送筋

 痩せ細った男がいた。歩みは重く、今にも倒れそうだったので私は駆け寄って声をかけた。
 「大丈夫ですか?」
 「え、ええ、大丈夫です。」
 「どうされたんですか?」
 「え、ええ、ちょっと今月の”そうきん”が多くなりすぎまして。」
 「そうきん?ですか?」
 「はい。<送る><筋肉>と書いて送筋です。」
 「筋肉をですか?この筋肉を?」
 と言いながら、私は自分のさほど発達していない上腕三頭筋をつまんだ。

 「はい、そうです。私も昔は、あなたなら片手で倒せるほど屈強だったと思いますよ。」
 「送筋というのは、筋肉を別な人に送るってことですか?」
 「そうです。右の大腿四頭筋は競輪選手に、左右の上腕二頭筋はボディビルダーに送りました。」
 「さぞかしたくさん、お金をもらえるんでしょうね。」
 「いいえ、お金は一切もらっていませんよ。」
 私はぎょっとした。
 「じゃあなぜ送筋なんかしているんですか?」
 「私はね、結局何者にもなれなかったんです。スポーツも勉強もそれなりに頑張りましたけど、何にもなれなかった。だからせめて、私の身体の一部だけでも、何かになって欲しかったんです。」

 そういうと、男は胸元からスポーツ新聞の切り抜きを取り出した。いつかのサッカーW杯、史上初のベスト4進出を決めた試合。その日2得点を挙げた日本を代表するエースストライカーが、ゴールパフォーマンスをしている。左足の太ももに赤い丸が書かれている。
 「彼の左の大腿四頭筋は私のなんですよ。正確には、『私のも混じっている』ですけどね。こうやって活躍してくれることが最大の喜びなんです。だから『なぜ送筋しているのか?』っていうと、そういうことかな。」
 気分を良くした彼はさまざまな切り抜きや写真を見せてくれた。インターバル中の会話が話題になったカーリング選手の大臀筋にも、世界一位のバドミントン選手の広背筋にも、現役時代は大活躍していたある野球チームの監督の頭にも、赤い丸が書かれていた。
 「ちょうど今もね、送筋したところなんです。少し反映に時間がかかるみたいですが」
 と言ったところで男は倒れてしまった。
 「大丈夫ですか!大丈夫ですか!」
 私は男を抱きかかえ叫んだが、反応しない。脈もない。
 男の手に、真新しい写真が握られていた。ある医者の写真のようだ。医者の左胸に、赤い丸が書かれている。

(了)

ある人のツイートから表題の単語を拝借しました。私はタイピングミスだと思ったのですが、もし何らかの意味があるようでしたらすみません。(めっちゃググったんですけど…)

ある作家を意識して書きました。ある作家は、僕の印象ではとてもフリが大きいです。ここでいう「フリ」は、「その話の根幹となる設定に対する説明的な言及」を指しています。漫才やコントでいう「お、こんなところにファミレスできたのか。ちょっと入ってみよう。ウィーン。」です。

このあとがきは、作品を書く前に書きました。

私、好きな映画のひとつに「シン・ゴジラ」があるのですが、好きな理由のひとつに「我々観客にとっては自明だが作品内で通常起こりうる疑問の解消スピードが速いこと」があります。
異世界転生、タイムリープ、その他なんでもいいですが、我々は通常、その作品内の基本的な設定を知っています。(もちろん、それ自体が仕掛けになっているようなものは除きます)
タイムリープすると、往々にして主人公は自分の置かれている状況をうまくとらえられず、それによって失敗します。問題を起こします。これらは物語を前に進めるうえで必要なことなのでしょうが、個人的には「こっちはそういう話だって分かって見に来てんだから、そこはなんとなくで済ませろよ」と思ってきました。
そこにきて「シン・ゴジラ」、作品内では「正体不明の物体」が登場しますが、我々は”それ”がゴジラであることを知っています。作品内の人物たちがそれを知らないのは当然です。けれど、繰り返しますが、我々は知っています。だから私は「物わかりの悪い」人たちの言動にイライラしてしまうのですが、「シン・ゴジラ」ではこの「物わかりの悪い」ことがめちゃめちゃ速く解決します。(細かいことは忘れてしまいましたが、)「生き物なわけねえだろ」→「生き物でした」、「核なわけねえだろ」→「核でした!」このサイクルが早いので、物語冒頭特有の「物わかりの悪さ」にイライラせずに済みました。

さてなんでこんな話を書いたかと言うと、タイトルをどうつけようかということと、冒頭の「そうきん」の説明を入れるかで迷ったからです。
タイトルに「送筋」と書いてあるのであれば、わざわざ「そうきん」を説明して「送る筋肉と書いて送筋」と言及する必要がないようにも思います。
しかし「そうきん」と書いてしまっては、信用金庫感が拭えませんし、文字面からのインパクトに欠けます。
しかし「送る筋肉と書いて送金」と言及しないのも作品内の設定から考えると変だなと思ったのですが、「いや、それが普通である世界線として描けば言及する必要はないうえに、タイトルに漢字を使える」ということに気付いたので、たぶんあなたが今読んだ作品は、私がこれを書いているときに念頭にあった作品とちょっと変わっていると思いますので、だいぶ意味の分からないあとがきになっていると思います。

と書いた後で、それが普通である世界線にしてしまうと、考えていたオチとの接続が難しいうえに、四段落前に書いた「ある作家」感がなくなってしまうと思ったので、そのままにしました。なので今読んでいただいた作品は、一段落前を書いているときに念頭にあった作品のままです。

ある作家を意識して書くと言いましたが、書き終えてみるとそうでもなくなっていました。

それではまた。

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