見出し画像

【創作短編小説】クレナズム×クボタカイ『解けない駆け引き』

*この小説は曲をモチーフにした読み切りの短編小説です

城野 彩澄(しろのいずみ)...主人公。生粋の漫画オタク。高校二年生。
芦屋 凪斗(あしやなぎと)...高校二年生。サッカー部。いずみと同じクラス。
小倉 季咲(おぐらきさき)...いずみの親友。高校二年生。大阪出身。

4文字

すっかり学校にも慣れた高校は2年目、私は変わらずサッカー部の芦屋くんに恋をしていた。偶然にも2年とも連続同じクラスで、今まで席が近かったり好きな漫画やアニメの話で盛り上がったり、いつしか芦屋くんと話している時間が楽しいことに気がつき自然と惹かれていった。

蝉時雨がBGMの夏の高校の教室は10代のフレッシュさがパチパチと弾けながらも、公立の貧乏高校だから効きの悪いエアコンに扇風機が1つと蒸し暑い。期末テストも終わり、今の席は私が大人気の窓際の一番後ろの端っこ席、芦屋くんは私の右の席と、超が付くほどの特等席だ。オンボロの校舎で過ごす退屈なようでキラキラした時間はだらっと過ぎていくけど、授業中に机にうつ伏せになってよく眠る君ばかりを見て、勝手に私だけの宝物を作っていた。

テストも終わり夏休み。帰宅部の私はバイト三昧の日々、バイトの無い日は家でアニメを見てYouTubeを見て漫画を読んで高校生のオタクは大忙し。今日はスターバックスの新作を飲みに、親友の季咲と駅前で約束をしている。私は丸1日オフ、季咲はバイト終わってからの合流の予定だ。

待ち合わせの時間より早めに家に出る。駅前のショッピングモールは夏服のセールをやっているので服を買いたい。なんせ高校生はバイトは出来ても何かとお金が無いので、少しでも可愛くて安い服を買おうと日々主婦並みに戦っている。

最寄りの駅に着くもチャリでたった10分の間ですっかり汗だくだ。改札を通って駅のホームに入り、頑張って影に入っても涼めるはずなく、セミの鳴き声が更に夏を熱くさせる。日焼けしないように頑張って日陰に入り駅で電車を待っていると突然LINEの通知。どうせ遅刻魔の季咲がバイト長引いたかで連絡してきたんだろうと、軽い気持ちでスマホを開いた。

「城野元気?借りとった喰種返したいけん、次学校くるのいつ?」

芦屋くんからだ。前期の期末テストが終わってから芦屋くんに「東京喰種:re」の単行本を貸していたのだが、最終巻含めた残り5巻を貸したところで夏休みに入ってしまった。好きな人からのLINE、スマホを握りしめながら笑みが溢れる。

「部活入ってないから学校はしばらくいかん!お兄ちゃんと共有のやつやけんさ、お兄ちゃん留学しててしばらく帰ってこんし漫画返すのは夏休み明けでよかよ〜」

「そうやったんね、でも俺がずっと持っとると多分お母が勝手に売ってまう(笑)」

「それは困るけん!私が自腹で買いなおさないかんと!」

「やけん、近々返すばい。漫画だけ返すのもあれやし、ついでにどっかであそばん?」

「あそばん?」

液晶の中の文字の4文字に動揺した。思わず落としそうになる。

好きな人から遊びの誘いが来るって、漫画の世界の話だと思ってた。テンポよくやりとりをしていたせいで、誘いに乗ろうが断ろうが、返信が遅れるのは確実に怪しい。既読もつけてしまった。どうしよう、どうしよう、と震えている。答えは1つ、行くしかないのだけど、返事をためらう。恋バナとか聞く側だったし、自分が恋の駆け引きをするとか一生無いと思ってた。

「よかばい!」

今日1日分のエネルギーを液晶の4文字に詰め返した。

小さな嘘

直後、季咲から「この後シフト入る大学生の先輩が授業遅れてるっぽくて30分バイト伸びて欲しいって社員さんに言われたから遅刻する!スタバ奢るから許して!」と連絡があった。

季咲は中学生からの大親友だ。中学1年生の時に大阪から転校してきて、隣の席だったことと家が偶然にも近く、お互い漫画が好きで趣味も合い、すぐに仲良くなった。高校は別々だけど変わらずバイトが無い学校終わりとか、暇な日は親よりも季咲と一緒にいる。

少し早く家を出た私はその間にショッピングを楽しんでいた。店頭のマネキンが着ていた大人っぽいベージュのオールインワンは値札を見るなり9800円もして高校生が到底手を出せる値段では無いし、セールでレジで50%OFFの表示を目にするなりウキウキで手に取ったロングスカートを試着したら一番小さいサイズでも身長153cmの私は丈が長く引きずってしまったり、なかなか理想的な服には出会わない。

アパレルショップをはじごする中で、水色の半袖のマキシ丈のワンピースに一目惚れした。1900円。Sサイズ。予算内だし試着してもぴったりだ。これにしよう、見えない敷かれたレールの上を走るように、試着室から早歩きで真っ直ぐレジに持って行った。

数十分後、買ったばかりの水色のワンピースを片手に季咲と駅で合流、2人の爪先はスターバックスのある方へ向き、早く早くと小走りで向かう。店内は案外空いていたがすぐ満席になってしまうので、約束通り季咲が奢ってくれるので季咲はレジに、私が場所取り係をする。私もなんだかんだ遅刻してお詫びの奢りをしたり、CDを借りたり季咲には貸しがあるのでプラマイゼロ。

季咲とは週に最低2回は会ってるのにマシンガントークが止まらない。お互いの学校の話とか、バイト先の愚痴とか、変な客が来たとか、大学に行くかどうするかとか。

「そういえばいい感じの人とかおらんの?」

「特には...」

小さな嘘をついてしまったけど嘘では無い。芦屋くんは気になる以上の存在だからだ。

「季咲は?」

「それが今年こと彼氏作ろう思って一念発起したんやけど、あまりにも二次元の推しが尊くて...」

「あれ?」

スタバのレジから手を振られる。同じクラスの嘉麻さんだ。

偶然にも同じクラスの嘉麻さんと碓井くんと鉢合わせる。いや、鉢合わせるって言い方は良く無いな。学校で話している姿をあまり見かけないから忘れかけてたけど、半年ぐらい前から2人は付き合ってたんだっけな。

ちょっと失礼、と季咲とスマホを置いて美男美女に駆け寄る。

嘉麻さんは所謂スクールカーストの頂点にいる芳根京子似の美人、その隣にいる碓井くんは身長約180cmと韓国のアイドルのようなルックスからモデル活動をしている地元では有名なイケイケ男子。嘉麻さんとは行事だったり体育で何かと話す機会はあるけど、碓井くんと話したことは皆無。同い歳だけど大人っぽくて話すのは緊張する。

一緒にいるのは友達?何校?課題終わった?とか、世間話をほとんど嘉麻さんした。じゃあまた学校でねー!と3分もしないうちに、2人は頼んだドリンクを持ち去ってしまった。

「あの彼氏の方、碓井なんちゃらやろ。うちの学校でも有名やわ。うちのクラスのギャルがキャーキャー言っとるで」

「碓井くんやっぱ有名なんやなあ。同じクラスやけんけど話したことなくて...美形すぎて近寄り難いし怖い」

あっという間にスタバの新作も飲み終わり、案の定レジは行列、席が空いているか空いていないか確認する人たちが代わる代わる店内を覗き、空っぽのカップを置いたままでの雑談は居づらくなってきたので店を出た。2人でウィンドウショッピングをしながらふらふらと歩き回る。疲れたからまったりしようと、モール内の噴水の近くのベンチに腰掛けた。

「ごめん、さっき勝手にスマホ見ちゃったんだけど...芦屋って誰!?!」

「ゔぇ!?!?!」

バレた。

「通知きとっていずママから洗濯物入れといてのラインやったらうちが返信しようかと思ったんよ...」

「いくらうちのママと仲良いからって返信せんていいばい。実は...」

「え!!??彼氏!?!?!?彼氏出来たなら言うてくれ言うたやん!!!!」

そりゃ彼氏になって欲しいよ!

「違う違う、同じクラスの男子!喰種貸してて!返してもらうついでに今度遊ぶ約束しちゃった...」

「ねーーーちょっと何で言わん!!親友やろ!LINE見せて!?!」

「ついさっき決まった話やけん!3時間ぐらい前!ほら見てみ!?」

今日は近くのアリーナでライブがあるらしく、ショッピングモールはライブTシャツを着た人で溢れ返っている。それでもそんな人たちの高揚感をよそ目に私たちはサーティーワンのホッピングシャワーのレッドとグリーンのパチパチの粒のように確実に弾けている。掌サイズの液晶は私のものなのに何故か季咲が手を離さない。

「あ、次いつ遊ぶ?」

「(季咲とか...)え?あ、今週水曜オフやけん、大学生の先輩が多くて店長にシフト削られたん...」

「水曜空いとる...」

「あーーー!何勝手に打ってるっちゃ!スマホ返して!」

「いつ空いてるって返信来とるのに返信しとらんやん!アッシー心配するやろ!うちの彼氏もすーぐ心配するんやからな!」

「二次元と三次元の話は全く別だばい!季咲はゲームログインしてなかっただけ!」

「ポチッとな!」

「ああああああああ!」

「ほい、うちのお手柄や」

「水曜日空いてるよ」

スマホを返してもらった途端、崩れ落ちた。そんな私が追いつけないほどのスピードで、ぐいぐいやらなくてもいいじゃ無いか。

そんな私の背中からさらりと夏風が吹いた。

さくらんぼとレモネード

本当に芦屋くんと遊ぶ約束をしてしまった。どこに行くかとなったとき、都心の真反対に向かう地元で有名な郊外のカフェに行くことになった。

ついこの間買った水色のワンピースを着て、物理的にも精神的にも背伸びしたヒールのあるサンダルに、ちゃんと漫画が入る分の大きなトートバックで最寄り駅で待ち合わせる。カフェの最寄り駅とは言っても駅から歩いて30分、駅前には田園風景にスーパーだけと閑散としていて紛れもなくド田舎だ。

「お待たせ」

部活帰りの制服姿の芦屋くんがやってきた。学校で会ってた時よりもがっつり日焼けしている。

「喰種、帰り渡す?」

「どっちでもよか、漫画3冊入る大きいバッグやけんさ今でもいいと」

「荷物になるし、俺が帰りまで持っとくばい」

カフェは駅から歩いて30分、だけど私たちをカフェまで運ぶバスが来るのは1時間30分後。タクシーだと多分2000円ぐらいかかる。時は金なりを無視し、30分なら余裕だとこの盛夏、緑が鮮やかで穂波が美しい畦道を2人で歩み始める。

私服の水色のワンピースの女の子と、明らかに部活帰りの制服にエナメルバックの男の子。側から見れば甘酸っぱい関係に見られているんだろうな。見られると言っても、人も通らなければ車も通らないのだけど。と思っていたら畑仕事をしていたおじいちゃんに声をかけられた。

「おお、兄ちゃん姉ちゃん、こんな暑いのに歩いて偉いねえ」

「カフェに行きたいですけどバスが来なくて...(笑)歩くことにしました」

「あー、あの最近出来た広いカフェか?なら真っ直ぐいって酒蔵があるからそこを右や。最近あのカフェ行く人が多いとびっくりするけんね。週に3回は道案内しとるわ。まあ、デート楽しみなや」

「ありがとうございます!」「ありがとうございます」

デート、か。どう考えたって若い男女が2人で歩くなんてデートだよね。芦屋くんに触れるまで20cm。これ以上遠くなると変な感じに、だけどこれ以上近くなると意識しすぎてしまうお互いが微妙な距離を保つ。もし冬なら、もうちょっと近づいてアクシデントだとしても指先に触れられたのかな。

暑い暑いと言いながらあっという間にカフェについた。平屋作りでさっきのおじいちゃんが言ってたように、びっくりするほど広い。店主がガーデニングが趣味なのか、店の庭には丁寧に咲いた花々、田園風景に咲く花は一際華やかだ。

早速店に入り、店員さんに窓際の席に案内される。店内には常連らしきおばあちゃんがまったり店員さんと話していて、他には若い女性二人組やカップルが数組いて、比較的空いていた。今日のオススメはさくらんぼのチーズタルトだという。お決まりになりましたらお呼びください、とお冷やを2つ渡して去っていった。福岡でさくらんぼのタルトなんて珍しい。なんせ福岡はあまおうが有名なので必ずというほど「イチゴのタルト」ではなく「あまおうのタルト」「あまおうのショートケーキ」など、苺ではなくあまおうプッシュなのだ。他にもメニューにあるガトーショコラも、チーズタルトも、自家製シフォンケーキも、全部美味しそうだ。でも店員さんにオススメされたさくらんぼのタルトも気になる。

「お決まりですか?」

「迷うなあ...じゃあ、さくらんぼのタルトで!飲み物は...アイスティーで!」

「俺も同じので」

「かしこまりました、さくらんぼのタルトとアイスティー2つですね、少々お待ちください」

「ご飯食べなくてよかと?」

「部活ある日もお弁当あるけん、さっき食べたばかりやしお腹すいとらん」

タルトが来るまで学校の話から今やってるアニメの話、秋の修学旅行のこと、同じ学年の誰と誰が付き合っててあの先生は結婚している独身だの、色々な話をした。すると10分もしないうちに2人分のさくらんぼのタルトとアイスティーのセットが届いた。写真を撮るなりフォークを持ち、器用にタルトを一口サイズに切り、美味しいねと言いながら話を続ける。不思議なことに芦屋くんと話した内容や言葉は一字一句覚えているのに、せっかく食べたさくらんぼタルトの味はほとんど覚えてない。スマホに写真はちゃんと残ってるのにな。私は夏の魔法にかけられているの?

帰りはさすがに行きの炎天下の徒歩で消耗したのバスで帰ることにした。地域のコミュニティバスは高校生は100円で乗れる。カフェからバス停まで歩いて3分もしないのだけど、店の中には人が少なく店員さんが「バスが来るまで店の中で涼んでいけば」と言ってくれたので、厚意に甘えてそうすることにした。バスが来るまでどうぞ、と店員さんが今度出来次第販売予定だという試作中のレモネードを試飲させてくれた。ガツンと炭酸が強いCCレモンと違い、レモネードはさっぱりと甘酸っぱくて、夏の恋の味がした。

予定より5分遅れて黄色いミニマムなバスが来た。「ごちそうさまでした」と店員さんに飲み干したカップを渡してカフェを後にする。バスが晴れの日でも予定通りこないのはしょっちゅうだ。バスの中には運転手さんとおじいちゃんだけ、平日の田舎のバスなんてがらがらが当たり前だ。一番後ろの長い4人掛けのシートに、バスの狭いシートに2人で座る。

芦屋くんに触れるまで10cm。もうちょっと近づいて、指先に触れて手を握りたい。座ってるのにぶつかるとかわざとらしい。駆け引きとか苦手なんだけど、世の中の女子はどうやって好きな人に触れているのだろう。

駅に戻ると何事もなかったかのようにお互い帰路に着いた。他愛もない会話から察せるわけないのだけど、淡々としすぎた時間がずるいと思うぐらい弄ばれているようで、君の思惑を読むことが出来なかった。

駆け引きの勝ち負けで言ったら、仕掛けられすら出来ない私が負けなんだ。

暮れなずむ

県内の海沿いにおばあちゃん家があって、私が小さい時に亡くなってしまったおじいちゃんにお線香を上げるため、お盆の時期にひとりで行ってきた。今まではお兄ちゃんと一緒に行ってたけど、4月から大学の授業の一環でオーストラリアに留学している。接客業のママはお盆時期がピーク、サラリーマンのパパはお盆休みこそどうしても家から出たく無いらしい。私が引きこもり体質なのはパパ譲りだと思う。おばあちゃんちにいけばお菓子いっぱい食べさせてくれるし、お小遣いもらえるし、ひとりで行ってくると下心満載で1人でおばあちゃんちに来た。電車に揺られて30分。意外と近いけどまた最寄りから歩いて20分。早く免許取って車乗りたいなとおばあちゃんちに来るたびに思う。

テクテク歩いておばあちゃんちに着く。おばあちゃんちは築何十年かわからないけど、古き良き縁側のある瓦屋根のおうちだ。

縁側には風鈴が5つ。おばあちゃんちの近くにガラス細工の工房があり、ガラス職人の見習いさんが練習で作った作品をよくくれるらしく、風鈴以外にも作品は増え、行くたびにおばあちゃんちがガラスアートのギャラリーと化していく。

「おばあちゃーん!」

「あらいらっしゃい、いずみちゃん元気そうね。」

「元気だよー!ばあばは?」

「暑いけどなんとかねえ。学校はどうだい?」

「学校は今夏休みだけど楽しいよ!」

学校がある日の方が毎日芦屋くんに会えてて楽しかったけどね。

おばあちゃんはいつも常備している醤油のお煎餅から私の好きなチョコパイ、冷凍庫からはハーゲンダッツと、家中にあるお菓子を片っ端から出してくれた。おばあちゃんはとても料理が上手だ。今日はカボスの素麺を作ってくれた。お隣さんの娘さんが大分の人で、夏になると旬だからとたらふくカボスをくれるらしい。めんつゆにカボスを絞るだけのシンプルな料理だけど、おばあちゃんが素麺を茹でて、おばあちゃんがカボスを絞っておつゆをちょっとアレンジしてくれるから、1層美味しい。

おばあちゃんちに毎日いたら太っちゃうなあ、と思いながら日が暮れる頃。またねと帰ることにした。

夕方5時、おばあちゃんちから歩いて15分ぐらいのところにある海の浜辺のベンチに腰掛けて暮れなずむ空と海を眺めている。なんだか1人で海を見たくなったのだ。大きなホテルのロビーにある模型のように、多くはないけどぽつらぽつら人がいる。この海にはよくおばあちゃんに連れてってもらって「夕焼けが綺麗やね」と言われたけど、小さい私は西日は眩しくて何が綺麗なのか分からなかった。

セミの鳴き声にも聞き飽きたので退屈しのぎに神はサイコロを振らないの「煌々と輝く」を聞いた。バイト先のバンドが好きな先輩が教えてくれたバンドで「絶対売れるから聴いておけ」と無理やりCDを押し付けられたものの、聴いたらまんまとハマった。

カップルが手を繋ぎながら白い浜辺を歩く姿を羨望する。もし芦屋くんとそういう関係になったとき、海辺でまったり過ごすデートというのは、まだ若すぎるのかもしれない。いや、でもいつかは…そうやって妄想だけが過ぎる。

芦屋くんとのLINEのメッセージは暗記するぐらい読み返したし、一緒にさくらんぼのタルトを食べたあの日の思い出は、DVDになったとしたらすっかりすり減っているぐらいに何度も脳内で巻き戻している。

するとママからLINEが来た。

「おばあちゃんちでご飯食べると?今日の夜ご飯はオムライス」

ハッ、妄想なんてしてる場合じゃない。

「今から帰るけん!オムライスいる!」

小さな恋人

私が水色の半袖のワンピースを買った時、あの水色のワンピースはアパレルの世界では既におつとめ品で、陳列された長袖の服たちがお嫁にいくのを待ち構えて、まだ暑い日々が続くにも関わらず秋がプレッシャーをかけてくる。夏休みも残り2週間だけど、もうちょっと街で夏を堪能させて欲しい。

そういえば漫画を返してもらった紙袋に漫画が入ってそのままだった。お兄ちゃんの部屋の本棚にポッカリ5冊分の空白。戻す前にまた読もうとした時、半分に折れた手紙が落ちた。

「漫画ありがとうな。もう気づいとったかもしれんけど、城野のこと好きやけん、付き合って欲しい。読んだら返事頂戴、いつでも待っとる」

気づくのが遅すぎた。なんで返す時言ってくれんかったんだ。...いや、言ってたな。

「14巻のトーカが金属探知機使ってカネキの指輪を見つけるシーン、あそこ印象的やわ」

手にとってパラパラと捲ったのは「東京喰種:re」の14巻。

芦屋くんと過ごすプライベートな時間は夢見心地で何も考えてなかった。あれは伏線だったんだ。自分の鈍感さに絶望する。写真を撮ってすぐ芦屋くんに送った。

「これ挟まってたけん」

「気づくの遅いけん!何日経っとるん。手紙書いた通り、返事はいつでも待っとる」

「よか!」

「え?」

「よかばい!」

部屋の窓から夏風がさらりと吹き込む。さくらんぼの花言葉は「小さな恋人」。長袖に腕を通す前、福岡の小さな街で小さな恋が実った。

歌詞

からっぽの心が満ちる  液晶の中の4文字
ずるいくらいに弄ぶ  君の思惑を教えてよ

湿っぽい言葉が浮かぶ  期待なんかしたくなくて
不透明なまま過ぎてく  駆け引きは苦手なんだけど

だらっと過ぎていく日々の中で
よく眠る貴方ばかり見ていた

愛みたいなものに惹かれて
辿り着いた寂しさ

退屈しのぎのメロディ
ラブドラマのパロディ

胸にはガソリン、火遊び
あなたを待つ日、予感トキメキ

花には蜜、目線でキス
何度でも繰り返すよ 君がくれたメッセージ
なんてことない会話だけど

一瞬が宝物で守りたいから ずっと君のことを思い出すよ
いつかは恋人になって  いつかは求め合う手
寄り添えば寄り添いが返る バスの狭いシートで

oh baby もういいかい まあだだよとか隠れん坊
恋する女はさくらんぼう
ほら早いうちに食べたらどう?

もうちょっと近づいて 君の指先に触れて手を握る
なんて考えるけど 現実で目が覚める

どうやって僕のこと 知ってもらえたら繋がるの?
この心の奥深くまで 夢心地のまま居たいけど
何度でも巻き戻すよ 君と過ごす物語

ありきたりな話だけど
友情を望むのならそれでいいから
ずっと 側にいさせて

揺れる想いが 夕暮れの空に滲む 秋が近づく
汗が乾いて 長袖を纏う前に 伝えたい
何度でも繰り返すよ 君がくれたメッセージ

なんてことない会話ですら 一瞬が宝物で特別だけど
ずっと 変わらないまま 

何度でも巻き戻して 思い出に甘えている
僕に手を振ったら 大丈夫 前を向いて
君の方へと そっと 

夏風が背中を押すから   歩き出すよ
からっぽの心が満ちる 液晶の中の4文字

ずるいくらいに弄ぶ 君の思惑を教えてよ
湿っぽい言葉が浮かぶ 期待なんかしたくなくて 

不透明なまま過ぎてく 駆け引きは苦手なんだけど

最後までお読み頂きありがとうございます!頂戴したサポート代はライブハウス支援に使わせていただきます。