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メイヤーショートショート(2020年7月号)

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これまで書いたやつをまとめることにしました
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記事一覧

送筋

 痩せ細った男がいた。歩みは重く、今にも倒れそうだったので私は駆け寄って声をかけた。
 「大丈夫ですか?」
 「え、ええ、大丈夫です。」
 「どうされたんですか?」
 「え、ええ、ちょっと今月の”そうきん”が多くなりすぎまして。」
 「そうきん?ですか?」
 「はい。<送る><筋肉>と書いて送筋です。」
 「筋肉をですか?この筋肉を?」
 と言いながら、私は自分のさほど発達していない上腕三頭筋をつ

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めんどうくさい遺言

男が死んだ。妻は先立っており、子供はいない。ヤギが一匹いる。
遺言を託された弁護士が、男の家にやってきた。家主はいない。ヤギが一匹いる。
弁護士はひとつ咳払いをした。応える者はいない。ヤギが一匹いる。
「それでは遺言を読み上げます」。その宣言は必要ない。先に待っている。
「私の財産は、すべてヤギに譲る」。今まで聞いたことが無い。これであっている?
弁護士は、自分の仕事が必要ないのではないかと感じた

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Life

 ぼくたちは観覧車に乗っていたはずなのだが、窓にうつるのは地面と空。空といっても、そのほとんどが大きな黄色い布に覆われている。布には「1」と書かれている。裏返しだ。

 何分かに一度、観覧車は何者かの手により高速で回転する。何度か嘔吐したが、もう何もでない。ゆっくりとした回転になり観覧車が静止する。空側に、白い棒が現れたことが何度かあった。白い棒が現れると、遠くから「なんだよ」とか「ふざけんなよ」

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ローソク

ローソクだーせーだーせーよー
だーさーないとーひっかくぞー
おーまーけーにー喰いつくぞー

 女性は扉を開け、
「はい、ローソク」
 と言ってローソクを手渡した。

「おい、ババア!ローソク出せっつって、本当にローソク出すやつがあるか!普通お菓子とかジュースとか、場合によっては小銭だろ!」
 そういうと小学生たちは家にずかずかと上がり込んだ。
「ちょっとあんたたち、なんなの?やめなさい!」
 制す

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雨区

 ある日、一丁目では雨が降り、二丁目は晴れていた。
 翌日も、一丁目では雨が降り、二丁目は晴れていた。
 翌々日も、翌週も、翌月も、翌年も、一丁目では雨が降り、二丁目は晴れていた。
 一丁目で雨が降り、二丁目が晴れだしてから一年と二十七日が経過したころ、一丁目を「雨区(うく)」、二丁目を「晴区(せいく)」と呼称することにした。そして、それぞれの地域へ引っ越すことを希望する者を募った。

 当然、晴

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小学生の頃思い出し注射

 小学生の頃思い出し注射は、その名の通り小学生の頃を思い出すことのできる注射で、勤労意欲を低下させ社会秩序を乱す恐れがあるという理由から、法律で原則禁止されている。終末期の患者に対する限定的な投与のみ、認められている。

 さてここにいるのは、今まさに小学生の頃思い出し注射に手を染めようとしている人物、三田。小学校からの幼馴染たちが幾人か、小学生の頃思い出し注射に手を出して逮捕されたという話もあっ

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暮らしの手帖 第二十一世紀三号

 蟹。いろんなかたち。食べるだけのものと思っていたけれど、洗濯物を干すのにちょうどよい。新しい発見。

 ちょっと生臭くなるけれど、部屋干しするよりはいい。干すのにはコツがいる。だからみんな、黙々と洗濯物を干す。「そもそも洗濯は黙々とやるものだ」なんていうひともいるけど、鼻歌はどこへ?

 ズワイガニはオーソドックス。プリーツスカートなんかが、ちょうどいい。
 松葉蟹は子供用。乳児の肌着なんてぴっ

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通勤税

 税収の低下と都心の満員電車解消のため、関東の一都四県で通勤税が導入された。電車の乗車距離、回数に応じて税額を決める。乗車履歴をトラッキングするため、Suica/PASMOでしか乗車できなくなった。統計によると、一都四県に住む通勤者の平均通勤税額は、おおよそ2万円程度。

 満員電車は解消されない。在宅勤務者、すなわち通勤税を支払わぬものへのバッシングが高まっていく。ゆえに満員電車は解消されない。

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転倒防止メガネ

 わたしはよく転ぶので、母に転倒防止メガネを買ってもらった。

 メガネをかけると、グラスの上にさまざまな表示が出る。わたしの歩幅や速度を瞬時に計算し、ぶつかりそうなもの、ころびそうなものがあるかを判定、グラス上にアラートを出してくれる。

 ある日、転倒防止メガネをかけながら歩いていると、さまざまなアラートが一気に表示された。
 理由もわからずわーわーと、ひとりパニック状態になっていると、うしろ

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書き心地の良い都庁

 ある日、巨人が東京に降り立って、まずは都庁を二つに割った。北側は捨て、ナイフのようなものを使って南側の先端を、労働委員会事務局のあたりから削り始めた。

 おおきな紙をふところから取り出し、線路をまたいで御苑のあたりに敷いた。風が強くて紙が飛んで行ってしまうので、永田町までひょいっとジャンプして、国会議事堂をぐいっと引っ張り、紙の上部にぽいっと置いた。

 よしよしとうなずきながら都庁の北側を持

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