままだった自分の母親と「和解」することが第一の目的だったと考えます。

「(略)ママがね、内緒でキップかっといて、ぎりぎりに送ってきたの。使わないんなら、払い戻しなさいって手紙つきで。そこまでやられると、来ないわけにもいかないわ。ママから仲直りしようっていってるのに、ここでこじれると、もうチャンスないし。ママって、あたしより意地っぱりだしね。で、折れたの」
「そうかァ、おまえの母親も知能犯だな、なかなか」
「海きこ」第六章 280ページ~281ページより引用

 「小説版」では、クラス会後のカラオケにやってきた里伽子は、拓に対して帰省した理由を打ち明けています。「アニメ版」も、里伽子が母親に内緒で「東京」の大学に進学したことから、「小説版」同様の経緯で、母親と和解するために「高知」に帰省したと推定できるのです。

 ただ、「アニメ版」の里伽子が「高知」に帰省する前の段階において、1点だけ「小説版」と違う点があります。「アニメ版」の里伽子は、「東京」で拓と再会を果たせなかった点です。それゆえに、里伽子は再び芽ばえてきた「世間」とのズレを自分ひとりで抱え込まざるを得なくなったのです。
 里伽子は、母親からの和解のシグナルをきっかけに「高知」に帰ることで、転校してきてからずっと感じていた「ズレ」を解消する、もしくは消化して受け入れる「きっかけ」をつかみたかったのでないでしょうか。

里伽子「ふふっ東京にね あたし会いたい人がいるんだ」
里伽子「誰かっていうとお…その人はね お風呂で寝る人なんだよ」

 「アニメ版」における(あまりにも有名な?)里伽子の最後のセリフです。このセリフの1つ前のセリフが、先に引用した「バカッ!あんたなんか最低よっ!」なのですが、筆者は「アニメ版」をはじめて視聴した当初、この2つのセリフの間にある里伽子の「感情」の飛躍をどう解釈すればよいのかわかりませんでした。

「最低」から「会いたい」へ

 ある意味で、フィクションに(おいて一度限り使うことを)許された「魔法」(ご都合主義ともいう)といえばそれまでなのですが、考察のために何度も「文庫本」「アニメ」を見返す中、ふと気づいたことがあります。ここからは筆者の想像です。

 それは、「アニメ版」は拓が高知行きの飛行機の機内で高校時代の里伽子にまつわる思い出を回想する物語であるように、「アニメ版」の里伽子も拓同様に高知行きの飛行機の機内で高校時代の出来事を回想していたのではないだろうかということです。

 苦くイヤな記憶が里伽子の脳裡を駆け巡る中、「高知」に来て以来、ズレてしまった自分を受け入れて、寄り添ってくれた拓の存在の大きさにあらためて気づかされたのではないでしょうか。

 高校時代、「高知」に来てからズレてしまった自分(里伽子)を好きになってくれた拓。同じように高校時代、意地を張っている(ヘンなところ)ばかり見られてイヤだけど、つらくて哀しいときに思いを打ち明けることができる唯一の存在であった拓に惹かれて行った里伽子。
 大学生になって再び「世間」からズレてしまった里伽子は、拓と再会し、学園祭以来失われていた「居場所」「修復」することで、ズレたままの自分を受け入れて生きていくことを選んだのではないかと思えるのです。

 学園祭で途切れたままだった拓への想いを「修復」したことで、里伽子もまた、「高知」に帰省した拓(や松野・清水)のように、大嫌いだった「高知」を相対化して見ることができるようになったと思うのです。
 「世間の狭さ」に気づいたことで、里伽子は、母親と「和解」することができたとともに、清水や小浜との関係も「修復」することができたと思えるのです。

「まあ、そんなのどうでもいいわ。あたし、こっち来て、よかった」
「海きこ」第六章 288ページより引用

 「小説版」、2次会のカラオケボックスを抜け出した里伽子と拓が高知城のライトアップを見上げながら続ける会話での里伽子のセリフです。
「アニメージュ版」では、このあと2人はその場で○○をするのです。)

 「アニメ版」の里伽子も、拓たちのように高知城のライトアップを見上げていたか定かでありませんが、「高知」への帰省をこんな風に総括していたに違いないと筆者には思えるのですー拓との「東京」での再会を信じて。

 「アニメ版」において、里伽子にとって「高知」への帰省は、こじれたままだった母親と「和解」し、途切れたままだった拓や清水・小浜たちとの関係を「修復」するための旅だったのです。

 今回、里伽子の視点で、「平手打ち事件」から「学園祭での別離」を経て、「夏休みの高知帰省の意味」について考察しました。これで「アニメ版」の里伽子に関する考察は終わりです。また、「アニメ版」についての考察も(ようやく)今回で終了となります。

 次回、「海きこ2」をメインに「小説版」全体を何回かにわけていくつかの視点から考察していきたいと思います。


ー今回のまとめー

平手打ち事件から里伽子が夏休み高知に帰省するシーンまでについて

 「アニメ版」、「平手打ちの応酬」の際、拓に呼び出された里伽子が不機嫌で刺々しい態度をとって視線を合わせなかったのは、同級生たちの心ない「噂」が原因。「噂」でこれ以上傷つきたくないため、「噂」で生じたやり場のない「怒り」や「苛立ち」を一方の当事者である拓にぶつけるしかないために、里伽子は、好意を寄せる拓に不自然な態度をとった。
 学園祭でつるし上げにあった里伽子が、つるし上げの場から逃げたり、呼び出しを無視しなかったのは、大嫌いな「高知」を象徴する「クラスの女子たち」に立ち向かい、徹底的に論破することで、「高知」を「全否定」してその呪縛から自由になりたいと思っていたから。
 「アニメ版」、つるし上げ事件における里伽子の仕草から、女王さまのような里伽子の態度が実は「虚勢」であることがわかる。クラスの女子たちが立ち去ったのち、突然現れた拓に対しても里伽子は「虚勢」を張る。それは、「居場所」である拓が、自分の好意に気づかないばかりか、無関心を装って助けてくれなかったために、里伽子の中で拓への「好意」が「怒りと哀しみ」に変わったから。
 その後、母親に内緒で東京の大学を受験した里伽子は、東京での大学生活を始めるも、夏休みを前に再び「世間」からズレ始める。「アニメ版」の里伽子は、「小説版」のように「東京」で拓と再会を果たせぬまま、「高知」への帰省する。里伽子の帰省は、関係断絶したままの母親と「和解」し、途切れたままだった拓や清水・小浜たちとの関係を「修復」するための旅であった。


補論:もし、里伽子が「アニメ版」EDで拓と再会できなかったら?ー関係を修復した小浜・清水の存在と「海になれたら」の歌詞から考える2人の再会の仕方ー


 最後に、「アニメ版」エンディングのJR吉祥寺駅で、拓が里伽子と再会できなかったら(あるいは、里伽子が文庫本を読むのに夢中で拓に気づかなかったら)、里伽子はどうしていたのか考えてみたいと思います。

 「アニメ版」エンディングは、「高知」から帰省した拓が再びJR吉祥寺駅の反対側ホームで見かけた里伽子の元に駆け出し、めでたく再会を果たすシーンが印象的です。「アニメ版」のストーリー構成の都合上、「必然的」な偶然の再会であるのですが、もし2人が再会できなかったら、一体里伽子はどうしていたのでしょうか?

 拓の場合、里伽子の連絡先を知らないことが考えられる(あるいは、小浜や清水からあのあとで聞き出していた可能性も考えられますが)ので、「小説版」のように里伽子のアパートを訪ねるのはどうも難しそうです。

 一方、里伽子の場合、「高知」への帰省で再会した清水や小浜から「東京」での拓の連絡先や住所を「それとなく」聞き出すことくらいしていたかもしれません。

 筆者は、「アニメ版」のエンディングで、里伽子役の坂本洋子さんの歌う「海になれたら」(作詞が「アニメ版」監督の望月智充監督!)の歌詞の中にそのヒントがあると考えます。

 歌詞の中身については、あえて触れませんが(読者の皆さんがご自身で確かめてください)、「小説版」と反対に、「アニメ版」の里伽子は、拓に自分から電話して拓のアパートを訪ねていき、拓への想いを伝えたのではないかと筆者には思えるのです。

※記事に使用した場面写真は、スタジオジブリ公式サイトが提供する「スタジオジブリ作品の場面写真」のうち、「海がきこえる」のページのものを使用・加工しております。


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