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トリケラトプス、好きなんですか?

 職場にちょっとクールな女性がいる。

 話し方も静かで、思っていることを感じ取るのが少し難しい女性だ。

 しかも仕事は確実で、丁寧にやってくれるのでとても頼りになるのだ。

 同じ職場で仕事をしていくので、やはり彼女のことをある程度知る必要があるだろう。で、ぼくはできるだけ彼女にも話しかけるようにしているのだ。

 もちろんがさつに彼女の領域に入るのは失礼だし、嫌がられるかもなので、距離を取りながら少しづつ理解していこうと努めながらではあるが。

 塩対応をされたときは、少し気落ちしたりもするけれど、たまに笑顔を見せてくれたときにはとてもうれしい気持ちになる。

 でもまたその次はクールな受け答えになっていたりで、なかなか距離感というものは難しいものだ。

 ところで本当の彼女は、どんな人なのだろうか?

 ぼくは、クールな彼女の本当の姿を勝手に想像してみたりしたりする。

 休みの日の彼女。
 髪を青く染めてコスプレをして街を歩いていたり、もしくはエレキギターでヘビメタをガンガン演奏しているのかもしれない。

 つい職場とは真逆な彼女を思ってしまうのだ。

 あるいは、彼女は実は、あの「Ado」だったりして、とか。

 先日、ぼくは終業時間ギリギリに彼女に仕事をお願いしたことがあった。

 終業時間が来ても終えられず、

「明日でもいいですよ」

 と伝えたが、彼女は

「いや、明日は別にやることがあるので今日中にします」

と言って仕事を続けた。

途中で、

「残業つけてもいいですか?」

 と聞いてきたので、

「もちろんいいですよ」

 と答えたものの、少し腹を立てているのかもしれない、と思った。

 しばらくして、彼女が少し席を立ったときに彼女のデスクにふと目をやると、スマホが裏向けに置いてあり、そこには恐竜のイラストが貼ってあるのが見えた。その姿かたちからして、おそらくトリケラトプスに違いない。

 あ、彼女は恐竜が好きなのだろうか? 中でも特にトリケラトプスが好みなのかもしれない。

 意外な一面を見た思いだった。

 あとで彼女に、

 「トリケラトプス、好きなんですか?」

 と聞いてみようと思った。そういえば彼女とはまだプライベートな会話をしたことがなかった。
 トリケラトプスの話題をふれば、なにか話が膨らむかもしれない。いや、まるで膨らまないかもしれないが。一種の賭けのようなものだ。

 彼女が戻ってくると同時にそのスマホが鳴り、彼女は電話に出て少し離れたところで話し始めた。

 普通に話し声が聞こえる距離だったので自然と彼女の声が聞こえてきた。どうやらその日は誰かと約束をしていたらしかった。
 やはり残業は不本意だったのだ。
 一方で彼女は、職場とは違ってえらくラフで親しげな喋り方で電話をしていたのだ。
 気心のしれた相手だと彼女はあんな風にくだけて喋るのだ。

 これもかなり彼女のレアな面を知れたような気がした。

 それからは急いで仕事を進めているのが伝わってきたので、無駄に話しかけるのも難しくなってしまった。

 30分ほどで仕事を終えると、彼女はささっと片づけをし、

 「お先に失礼します」

と言って帰って行った。

 残念ながら、トリケラトプスのことは聞けなかったな。

 ぼくは思った。

 しかし、今日は聞かなくて正解だったかも知れない。何事にもタイミングというものがあるのだ。

 またいつか、いいタイミングがあれば聞いてみることにしよう。

 そう思いながら、ぼくは帰り支度を始めたのだった。

 



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