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後悔と、心のこりと、優しさと。

優しさにふれて感激したことがたくさんある。私はたよりない人間なので、ときどき心優しい人が助けてくださる。見ていられないほど危なっかしいのだろうと、反省してばかり。

なかでも、6年前の妊娠中は接する人みんながあたたかかった。あの優しい世界に身を置けるなら、もう一度マタニティライフを送ってみたいと思うくらいだ(思うだけ)。

とはいっても、妊娠初期はつわりがひどく、吐き気をこらえて涙目で通勤していた。つわりには終わりがあると聞いてはいたけれど、どうにもつらい時期だった。

つわりに耐えて仕事をするなかで「私には無理だ!」と痛感する出来事がいろいろあった。ほんとうに、いろいろと。その頃がいちばん苦しかったかもしれない。

お腹にいる双子を育てる道と、仕事とのあいだで悩み、私は退職を選んだ。

数ヶ月後に会社を辞めると、今度は双子育児への不安が高まってきた。私にできるのかな。なんでも2倍だと聞くよ? そんなの、できる? 毎日、自分に問いかけていた。不安とともに、孤独も深まっていくように感じられた。

当時、私と夫が住んでいたマンションの近くにはスーパーマーケットがあった。できたばかりで店内はきれい、品揃えもいい。私は毎日そこに通った。

電車で通勤し、忙しく働く生活からうって変わって、自宅で過ごす日々。スーパーに行くのが楽しみになるくらい、一日一日には変化が少なかった。

妊娠7ヶ月のある日、スーパーの警備員さんに話しかけられた。

「もうすぐ生まれるんですか? カート使つこうてくださいね! 体、しんどいでしょう!」

店舗の入り口近くで買い物カートの整理をしながら、60代くらいの警備員さんはにこにことこちらを見ていた。

双子妊娠で、すでに私の腹囲は90cmを超えていた。出産予定日までまだ2ヶ月あるというのに。お腹の大きさゆえ、会う人会う人に「そろそろ生まれるんですね!」と言われていた。

「双子なので、予定日はまだまだ先なんです」

そう返した私に、警備員さんは言った。

「うちの孫も双子なんですわ。もう中学生ですけど。店んなかで困ったことあったらうてくださいよ! 無理したらあきまへんで!」

以来、私がスーパーに行くたびに少しだけ言葉をかわすようになった。警備員さんはカートを戻すのを手伝ってくれたり、駐車場から出てくる車を制し、私がゆっくり歩けるようにしてくれたりした。臨月近くになると「産気づいたら言うてくださいよ!」と声をかけてくれた。

そういうやりとりのなかで、私が抱えていた不安も和らいでいった。誰かとほんのちょっと会話するだけで、こんなにも気持ちは楽になるんだなぁ。

「うちの娘が妊娠中は、わしは現役でバリバリ働いてて、あんまり気づかってやれんかったからね」

ぼそっと語った警備員さんの言葉が、いまも心にある。優しさは、ときに後悔をのせて走るものなのかもしれない。

私が出産してしばらく経つと、スーパーはこの地域から撤退してしまった。いまは居抜いぬきでドラッグストアが入っている。髪を振り乱して双子育児をしていた私は食材の宅配サービスを利用しており、スーパーの閉店に気づいたのも遅かった。

ああ、優しくしてもらったのに「生まれましたよ」って伝えられなかったな。ちゃんとお礼も言っていない気がする。不義理をしてしまったことが心残りだ。でも、そのぶん、もらった優しさを誰かにあげていこうと思う。

後悔や心残りが、次の優しさを生むこともあると信じている。

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