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三権分立             ~検察庁法改正案を考えるために~

 「#検察庁法改正案に抗議します。」先週末(5月9日)こんなハッシュタグの付いたツイートが約500万件を超え、話題になっています。西郷輝彦さん、いきものがたりの水野良樹さんなど著名人がツイートしたことでも大きな話題になりました。

 この法改正を問題視する人たちからは、日本の政治体制の基本である三権分立を揺るがす事態だという声が聞かれます。なぜ三権分立を揺るがす事態になりうるのかを知るために、すでによく理解されている方もいらっしゃると思いますが、改めて三権分立について復習をしておこうと思います。

 三権分立は国の権力を、立法権(法律を作る権利)、行政権(法律にそって政策を実行する権利)、司法権(法律に反する行為を罰したりいざこざを法律にのっとって裁定する権利)に分ける考え方です。日本においては立法権を国会が、行政権を内閣が、司法権を裁判所が担っています。(それぞれの権力を持つ機関のことを、それぞれ、立法府、行政府、司法府と呼ぶことがあります。)これは権力が暴走することを防ぐための措置です。この三つの権力はお互いをチェックしあい暴走を食い止めることができるようになっています。

FireShot Capture 001 - 三権分立 - www.shugiin.go.jp

(衆議院のホームページより、転載。)

 上の図を見てください。ひとつづつ見ていきましょう。

国会ができること

まず、国会が内閣に対してできることは内閣総理大臣の指名内閣不信任決議です。まず、内閣総理大臣の指名ですが、これは文字通り国会が内閣総理大臣を決めることができる、ということです。そしてもう一つが内閣不信任決議です。これは国会が内閣に対して「あんた、信用できないよ。やめてよ。」ということができるということです。この内閣不信任決議が採決された場合、内閣は十日以内に総辞職(大臣をはじめ内閣のメンバーがみんなやめる。)しなくてはならず、新しい総理大臣が選ばれることになります。しかし、不信任決議の採決から十日以内に内閣が衆議院を解散(あとで説明します。)した場合には、十日以内の総辞職は行われず、選挙後に新しい総理大臣が指名されるまで、内閣は生き残ることになります。(内閣信任決議というのもあり、この決議の場合は否決された場合に同様の措置が取られます。)

 内閣が悪さをしたり行き過ぎのことをしたら、国会が内閣のメンバーをやめさせることができるため、内閣に対して国会のチェックが働いていることになるのです。

 また国会は裁判所に対して弾劾裁判を行うことができます。弾劾裁判とは裁判官を裁く裁判のことです。裁判官は司法をつかさどるものとして他の二つの権力から高度な独立性を持つことが必要な役職です。その為、憲法78条で「裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない。」とその身分を保証されています。しかし、裁判官とて人間です。悪さをしでかしてしまう可能性が0なわけではありません。その為、裁判官が職務上の義務を怠ったり、裁判官としてふさわしくない行いをした際は、衆議院議員と参議院議員の中から選ばれた弾劾裁判の裁判員によって裁かれることになっています。

 このようにして国会は、裁判所をチェックしているのです。

内閣ができること

 次に内閣が行うことができることです。内閣は国会に対し、国会の召集衆議院の解散を行うことができます。

 まずは国会の召集について。これは内閣が衆参両院の議員に「みんな集まれー、国会やるぞー」ということができる、ということです。国会は内閣によって召集されない限り動くことができません。また内閣は衆議院を解散することができます。これは衆議院のメンバーを一度みんなやめさせて、選挙をもう一度行って議員を選びなおす事ができる、ということです。衆議院を解散して選挙を行うことで、内閣は国会がその時々の民意をしっかり反映しているのかどうかを確認することができます。(正確に言うと国会の召集、衆議院の解散は、ともに内閣の助言と承認を経て行われる天皇の国事行為ですが、天皇にはこれを拒否する権限はないので、事実上内閣が行う行為ということになります。)

 また内閣は最高裁判所長官(日本の裁判所の中で一番えらい裁判所のボス)、その他の裁判官の任命を行うことができます。

裁判所ができること

 裁判所は国会に対して違憲立法審査権を持ちます。これは国会が定めた法律が憲法に違反していないかどうかを調査できる権限です。憲法は最高法規性(法律などの決まりの中で、一番強い拘束力を持った決まり。)を持っていますから、裁判所が憲法に違反すると判断した法律はその効力を失います。

 また裁判所は内閣の行う命令、規則、処分について、適法かどうかを判断する事ができます。

 以上のように3つの権力はお互いを監視しあい、いずれの権力も暴走しないようになっています。(この状態を「チェック&バランス」「抑制と均衡」と呼びます。)

国民ができること

 さらに、今回の検察庁法にはあまり関係ありませんが、三権分立を理解するうえで欠かせないのが国民のできることです。国民はすべての権力に対して、力を持っているとされています。

 まず国会に対しては選挙を通じて、議員を選ぶことでかなり直接的な形で影響を与えることができます。このため、国会は主権者である国民の意思をより反映している機関として、三権のなかでも特に尊重されるべき機関であるとされています。

 次に国民は内閣に対して、世論を通して影響を与えることができます。これは法的な拘束力はありませんが、内閣の仕事のほとんどは国会の承認を得て行われることであり(一つ一つの業務に国会が承認をするというわけではないが、どの仕事も国会が定める法律にのっとった仕事であるため、国会の支持がなければ仕事をすることができない。)、その国会に対し直接的な影響力を持った国民の声である世論は無視できない存在なのです。

 最後に国民は裁判所に対して国民審査権を持ちます。これは国民が最高裁判所の裁判官を、続けさせるか、やめさせるかを判断する事ができる権利です。最高裁判所の裁判官は任命されたあと、最初に行われる衆議院選挙と合わせて国民審査を受けなくてはいけません。また、その審査から10年経過したあと、初めて行われる衆議院選挙の時も同じように審査を受けることになっており、その後も続ける場合は同じように10年ごとに審査を受けることになっています。国民審査で、半数以上の人からやめさせるべきといわれた裁判官はやめなくてはいけません。しかし、今までに国民審査で辞めさせられた裁判官はいません。

検察庁法改正案はなぜ三権分立の問題とされるのか

 以上のことを知ったうえで今回の検察庁法改正案がなぜ三権分立の問題になるのかを考えてみましょう。まずはそもそも検察官とはどのような役割なのかを復習しましょう。

 検察官は刑事裁判(法律違反が起こった場合に、犯人と思われている人物が本当に犯人か、もし本当に犯人なのだとしたらどの程度の罰を与えるべきなのかを判断する裁判。)において、被疑者(容疑者のこと)が犯人であることを証明し、刑罰を与えることを裁判所に求める役割を担っています。また刑が確定した場合、その刑を執行するのも検察官の仕事です。

 また検察官のもつ大きな権力として、起訴権限があります。これは検察官が容疑者を裁判にかけるかどうかを判断する事ができるということです。検察官が起訴しなければ裁判は始まりません。

 以上のように検察官は司法の場で活躍する役職です。しかし、検察官は国家公務員であり、行政府の一員とされています。その為、検察官は内閣の指揮監督下にある役職です。しかし、検察官はたとえ時の権力者であっても法律に反している場合は起訴して裁判にかけるという役割を担っているため、他の権力からある程度独立した立場をとらなければならないこと、また司法にも大きな影響力を持つため、行政府の一員ではあるが、準司法官(司法に対しても権限を持つ役職)であるとされ、その他の公務員と区別して考えられてきました。これは、法律などに明記されているわけではありませんが、先ほど長々と書いた、三権分立の仕組みから要請されることです。

 今回の検察庁法改正案では、検察官の定年を63歳から65歳に引き上げたうえで、内閣が必要だと考えた検察官の定年を特別に引き上げることができることになっています。さらに、定年引上げに伴って役職定年制といって、ある程度のお偉いさんに関しては63歳までしか続けることができず、65歳まで続ける場合はヒラの検察官に戻ることになりますが、これに関しても内閣が必要だと考えた場合は、役職をそのままに、定年を延長させることができる、という内容になっています。

 何が問題視されているかというと、内閣が必要だと思った検察官を特別に定年延長することができるようになってしまうため、内閣=政治機関によるえこひいきができるようになってしまう、という点です。実際に内閣がそのようなことをするかどうかはともかくとして、内閣の判断によって仕事を続けられるか、おまけに内閣の判断によっては、普通であればヒラに戻って仕事をしないといけない所を、いままで上り詰めてきた役職を降りずに仕事をすることができるかもしれない、ということになれば、検察官も人間ですし、日々の生活、将来の生活をかけて仕事をしているわけですから、仕事を続けるために、内閣に忖度するような状況になりうる、そうした場合、三権分立の原則から導き出される検察官の準司法官としての政治からの独立性に大きな影響が出てきてしまうのではないか、という点が大きな問題点として指摘されています。

 政府はなぜこのような改正を必要としているのでしょうか。今回の検察庁法改正案は国家公務員法改正案(国家公務員の定年を延長する法案)と束ねて提出されています。このことについて、安倍総理は以下のように説明しています。

「高齢期の職員の豊富な知識、経験などを最大限活用するという国家公務員法改正案の趣旨や目的と同じだ」

そのうえで「恣意(しい)的な人事が行われるという懸念は全く当たらない」とも述べています。

 政府はこの法案を国会に提出するのに先立って、黒川検事長という検事総長に次ぐ役職の人物の定年延長を、閣議決定(内閣のメンバーによる決定)によって、国家公務員法の定年延長規定を使って、決めました。しかし、この法律で国家公務員の定年延長が可能になった昭和56年当時のの政府の考え方では、検察官の定年については、検察官も国家公務員ではあるものの、特殊な役職として検察庁法で定めており、国家公務員法に基づく定年延長は検察官には適用されない、とされていました。このため、黒川検事長の定年延長は違法行為とまでは言えないものの、脱法行為である、と批判されていました。その際には法務大臣が以下のように説明していました。

昭和56年当時と比べ、社会経済情勢は大きく変化し、多様化、複雑化しており、これに伴い犯罪の性質も複雑困難化している中、検察官においても、業務の性質上、退職等による担当者の交代が当該業務の継続的遂行に重大な障害を生ずることが一般の国家公務員と同様にあると考えて、昨年10月末頃時点の考え方とは別の視点から、検察官にも国家公務員法上の勤務延長制度の適用があるとの見解に至ったものでございます。

森まさこ法務大臣の国会答弁より

以上のような理由が、政府がこの改正案を必要だとする理由だといえると思います。

 また、この法改正に賛成する理由としては、以下のようなものもありました。「検察官は今の状況では誰にも忖度することなく人事を行うことができ、そのうえ強大な権力を持っている。この状況の方が問題であり、内閣が検察官の人事に口を出せるようにする今回の改正案は、検察が民主主義のチェックのもとに入るだけであるから、なんら問題視すべきことではない。」

 この意見にもある通り、検察が持っている大きな権力には問題点があることも事実です。日本の司法制度は、長い間勾留(容疑者の身柄を拘束する事)され、弁護士の立ち会いのない取り調べで、精神的に追い詰められて自白の強要に応じてしまうなど、海外からも人質司法と呼ばれて批判されている部分があります。この意見はそのような強い権力を持つ検察官の人事に対して、内閣が口出しをすることができるようになるのは、国民の声を反映した国会によって任命された総理大臣がボスである内閣が、検察を実質的に配下に置くことができるようになることであり、民主主義による統制がかかることであるから問題ではない、という意見です。

 長くなってしまうので、一度この記事はここで終わりにしたいと思います。この法案を巡ってはほかにも様々な指摘がなされていますので、ぜひ皆さんもいろいろな視点からの意見を聞いて、考えてみて下さい。この記事では考える上で必要な最低限(といっても長ったらしくてすみません。)のことを、書いてみたつもりです。

読んでくださってありがとうございました。

           カラフルデモクラシー  松浦 薫



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