読んで、つなぐ
すっかり時間が経ってしまったけれど、7月はじめに堀江敏幸『雪沼とその周辺』を読み終えた。雪沼という小さな地方都市に住む人々の生活と、心の表情が描かれる短編小説集だ。
実は堀江敏幸さんの作品を読むのははじめてだ。その穏やかな筆致と美しい日本語をここちよく感じながら読み進め、ふと思った。
「雪沼って、実際にある地名なのかな」
自然現象の名を冠した地名は案外少ないらしいことを、昔、ある小説で知った。
池澤夏樹『スティル・ライフ』である。作中に「雨崎」という地名が出てくるのだ。「雨崎なのに雨が降っていたことはない」といったことも書かれていた気がする。『スティル・ライフ』は高校生のわたしにとってすごく衝撃的な作品だった。わたしをつくった5冊を選ぶなら、かならずリストに入る。
そんな『スティル・ライフ』を頭の片隅に置きながら『雪沼とその周辺』を読み終えた。どうやら雪沼は架空の地名で、だからこそ、そこに生きる人々の心模様が静かに浮かび上がっていたようにも思う。誰もが実直で、あたたかくて、少しのわだかまりを抱えて生きている。読んでよかったと思える短編小説集だった。
解説にたどりついたわたしは、喫茶店で「あっ」と声をあげそうになった。「しばらく雪沼で暮らす」と題した解説は、池澤夏樹さんによるものだったのだ。池澤夏樹さんらしい視点で『雪沼とその周辺』の魅力が丁寧に解説されていた。解説がこんなに心にひたひたと入ってきたことは、今までなかったかもしれない。
そして最後に、池澤夏樹さんは雪沼という地名にも触れられていた。自然現象が地名に採用されているケースは少ないこと、池澤さん自身もかつて小説に「雨崎」という地名を登場させたこと。
ああ、つながった。わたしが『雪沼とその周辺』を読みはじめたときに抱いた感覚が、回収されたように感じられた。雪沼という地名に、わたしは20年以上前に知った雨崎の香りを感じた。それが最後につながったのである。
こういうことがあるから、読書ってやめられない。今日手にしているこの本も、どこかで誰かの作品にコツンと当たることがきっとあると思っている。
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