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猫と玉 ~日常系ショートミステリ~

作品紹介:落語をモチーフに猫の主人と客の駆け引きを日常ミステリーにアレンジ。3,000文字程度のショートミステリ。5分~10分でお読みいただけます。


 この喫茶店に通い始めて半年ほどになる。
 味はいまいちなコーヒーと無愛想な猫数匹がうろついて看板猫を努める喫茶店「招き猫」は今日も客もまばらで閑散としている。店主が猫好きで野良猫を拾ってきては店で飼い始めるのだ。店名もそれにちなんでのことだろう。
 ここの店主とは将棋仲間で何度か将棋を指しに来ており、今日も時間つぶしに来ないかと誘われて来たのである。
 店主と対局が始まると、一匹の猫がブラブラとこちらに近づいてくる。腹が減ったのであろう。動かないくせに腹だけは一人前に減るのだ。
「うちの招き猫なんですよ」
 店主は嬉しそうに間抜け面をした小太りの猫を抱き抱え私の膝に載せた。
「こいつは可愛いな」
 本当は猫など大嫌いだし、特に不細工な顔をしたこの猫に愛着すら湧かず、すぐ追い払おうとしてふと気づいた。
この猫の首輪についている小さな玉が薄っすらと、本当にわずかであるが赤く光った気がしたのだ。ただの気のせいだと思ったが少しだけ気掛かりがあり試してみた。
「俺も是非飼いたいな。この子名前はなんて言うの?」
「マネッキーですよ。招き猫から取りました」
 なんだ、それは。
「へえ、いいネーミングだね」
すると、また玉がうっすらと赤く光る。もしかして…。
俺の嘘を見抜いて反応したのだ。
ここのところまことしやかに囁かれている噂…。「嘘玉」ではないのか、そう思った。
 嘘玉とは数か月前からインターネットを中心に出回っている一種の怪談話に近い話で、その透き通るガラスのような玉は人間の嘘に反応してうっすらと光るらしい、と。どうやら明治時代の伝説的霊媒師が愛用していた品で、所有者を転々としていたが、ひょんなことから、その玉を利用してアンダーグランドの世界のギャンブルで一攫千金を果たした男が謎の怪死をしたとして、先日地元ローカルニュースのワイドショーで取り上げられていた。
スポーツ新聞ですら今時載せないような馬鹿らしいネタではあるが、「嘘を見抜ける」という言葉が脳裏に酷く焼き付いていた。
 信じがたい話ではあるが、実際に目の前で玉は光ったのだ。原理はわからない。しかし、わからなくても問題ない。とにかく、相手の嘘に反応して光るのだ。そうすればどんな怪しげな投資話も賭け事でも心配はいらなくなる。浮気も簡単に見破れる。一躍大儲けも可能である。
 しかし、何故この猫の首輪にその嘘玉がつけられているのか。
「この猫はいつから飼っているんだ?長いのか?」
「いや、数週間前に拾ってきたんだ。運命めいたものを何故か感じてね。招き猫として店に置くことにした」
「へえ」
「その首輪は?」
「ああ、もしかしたら前の飼い主が見つかった時の目印でね。どうせ安物だろうからそのままにしているんだ」
 もしかしたら、例のギャンブラーの猫だったのかもしれない。店主は嘘玉のことを知っているのか。しかし、知っていて無防備に猫の首輪に着けたままというのもおかしな話だ。話の通り、目印程度だと思っている程度なのだろう。だが、突然首輪の玉を譲ってくれというと警戒される恐れもあるな。
 猫は俺の膝下に飽きたらしく、今度は対面の店主の膝下に移動した。
「ちょいと相談なのだが」
「うん?」
「この猫を譲ってくれないか」
「いやいや、さすがに拾ってきたとは言え、今では立派な家族だから無理だよ」
「そうか…。とても可愛らしくてすっかり気に入ってしまったんだが」
 そこでうっすらとまた玉が光った。間違いない。思わず凝視してしまう。
「ん?」
 店主が視線に違和感を感じたらしく、首輪の方を見ようとした。
「10万出そう!譲ってくれ!」
 私は慌てて店主の注意を惹きつけるよう大声で宣言した。
「困るな、金の問題ではない。しかし、モテモテだな、マネッキー」
 またも玉が赤く光った。今度は店主が猫を抱え上げ、テーブルにおこうとしている最中だから店主からは玉が死角になった。気付かれていないはず。確かにモテモテではないよな。嘘玉は正確だ。
しかし、店主が猫をテーブルの上に置いたことで、首輪が光ったら店主の視界に入り気付く恐れが出てきた。猫は相変わらず無愛想に欠伸をしている。見ているだけで憎たらしくなってきた。なんだ、この馬鹿面は。しかし、嘘玉が目に入る。これさえあれば。これさえ。
とにかく会話に気をつけるのだ。嘘玉を光らせてはいけない。
「100万出そう!」
 店主が呆れて俺を見る。
「猫に100万とはおかしい。どうかしているんじゃないか?冗談も程々にしてくれ」
「じょ、冗談ではないんだ。とにかくその猫が…」
言葉に詰まる。嘘をつくと、また玉が光ってしまう。猫が目の前にいる状態では店主に気付かれてしまう。
とっさに猫の方を指差し、
「これにはそれ以上の価値がある」
「もしかしてそんなに珍しい種類の猫なのかな?」
「いや、そうではない。俺はゲンを担ぐ方でね。君が言った通り、招き猫という言葉があるように、猫自体に価値がなかったとしても色々な効果で幸せを運んでくれると俺は考えている」
「しかし、こやつは怠け者で鼠どころか虫も取らないぞ。食うばかりだ」
「いいさ。これから丁度、大勝負をかけるところなのさ。それが当たれば100万なんか端金だ。だから100万ぽっち出しても惜しくはない」
 大勝負はかける。嘘玉を騙し取るために。だから嘘ではない。
「うーん。まあ、そこまで言うなら…。いいよ」
「本当か!?」
やった!一攫千金だ。
「ああ、ただし、100万は止めておこう。あとで返せってことになっても嫌だし、何しろ額が大きすぎるよ」
「いやいや、100万で全然構わないよ」
「ダメだ。一般の猫の相場はいくら知らないが、最初に言っていた10万で手を打とう。とりあえず本気なら近くにコンビニが有るから現金を下ろしてこいよ。その間に猫の準備をしておくから」
「わかった。すぐ戻る」
 金を下ろして店に戻って10万を店主に手渡す。
 キャリーバッグに入れた猫を手渡される。
猫を見て愕然とする。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!首輪はどうした?」
「いや、この首輪は気に入っていてね。譲ることはできないんだ」
「し、しかし」
「なんだい?猫は可愛がってくれよ」
「その首輪も一緒にほしい」
「なんで?」
「い、いや…。マネッキーも気に入っているだろうし…」
「大丈夫だ。この首輪は客が来た時にしか猫に着けないから、愛着なんて無いさ」
「なに?」
「そうすると何故か拾った猫が売れていくんだよ。毎度あり」
 足が震えたが、まさか猫など要らないと言う訳にもいかない。這々の体で喫茶店から出てくると、ふと、思考が蘇ってきた。
 店主がモテモテと言った時に赤く光ったが、あれはモテモテに反応したのではなく、「困るな」という言葉に反応したのではないか。つまり、困るな、は嘘。本当は困らない。猫が売れて欲しい。最初から首輪は渡すつもりは無い、そういうことだったのだ。
 しかし、残念ではない。店主は気づいていないのかもしれない。首輪は確かに猫と一緒に拾ったのでは無いのかもしれないが確かに光ったのだ。ということは事情はどうあれ嘘玉は紛うこと無く本物なのだ。
 くそ、エサ代や飼育も面倒だ、猫の入ったバッグから猫をつまみ出すと猫を逃がした。
トボトボとキロにつく中、俺は再チャレンジを誓った。

喫茶店「招き猫」は今日も閑散としている。
「赤く光るタイミングは悪くなかったが、嘘玉はちょっとやりすぎだったかな」
 店主は途中で終わった将棋盤を尻目にパソコン画面に向かった。
「今度は猫のエサ皿が実は幸運を呼ぶっていうのはどうかな、なあ、マネッキー」
 マネッキーは無愛想ににゃあと鳴いた。


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