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『若輩者で恐縮です。』超ひと見知りの私が、町内会長になった話|はじまり

「来年度、町内会長をお願いできないかしら?」

会長の田端さんはそう言った。
豊かなキャリアを漂わせつつ、物腰の柔らかさにはいつも感心させられる。

春の気配はまだ遠い、雪のちらつく土曜の午後。
公民館の一室で、町内会の役員会が開かれていた。
私はロの字に並んだ長机の隅っこで、
窓の外に視線を漂わせる。

最初その一言が、自分宛とは思わずに、視線を後ろにパスしたら、そこには壁のシミしかいなかった。

とんでもございません。
人生のベテラン勢が居並ぶ中、私なんかに務まるもんか。
ほとんど子どもか孫世代。
小学校のクラス委員にすら選ばれたことがないだぞ。

あえて後塵を拝しながら、目立たず騒がず楯突かず、これまでコソコソ生きてきた。
そもそも私は「超」が付くほどひと見知り
初対面では、借りもんの猫さえ腰抜かすほどモジモジしている。
大学時代も就職しても、合コンの誘いは断り続けた。
どうせ行っても、吹き溜まりのホコリのように隅で丸まることしかできないからだ。

そんな私がリーダー的なのは向いてない。
ここは波風立てず、凪の気持ちで断ろう。

「それは、さすがに私では無・・・」

そんな私の反応を見越してか、田端さんは次の一手を打ってきた。
お願いお願いお願いの“三顧の礼”に、思わず首を縦に振ってしまった。
あれは催眠術師に違いない

***

私が住むのは都心の郊外に広がるいわゆる“閑静な住宅地”。
若い層とベテラン層が半々の今どきにしては若い部類の地域だろう。
約200世帯で構成する町内会は、20年ほど前に立ち上がり、第1世代も現役だ。
1年ごとに会長が、2年ごとに役員が変わる交代制で、一部の会員に負担が集まらないよう工夫がされている。

***

大きな拍手に迎えられ、町内会長となったものの、さあどうしたものか。
しかめ面の長老たちに怯えつつ、雲間の日差しに照らされて、やるしかないと覚悟を決めた。


デビュー戦 町内大清掃

町内会では年に1度、会員総出で地区の大清掃を行う。
草抜き、枝切り、ゴミ拾い。
私の役目は「ご挨拶」

集合時間の午前9時。会員が眠気を引きづりながら集まってくる。
先日の総会に来ていなかった方とは初対面だ。
口から飛び出しそうな心臓をウロウロしながら押し込める。

みなさんおはようございます。
今日はご参加いただきありがとうございます。
ケガのないようにお願いします。

内容ゼロの定型文。小学生の方が気の利いたことが言えるだろう。
まぁ大事なのは気持ちだと、無意味な笑顔で役目を終える。

最近は、この手の行事に人が集まらないと嘆きを聞くが、結構な人数が集まった。
老若男女、みんな熱心に作業して、ここは勤勉な国だと改めて思い知る。
住んでる地域がみるみるキレイになっていくのは清々すがすがしい。
積み上がったゴミの山に、最近感じたことのない達成感。

しかしまあ、こんなに雑草が生えているものかと感心する。
大清掃がなかったら町内くまなく草だらけ。
大っ嫌いな虫の天国だ。
地域の力を思い知る。
みなさん心から感謝を申しあげます。

【つづく】

(*登場人物は仮名です)


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