『若輩者で恐縮です。』 超ひと見知りな私が、町内会長になった話|血戦
血戦 年次総会
ついにこの日がやってきた。
これを乗り切れば、町内会長は卒業だ。
毎年3月下旬に開催される町内会の年次総会。
1年間の事業の結果や決算を会員さんに報告し、次年度の役員とやることを多数決で決めていく。
議題書、決算書、来年度の事業計画の作成などなど…思っていたより大変だ。
連日連夜、仕事終わりに仕事が始まる。
役員みんなに仕事を振り分けながら、私は後任の“いけにえ”を漁り出す。
今年1年間の役員各位の働きぶりをこっそり見ながら、目星を立てておいたのだ。
「来年、自治会長をお願いできないかしら?」
ありがたし、後任候補、捕まえた。
***
あとは総会の本番だ。
だが、この「卒業式」は一筋縄では終わらない。
毎年、長老たちが暴れ出すのだ。
会場には、50名ほど集まった。
最前列には犬上さんが鎮座する。
地域の最長老にしてご意見番。
町内会立ち上げメンバーで、活動への思い入れもめっぽう強い。
周りは密かに“イヌガミ様”と呼びならわして、付かず離れず距離を置く。
“触らぬ神に祟りなし”というもんだ。
それでは総会を始めます。
1つ目の議案ですが…
つつがなく始まった。今のところは問題なし。時間通りの進行だ。
だが、そんな平和は長くは続かなかった。
『町内会運営の改革案』の審議に入ると会場の空気は一変したのだ。
***
役員負担が重いから、退会者が止まらない。
このままでは自治会が成り立たないので
何とかしようとの声を受け、
役員みんなで1年かけて
『改革案』を練ってきた。
とりわけ若い層から希望が強い。
改革案は、途中経過も報告しつつ、
広く意見も聞きながら、
わりと丁寧に積み上げてきた。
役員数を減らそう
会費を減らそう
回覧板もデジタル化して、
仕事も極力減らしていく。
そして防災など、
「やるべきこと」を厳選し、
それはきっちりやりきろう。
そんな案が出来上がった。
だが、長老衆にはウケが悪い。
自分らが積み上げてきたものが崩される
不快と不安が入り混じるのか。
***
『改革案』の説明が終わるや否や、
イヌガミ様が噛みついてきた。
これで町内会の役割を果たせるのか?
(無くなるよりマシです)
ここの書き方おかしくないか?
(それは好みの問題です)
これで会員増える保証がどこにある?
(地球上にはありません)
ダメなら誰が責任取るんだ?
(私、辞めても良いですよ)
こんな案は、納得できない!
(サルでもわかる説明を)
イヌガミ様は止まらない。
ただ、うつむき加減に暴風域をやり過ごす。
会場内にはため息ばかりが溜まってく。
意見を言う機会はたくさんあったのに、
この段階でのちゃぶ台返しは反則だ。
少しずつ、私の不快指数が上がってく。
そして、イヌガミ様は静まり返る私を横目にしたり顔。
説教モードに移行する。
「そもそも町内会というものは、入らないのが非常識。なんでこちらが変わるのか」
「あんたのような若いもんには地域のことはわからんだろうが・・・」
ーーん?今、何つった?
最初に断っておくが、私は年長者に敬意を払って生きている。
先人たちの尽力で今の暮らしが成っている。生きた知恵も大切だ。
そして私は温厚だ。目立たぬように生きる知恵というものだ。
だがしかし、
年齢とか性別だとか、
個人の努力では越えれぬものを盾にして、
マウントを取りに来るやつに、
私の怒りは反射する。
みぞおち辺りがキュッとなる。
「そんなに言うなら、今すぐここで
対案出してもらおうか」
気がついたら、イヌガミ様を睨みつけ、
唸るようにそう言っていた。
会場内の空気が凍りつく。
役員の視線が私で固まる。
そして、若輩者のまさかの反撃に、顔がひきつる長老たち。
さっきまで腕組みしながら、ふんぞり返っていたのが嘘みたいだ。
どうやら「攻撃が最大の防御」派らしい。
「勝手にしろ!!」
そう言い捨てられて後味悪く終わったが、
改革案は満場一致で可決された。
1年間の重圧がスルリと肩から降りていく。
***
「やっぱり見込んだ通りだわ。
期待以上だったわよ」
声の主は、私をイケニエにした前会長・田端さんだ。
私はこのマダムの手のひらで、踊らされていたと言うことか…。
まぁそれでも大人になれば、褒められる機会もほとんどない。
相変わらずの素敵な笑顔でそう言われると、
忘れかけてた嬉しい気持ちがほんの束の間よみがえる。
窓の外には早咲きの、桜の花が舞っていた。
私のもとにも春が来た。
【つづく】
(*登場人物は仮名です)
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