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「伝える」と「知る」の今とこれから

 ~ 共同通信 所澤新一郎記者に聞く ~

 社会の事を知り、考え、行動するとき、そのもととなる情報はどこからきているだろうか。自分の耳で聞き、目で見た情報に基づいて行動している人は、どれだけいるだろうか。

 おそらく多くの人が、自分で収集した一次情報よりも、なんかしらのメディアを通して入手した二次情報の方に多く触れているのではないだろうか。メディアによる報道は、個人では知りえない広範な情報を市民に周知することができる。その一方で、ネットの登場により、メディアの在り方が多様化する中で、私たち一人一人がどう情報を収集し、活用していくのか、あるいは発信していくのかが問われる時代がやってきている。

 これからのメディアの在り方について考える上で、まずは現場で活躍している人にお話を聞かせていただこうと考え、6月のカラフルデモクラシーでは、共同通信社記者の所澤新一郎さんにゲストをお願いした。

通信社の役割

 ニュースによく触れられる方なら、「共同通信」という名前を一度は耳にしたことがあると思う。日本には共同通信の他に、時事通信という通信社があるが、そもそもこの通信社という報道機関は、どのように情報発信を行っているのか、皆さんはご存じだろうか。

 朝日新聞社や読売新聞社といった新聞社であれば、自分たちで独自の新聞を発行しているし、NHKやTBSといったテレビ局は、独自のテレビ番組で情報を発信する。

 しかし、通信社は独自の情報発信の媒体を持っていない。その通信社は一体どのような役割を果たしているのか、私は寡聞にして知らなかった。

 所澤さんによると、日本においてはそれぞれの地方に地方紙と呼ばれる新聞があり、地元に根を下ろした取材網で地域のニュースを発信している。一方で、そうした地方紙は東京や他県の記事、スポーツや海外のニュースに関しては、通信社の記事を使うことも多い。「通信社は黒子のような役割を担っている」と所澤さんは言う。また、東京にある多くの新聞社やテレビ局、ラジオ局にも共同通信の記事が流れているそうだ。

隠れた声を届けること

 所澤さんは共同通信に就職してから30数年が経ったベテランである。しかし、就社した動機はあまりはっきりとしたものではなかったそうだ。所澤さんが就職した当時はまだバブルの真っ盛り。経済学部出身の所澤さんの周りの多くの人が、金融機関に就職した。しかし、そういった流れに自分も乗ることに違和感を持っていた所澤さんは、もともと人に会って話をすることが好きだったこともあり、「面白そうだな」という程度の気持ちで共同通信に就職したそうだ。

 共同通信のみならず、報道機関に就職するとまずは地方に派遣される。地方での勤務は、その地方で起きていることをすべて把握して勉強する期間だそうだ。スペシャリストというよりも、まずはジェネラリストになる為の期間だと所澤さんは言う。所澤さんは、北九州、長崎、函館で勤務した。

 そこで、事件のニュースや裁判の情報、選挙の情報、町の話題からスポーツの話題まで、幅広くなんでも扱う。そういった現場での取材活動を通して、記者としての能力を鍛えていくそうだ。

 北九州での仕事の中で所澤さんは、社会的な背景を持った大きな2つの取材のテーマに出会った。その1つが在日韓国・朝鮮人の方たちの問題だ。当時は、外国人登録法という法律で、日本国内に1年以上居住する満16歳以上の外国人が外国人登録するときには、指紋の捺印が義務付けられていた。外国籍を持つ在日韓国・朝鮮人の方々も、日本で生まれ、生活しているのにもかかわらず、この制度が適応されていた。所澤さんは、指紋捺印を拒否した在日韓国人のピアニストの方の取材を行った。

 この取材の中で、所澤さんはピアニストの方の「自分は支えてくれる人が沢山いたからこうして声を上げることができているが、実は他にも沢山、声を上げられない人たちがいるのではないか。声が上がらないということは問題がないというわけではない」という言葉に衝撃を受けたそうだ。所澤さんは「自分は何も知らなかったんだな、という事に気が付かされた」という。

 2つ目がホームレスだ。所澤さんは、同世代の牧師などが行っていた支援活動を取材した。夜、声をかけて回る夜回り活動や、炊き出しの活動などを一緒に行いながら、取材をしたそうだ。つらい状況を体験し、社会への不信感を抱えたホームレスの方たちには、会社の肩書が通用しない。肩書ではなく、信頼関係でやり取りをする姿勢を学んだそうだ。

 所澤さんは、他にもご自分が関わってこられた取材のテーマについて詳しく話してくださった。個別のテーマについてここで詳しく記すことは避けるが、一貫して感じられたのは、社会の中に埋もれた、声を上げられずに苦しんでいる人に寄り添う姿勢や、信頼関係を築き上げる姿勢だ。

 近年、「マスゴミ」などという言葉が浸透するほど、メディアに対しての社会の風当たりが強いが、1人1人の記者の方に焦点を当ててみれば、誠実に、信頼関係を構築しながら、私たちが日常の中で気が付くことのない声を届けてくださっているのだと感じた。

多様化する情報発信の在り方

 近年、ネットの普及により、メディア関係者にとどまらず、ほとんどの人が情報を発信することができるようになっている。既存のメディアだけでは実現できない、多様な視点からの情報に触れる機会が作られる一方で、裏付けの取れないデマ情報なども溢れるようになってきている。このような昨今のメディアの現状に対し、所澤さんはどのように見ているのか、伺った。

 所澤さんは、既存のメディアが果たしうる役割の1つとして、災害時にSNSなどで飛び交うデマを訂正することができるという事をあげた。例えば熊本地震の際には、ライオンが動物園から逃げ出したという情報がSNSを中心に飛び交った。北海道地震の時には、水道が使えなくなる期間に関してのデマ情報が流れた。こういった時に、既存のメディアがきちんとした裏付けに基づいた情報を、SNSも活用して発信し、それらのデマを抑制するのに一役買うことができたそうだ。

 他方で、既存のメディアは省庁などから流れる情報に依存しがちなところもあり、民間のNPOなどの活動を拾いにくいという課題もあると所澤さんは考えている。特に東京はニュースが多く、面白い活動をしている団体が沢山あるのにもかかわらず、それを十分に拾えていないと考えているそうだ。

「受信者」と「発信者」のこれから

 多様化していく社会に、メディアはどう対応していけば良いのか。そして、私たちはどのように情報と付き合えば良いのか。所澤さんのお話を聞いて考えた。

 所澤さんのお話を聞いて、改めてプロフェッショナルである既存のメディアの皆さんの持つ力の大きさを感じる一方で、多様なニュースが溢れている現代社会の中で、当然ながら、限定された既存のメディアだけでは、そのすべてを拾う事が出来ないという限界も知った。

 これからの時代、私たちは自分の力では見聞きすることができない情報を既存のメディアを通して入手しつつ、自分たちでも、それぞれの視点から見た社会の事を発信していけばよいのではないだろうか。私たちが、情報の受信者としてのみならず、発信者としても活動することで、多様化する社会に適したメディアが確立されていくのではないだろうか。

 私は「知る」という段階なくして、実際に動いて社会を変えていく事はできないと考えている。メディアは私たちに「知る」機会を提供してくれる重要なツールである。同時に、私たちも自分たちの視点から、他の人に「知る」機会を提供することができる時代になっているのだ。互いに知らせ合う社会を形成していくことで、カラフルな情報に溢れた、豊かなメディアが形成されていくのではないだろうか。

 私たちカラフルデモクラシーも、微力ながら、若者の視点を持って社会の事を発信していきたいと思った。

今回はメンバーの1人が感想を書いてくれたので紹介しよう。

所澤さんのお話を聞いて
 僕の主なニュースの情報源は新聞で、 いつも読んでいるが、その記事がどのように書かれているかなど考えたこともなかった。 よく見ると生地の末尾に記者さんの名前が入っていたりする。そんなニュースの記事を通信社が配信していて、一面にはこの記事を、と出していると聞きとても面白かった。
 所澤さんのたくさんのお話の中でも、特に力を入れてきたという災害への向き合い方の話が興味深かった。雲仙普賢岳の火砕流で、記者や消防団、タクシー運転手の人たちが亡くなった時のこと、普賢岳の溶岩ドームの観察日記を書いた小学生達のことがとても印象に残った。また、もし災害が起きた時に、避難所に人数分の食料がなかったらどうするのか、や、避難所で女性の方や LGBTQ の方が困ることは何だろうということを考えて、皆で話し合えたのがとても良かった。所澤さんのお話を聞いて、被災地の人々にとって本当に欲しい支援とは何だろうということを考えさせられた。           所澤さん、貴重なお話を本当にありがとうございました。
                         (感想:T.H)


 所澤新一郎さん、ありがとうございました!

                    (記事作成:松浦 薫)

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