父のまなざしと、洋食屋さんのプリンアラモード
「お父さんに愛されていると感じた思い出はありますか?」
と、先日、ある方に訊かれて少し戸惑った。
父に愛されていた、と思っている。
父は家族を何よりも大切にする人だったから。
でも、愛されていると感じた具体的なエピソードが、すぐには浮かばなかった。
昨年の3月に父は亡くなり、会えなくなってもうすぐ一年になる。
父を思い出す機会は少しずつ減ったが、それでも時々、父に話したいことがあると、空を見上げたり、スマホの中の写真を見つめたりすることもある。
スマホで撮った写真に映る父は、いつも私に向かって笑っている。
孫たちと映る写真や、父だけの写真、たまには私も映り込んでいる集合写真のようなものはたくさんあるが、私と父の2人で撮った写真がスマホの中には2枚しかない。
せっかくの父とのツーショットも、私は笑いすぎて、残念なくらいに顔面シワシワだったりするし。
父との良い感じのツーショットをちゃんと撮っておけばよかった、と今更ながら思う。
いつでも撮れる、と私は思っていたのかな。
話を戻して、
「父に愛されていると感じた思い出」を、私はここしばらくずっと考えている。
漬物屋だった父は、朝から晩まで仕事ばかりしていた。
休みの日が私たちとは違ったので、父と一緒に外出したこともあまりなく、お出かけする時は、いつも母がひとりで、私たちきょうだい3人を連れて出してくれていた。
父に運動会を見に来てもらったり、父親参観日(昔はそんな日がありました)に来てもらったりしたことは一度もなく、勉強を教わったことも、一緒に遊んでもらったことも、あまり記憶にない。
当時は、父親が子育てにあまり関わらない時代でもあり、父も母に全てを任せているようなところがあった。
でも日常生活のなかで、父は私たちのそばに毎日いたし、私たちに向けられる父のまなざしはいつも優しかった。
例えば、父が漬物を漬ける倉庫で、私は妹とよく遊んだ。
漬物樽が積まれている軽トラの荷台で飛び跳ねたり、くず野菜でままごとをしたり。
そんな私たちを、父は仕事をしながら、いつも微笑んで見ていた。
毎日一緒にご飯を食べながら冗談を言ったり、「背中を踏んでくれ。」と父に言われて、うつ伏せの父の背中を足踏みしながらマッサージをしたり。
そんな風に昔を振り返っていたら、久しぶりに古い色褪せたアルバムを見たくなり、押し入れから引っ張り出してみた。
懐かしい写真を見ながら、ふと、幼い頃に父が何気なく言った言葉を思い出した。
愛されていると感じた思い出って、日常に漠然と溢れているけど、こういう瞬間もピンポイントなそれかな、と妙にしっくりして、心があたたかくなった。
それは、実家の近くにあった洋食屋さんでのことだ。
*****
私たちきょうだいがまだ実家で暮らしていた頃、数ヶ月に一度、家族5人でその洋食屋さんへ夕食を食べに行っていた。
ごちゃごちゃしていて庶民的で、家族連れというよりも、おじさんたちが立ち寄るような雰囲気の店だったが、味はとても美味しかった。
私たち家族は毎回、B定食を注文した。
エビフライ、ハンバーグ、若鶏の照り焼きがひとつのプレートに乗っていて、ボリューム満点だ。
私たちきょうだいがB定食を平らげた後、まだビールを呑んでいる父は、子どもだけにいつもプリンアラモードを注文してくれた。
それが私は、とっても楽しみだった。
「お前たちがプリンアラモードを美味しそうに食べるのを見るのが、俺は一番好きや。」
その言葉と、父の優しいまなざしを、私は、わりとはっきり覚えている。
「親ってこういうものなのかな。」と、くすぐったいような、照れるような、申し訳ないような、なんとも言えない気持ちになった。
特別に何かをしてもらったとか、感動的な言葉をもらったとかではなく、普段、何気なく言われたひと言からも、子どもは親の深い愛情を感じるのだな、と思う。
だから、家族と一緒にいられる日常を大切にしたいな、と思った。
洋食屋さんは20年ほど前に静かな街外れに移転し、昔と雰囲気はガラリと変わったのだが、今でもやっぱり庶民的で、客層はおじさんか老夫婦が多い。
週末の午後、急に思い立って、久しぶりにひとりでその洋食屋に行ってみた。
タバコの香りが染み付いた店内には、昭和の音楽が流れていた。
入り口近くの隅っこに座わり、店内を見渡すと、新聞を読みながら珈琲を飲む常連風のおじいさんが3人ほど、ぼつりぽつりと離れた席に座っていた。
食べたいと思ったプリンアラモードは、メニューからなくなっていた。
迷った末、やっぱりこれかな、と、ミックスジュースを注文する。
店の奥からミキサーの音がしたあと、バナナの香りのミックスジュースが運ばれてきた。
たっぷり、なみなみだ。
まさかのビールジョッキで。
ビールが好きな父を思わせる、ファンキーでチープな佇まいが、斬新で逆におしゃれにすら感じる。
「入れ物が、かっこいいですね!」
思わずウェイトレスのお姉さまに話しかけると、お姉さまが顔を皺くちゃにして、オッケーみたいな指で答えてくれた。
「飲み干したら、完全にビールだな」と思うと、ひとりで昼間っからビールを飲みにきたおじさんみたいで、そんな自分にクスッとなる。
ビールジョッキには不釣り合いな、給食の牛乳パック用みたいな細いストローをクリーム色の泡に突っ込み、私は勢いよくミックスジュースを吸い上げた。
う、うまーい!
ちゃんと、めちゃくちゃ美味しいやん!
昔のように、テーブルの向こうから、父が笑いながら私を見ているような気がした。
次は、母や妹とB定食を食べに行こうかな、と思っている。
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