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たまご焼きとネット人情

お弁当にはかならず卵焼きを入れる。娘たちのリクエストにこたえるために。

私は2年前まで、卵焼きがつくれなかった。卵焼き器に卵をうすくひき、くるんとたたむ。子どもを産むまでろくに料理をしてこなかったため、この工程をクリアできずにいた。

その頃、娘たちの幼稚園入園を前に、私はあせっていた。幼稚園には月に一度か二度、お弁当デーがある。「ばあばがつくってくれるみたいな卵焼きを入れて!」これが娘たちの希望だった。

まずは母に教えを乞うたものの、要領を得ない指導をされ、しょげ返った。なにしろ、幼少の私に音階を教えるのに「ハニホヘトイロハ〜! なのよ! これでオッケー」とだけ言った人だ。詳しいことがよくわからなかった。

仕方なく、私はインターネットの世界をさまよった。「卵焼き つくり方」とかなんとか検索して、動画や解説サイトを見てみた。

なのに、できないのだ。火のとおった部分をくるん、ができない。卵焼き器から卵がうまく離れないし、もろもろと崩れてしまう。

検索をくり返すうち、どこかの掲示板に行き当たった。なんと、私と同じ悩みを抱えるママさんが立てたトーク(?)があったのだ。

「料理が苦手で、卵焼きができない。誰か教えて!」

そんな書きこみから始まっていたと思う。そこに、続々と回答がつく。

「卵焼き器がダメなんじゃないの? テフロン加工がげたものは、焦げつくよ」

「油ひいてる?」

「ちゃんとフライ返し使ってる?」

おおお、私、こういうの求めてたかも! そう思った私は、前のめりで読み進めた。

「中火でやってちゃダメだよ、初心者は失敗しやすいから、弱火でそーっと焼くのがいいよ」

そこまで読んで、私は思わず声をあげた。母に中火で卵を焼くよう言われていたのだ。

そうか、手慣れた人はそれでいいのかもしれない。けれど、私のような者には、中火は難易度が高かったに違いない。しかも、母から譲り受けた古い卵焼きパンを使っていた。おおー! 目からうろことは、このことだ。なにより、卵焼きのつくり方が「自分ごと」として迫ってくる感じがした。

掲示板の最後のほうに、質問者が写真をえていたのを覚えている。みんなのアドバイスに従って、数日後に焼きあげたらしい卵焼きの完成品。ちゃんと卵焼きのかたちをしていた。

「すごいじゃん! 私よりじょうずだよ!」

「卵焼きになってる! やったね!」

たしか、こんな感じの言葉も書きこまれていた。

一連の流れを見た私は、おおいに勇気づけられた。私と同じように卵焼きができないママさんが、顔も知らない掲示板仲間にアドバイスを受け、励まされて、卵焼きを完成させていく。なんか、ちょっといいやん。

ネットの世界も悪くない。いろいろトラブルもあるのだろうけれど、あたたかな人情にだって満ちている。そう思った出来事だった。

そして、私も卵焼き器を買い替えた。弱火でそろーりそろりと卵を焼き、菜箸さいばしとフライ返しの両刀づかいでひっくり返せるようになった。

ネット人情、ばんざい。

いまでも卵焼きをつくるとき、当時のことを思い出す。またあの掲示板、見てみたいなぁ。そう思うのに、あれ以来、たどり着けない。

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