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【ショートストーリー】痛み

 電車のシートに腰かけながら、ぼくはワイヤレスイヤホンをそっと耳に差し入れた。頭が痛く、というか顔の右半分がピリピリとさすように痛んでいた。目の中には何か眼球のカーブに沿わない異物が入り込んでいるようで、目を開けているのも辛いくらいだった。
 ワイヤレスイヤホンとスマートフォンを接続し、アマゾンミュージックを開く。本でもなく、オーディオブックでもなく、何故か無性に音楽という音の波に浸りたかったのだ。
 最近はすっかり音楽や歌からは距離ができてしまっている。何を聴きたいのかまるで分らない。自分の体がどのような曲を求めているのかも。ただ、心も体も疲れ切っていることだけは確かであった。
 とりあえず、BTSの「Butter」を聴いてみる。なるほど。いい曲だなと思った。そして次にYOASOBIの「夜に駆ける」を。どちらも若い世代を中心によく聴かれている曲だ。その2曲は、自分の好奇心を満たしてくれるだろうと期待したのだが、実際はまるでそうではなく、ぼくの心を微塵も動かすことはなかった。それどころか、どういうわけか軽い自己嫌悪を覚える羽目になった。
 続いて、アメリカのポップスやジャズを聴いてみたが、心の水面にはかすかにさざ波が立つ程度であった。
 ぼくは目を閉じて、静かに息を吐いていった。目を閉じていると、眼球の違和感は多少は和らいでくるのだ。学生時代、ぼくはよくボブ・ディランのCD買って聴いていた。京都の河原町にあるタワーレコードでボブ・ディランのCDを買い、ナイロン製のタワーレコードの手提げバッグを持って歩くのが好きだったし、ある種の日常でもあった。ボブ・ディランを初めて教えてくれたのが、大学のひとつ後輩の藤原だった。彼は、音楽を聴くだけではなく、音楽雑誌を読み込んだり、歌詞や曲を研究するのも好きだった。私がボブ・ディランのことを、ボブ・デュランと間違って呼んでいたのを訂正してくれたのも彼だった。
 「ボブ・ディランがアメリカでなんかの賞を獲った時のことなんやけどよ」後輩は言った。「周りのほかのやつが嬉しそうに祝ってくれててよ、ボブ・ディランも、ちょとは喜んだ顔してもええと思うんやけど、何が気に食わんのかひとりだけブスっと不機嫌そうな、迷惑そうな顔しとるんよ」
 後輩は、歯並びの悪い口を開けて笑ったものだった。
 ぼくは、アマゾンミュージックでボブ・ディランを検索し、再生をかけた。すると、彼の代表作のひとつでもある「Blowin' In The Wind(風に吹かれて)」が、イヤホンから聞こえてきた。彼のギターとその独特の声を聴いていると、なぜか自分がほんの小さな存在になり、広い広い草原の中に吹く風の中にたたずんでいるような気分になった。そして同時に友部正人というフォークシンガーを思い出したのだ。ぼくは、おそらくないだろうな、と半分諦めながらではあるがアマゾンミュージックで検索してみると、なんとそこに友部正人がヒットしたので、ぼくは思わず声を上げそうになってしまった。


 後輩の藤原に誘われて、ぼくがはじめて行ったライブが友部正人のライブだったのだ。後輩もぼくもどちらかというとお金がない時代だった。どういう経緯で行くことになったのか詳しいことは忘れてしまったが、後輩がたまたまチケットを2枚手に入れたとか、そんな風だったように記憶している。
 会場は京都にある小さなライブハウスだった。薄暗い中ぼくらは適当なテーブルにつき、他の客のざわめきや足音などに緊張と興奮を覚えていく。正面の小さな誰もいない空間に、スポットライトの光だけが落ちていた。ぼくらは、襟くびの伸びたTシャツと着古したジーンズ姿だった。
 「ドリンクは何になさいますか?」
 店員がいつの間にかテーブルに来ていて、ぼくらに向かって訊いてきた。
 「いや、特になにもいらないです」
 ぼくと藤原は言った。なぜなら、歌を聴きに来たわけであって、飲みに来たわけではなかったのだから。店員はちらりとぼくらのナリを見、そして眉の間にしわを作った。
 「ワンドリンク制になってますので、何かひとつドリンクを注文してもらうことになっております」
 「え、そうなんですか?」
 店員は、うなづいた。ぼくらは慌てて持ちあわせを確認しようとしたが、なんと後輩の藤原は財布を持ってきていないというではないか。ぼくは、お尻のポケットから財布を取り出し、まるでそうすればないお金が見えるのではないかというように薄暗い中に目を思い切り凝らしながら財布の中を見つめた。しかし財布の中身は、かろうじて100円玉が3枚あっただけであった。
 「ここで、一番安いメニューはどれでしょうか?」
 仕方なくぼくは店員に訊いた。店員はメニュー表を広げて、ぼくらに見せた。メニュー表を隅から隅まで眺めても、300円で買えるドリンクは見当たらなかった。だがただひとつ、ポテトチップスが300円となっていたのをぼくは見つけた。
 「あのー、このポテトチップスでも大丈夫ですか?」
 これで断られれば、ぼくらは友部正人氏が出てくる前にここを去らねばならなかった。店員は少し考えた後、
 「わかりました。では、ポテトチップスおふたつで」
 と言った。
 「いやっ」ぼくは慌てて言った。「えーっと、ポテトチップスひとつでダメですかねえ?」
 言って、ぼくは仕方なく財布を店員にさらして300円しか手持ちがないことを告白しなければならなかったのだ。
 最終的に店員は眉をさげ、慈悲のような笑みでもってオーケーしてくれたのだ。
 「知らんかったなあ」
 「ほんまに。300円でもあってよかったわ」
 「でも、この量で300円って高ないか?」
 「確かに」

 その後まもなく、友部正人がステージに現れてライブがはじまった。何曲も歌われたなかで、もっとも衝撃を受け記憶に刻まれたのは、「大阪へやって来た」という曲であった。

   南へ下る道路には避難民があふれ
   ぼくは10トントラックでっ
   大阪へ~
   やって来たっ
  
 彼の歌う歌は、泥と涙の匂いがした。


 イヤホンから聞こえてくる友部正人のしわがれ声はとても力強かった。エネルギーと怒りと悲しみにあふれていた。
 正面の黒い車窓を見つめると、表情を失った自分の顔が貼りついているのが見えた。しかしそれは、自分の顔でありながら、別の誰のでもない他人の顔でもあった。
 頭と顔の右半分がまるで悲鳴のように痛む。ぼくは再び目を閉じた。すると、荒れ地のようなギターの音とともに、あの曲「大阪へやって来た」が耳に聞こえてきたのだった。
 失ってきた時間を超え、ぼくの心は再び彼の歌をはじめて聴いた、あの学生時代の京都のライブハウスへと戻っていく。
 ギターの音に体が震えた。ハーモニカに胸が震えた。その歌と声に嗚咽しそうになった。
 
   南へ下る道路には避難民があふれ
   僕は10トントラックでっ
   大阪へ~
   やって来たっ

   インターチェンジはいつも雨の匂いでいっぱいだから
   僕は
   やせながら~
   ぬれて立つっ

 電車のシートに腰かけながら、ぼくは何度も何度もその曲を聴きつづけた。目を閉じて、顔の痛みを感じながら。




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