『若輩者で恐縮です。』 超ひと見知りな私が、町内会長になった話|悶絶
悶絶 地区要望
毎年地域の“お困りごと“の解決を市役所にお願いする「地区要望」
会員から私の元に次々と、お困りごとが寄せられる。
“曲がり角にカーブミラーつけて”
“夜暗いから街灯つけて”
“伸びた街路樹を伐って”
“公園に小屋建てて” ん?何する気?
みんないろいろ困ってる。
ひとつひとつの要望をチェックしながら様式に書き込んでいく。
わからないところは現場を見に行き追記する。
結構骨が折れる作業だ。
***
苦労して「要望書」にとりまとめ、市に提出したらホッとした。
あとは回答を待ってるだけ。
そんなある日、市役所から電話がかかってきた。
「会長さん、ご相談があります」
わかりましたと請け負って、平日仕事を早退し市役所に出頭した。
***
「何かご用ですか?」
地域活動課の窓口に出てきた女性職員は、私に明らか警戒をしている。
本郷さんと15時からお約束をしてまして…
町内会名と氏名を告げたら、遠くでこちらをチラチラ見ていた男性職員がすっ飛んできた。
「すいません、セールスの方かと…町内会長さんに見えなかったもので…」
若輩者で恐縮です。
だから、私の身の丈ではないと言ったのだ。
「実はそちらのご町内から頻繁に、市に電話をしてくる方がいらっしゃいまして」
本郷さんはお困り顔でそう話す。
あんたもお困りなのかい。
世の中、困ってる人が多いもんだ。
どんなことかと尋ねると、
公園の樹木の剪定で鬼電されて困っている、と。
あれ?
先週市役所の公園課が、こちらの要望通り樹木を剪定してくれたはずだけど。
周辺の家から感謝の声も聞いている。
「要望に基づいて剪定したと何度説明しても聞いてもらえなくて…」
本郷さんは救いを求める眼差しで、私の答えを待っている。
とりあえず確認しますと引き取ってその日は市役所を後にした。
***
家に帰ると、ポストに手紙が入っていた。お怒り主からだ。
手書きで便箋いっぱいに怒りの符号が刻まれている。
《何で自分に相談なく、公園の木を切ったのか》
私への不満もしっかりある。
これ、絶対怒られるやつ
とりあえず現場に向かうと、うっそうとしていた公園の木は涼しげに切り揃えられていた。
万事休す。行くしかない。
お怒り主とは初対面。ひと見知りには極刑だ。
気持ちを整え、チャイムを鳴らす。
ピーンポーン。
呼び鈴3回目で優しげなご夫人の声で応答があった。
もしや、ドーベルマンかと思ったらポメラニアンが出てくる展開か?
祈る気持ちが天を突き、期待と不安がぐるぐる回る。
「市がなかなか伐らんから、ワシが伐ってやったんじゃ!」
やっぱりブルだった。
どうやら怒り主は、伸び放題の木の枝を、みんなのためにと少しずつ伐り始めたが、後から市役所がやってきてザクザク剪定したもんだから、自分の好意が無にされた、と思ったらしい。
マジか、そんなの無理ゲーだ。
難しすぎて諦めた。
でも、怒り主は止まらない。
「あんたも何で事前にワシのところに相談に来ないんだ!』
(悪いがそんなに暇じゃない)
張ってた気持ちが垂れ下がる。
そうなんですね。
大変でしたね。
ありがとうございます。
と、ただ繰り返す。
ひとしきり言いたいことが出尽くしたのか愚痴っぽくなってきた。
「あんたも口うるさい年寄りがと思ってるんだろうが…」
そうなんですね。やべ、間違えた…
結局、最後は収まった。ただただ話を聞いただけだけど。
あぁ疲れた…この分、税金をまけて欲しい。
***
後から聞いたが、木の豊かな緑が楽しみで、公園の木の剪定をよく思わない人もいるらしい。
落ち葉か情緒か安全か。
多様化といえば聞こえは良いが、個が立つ事でバラバラだ。
それを調整するのが町内会だが、ライトな関係を求める今の世に、そんな時間もチャンスもない。
ましてや増え続けている町内会に居ない人の意思など全くもって闇の中だ。
多様性は大切なこと。
ただ、多様性には手がかかる。
良いとこ取りは難しい。
【つづく】
(*登場人物は仮名です)
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