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【短編小説】雨とカプチーノ/ヨルシカ

*この小説は曲をモチーフにした創作小説です

登場人物
五十嵐 玄翔(いがらしげんと):高校生。2年D組。写真部。ファミレスでバイトをしている。社会人2年目の姉と大学3年生の兄がいる。

月島 羽華(つきしまわか):高校生。2年D組。書道部。ファストフード店でバイトをしている。

百瀬 陽季(ももせようき):高校生。2年D組。写真部。五十嵐の親友。お調子者。コンビニでバイトをしている。

岡先生:数学教師。バーコードハゲで生徒からの不人気。

01 青い夏

夏休みに入る前の期末テストが終わり、教室は夏の洗濯物よりもからりとした空気と、晴れ晴れしたパラダイスで満ち溢れている。
テスト後のテスト返しなんて授業ではなく、誰がトップでビリは誰か、テストの答え合わせをするわけではなく、先生の声が聞こえないほどに騒ぎ倒し、その勢いで夏休み明けの文化祭の準備の話し合いが行われ、クラスの文化祭の打ち合わせの後は、部活の文化祭の打ち合わせがあり、テストが終わっても高校生は部活にイベントにバイト、人気芸能人並みに多忙だ。

部活を終えて百瀬と駅前のミスタードーナツを食べに行った。俺はエンゼルクリームと、オールドファッション。百瀬はプレーンのポンデリング3つ。

「つーか文化祭の撮影の人数足りなくね?俺ら出ずっぱりだろ」

「それな、他のクラス回ってる暇ねーわ」

所属している写真部は全部で7人。インスタが流行っているというのに部員が少ないのは、この高校の写真部は主に体育祭や文化祭、他にも課外学習や修学旅行などの撮影担当で、好きな写真が撮れるわけではなく、びっくりするほど人気が無い。

「じゃ、この後バイトだから!」

「なんで今日誘ったんだよ(笑)」

「いま、すぐに、ドーナッツが食べたかったんだよーじゃあな五十嵐!」

百瀬とは高校入学当初からずっと一緒だ。同じカメラ好きという共通点で一緒に写真部に入り、不思議とクラスが9クラスもあるにも関わらず、2年連続で同じクラスである。百瀬はコンビニでバイトをしていて、先日彼女とディズニーランドに行った時にカメラを落としてレンズを割ったらしく、新しいものを買うからと一生懸命バイトをして稼いでいる。「じゃあな」と去った百瀬は中学時代は元陸上部、その脚力は健在で、物凄い勢いで電車に吸い込まれていった。一人残された俺は、シャーシンの買い足しと、数学用のノートがそろそろ終わるので文房具屋さんに行った。

もう夏休みなのに何故授業のノートを買い足すのかって、数学教師のバーコードハゲの岡が信じられない量の宿題を出しやがったからだ。当然つまらない授業と覇気の無さで人気は皆無、俺たちは陰で“バコハ“と呼んでいる。

ノートコーナーには様々な種類のノートがある。リングノート、方眼ノート、ルーズリーフ、真っ白なノート。俺はいつも同じルーズリーフを買う。左利きだからなるべく書きやすい方がいい。ただ、新商品が出るといくつかつい手を取ってしまうのは、人間の性だと思う。

「五十嵐くん?」

聞き覚えのある優しい女の子の声がした。同じクラスの月島さんだった。月島さんはおっとりしていて提出物忘れは絶対にすることのない、真面目な性格だ。セミロングの黒髪でスカートも長すぎず短すぎず、身長は普通ぐらい、派手な存在ではないが、いつも月島さんは友達で囲まれている。ノート選びに真剣になりすぎて、月島さんがいたことすら気が付かなかった。

「あれ、月島さん、部活はどうしたの?」

「もう終わったよ、五十嵐くんは何してるの?」

「シャーシンとノート買いに来たんだ、月島さんは?」

「私もノート買いに来たの。もう授業ノート終わっちゃって宿題するページないんだよね。」

正直月島さんとは仲がいいわけではないが、5月の課外学習でカレーを作ることになったとき、同じグループだったので若干の接点はあった。

たまたま月島さんとは帰りの電車の方面が同じなので、流れで一緒に帰ることになった。俺と同じ学校のやつに見られませんように。あと見たやつに冷やかされませんように。

「写真部って普段何してるの?」

「今日は文化祭のシフト決めだよ。夏休みで準備するから今決めないといけないんだ。誰が軽音、誰がダンス部、とか。あとファッションショーの動画と写真担当決めたり」

「へえ、ゆるくみえて忙しいんだね」

「イベントの時は出ずっぱりだよ」

「じゃあ、書道のときもよろしくね!中庭でパフォーマンスするから」

月島さんは書道部に所属している。クラスの掲示板の書き物や、先生に当てられて黒板に書いた字はいつも綺麗だと思っていたら、小学校の時から書道をしているらしい。

「月島さんって、普段家で何してるの?」

世間話をしなきゃいけないわけではないが、月島さんがどんなひとか知りたくなった。

「うーん、最近は小説読んでるかな。」

「どんなジャンル?」

「一番好きなのは住野よる。無難に村上春樹も読むし、日本の作家さんは幅広いかも。映画化されたのはほぼ読んでるよ」

想像通りで安心した。趣味でクライミングやってるとか言ったらそれはそれでギャップ萌えするけど。

「そうなんだ、”愛がなんだ”とかもそうだよね?こないだ映画見に行ったよ」

「そうそう、角田光代さん原作のね。もしよかったら本持ってるし貸すよ」

「(成田凌出てるよねって言わないんだ...)ほんとに?原作読んでないから読みたい!」

「じゃあ、明日持ってくるね!」

月島さんに本を借りることになった。本を借りる約束をした時は同じクラスの女の子といいことあったぐらいにしか思っていなかったが、この時俺は既に月島さんにはすっかり恋焦がれていた。だがしかし、その時の俺は月島さんに惹かれていたことに、気が付かなかった。

次の日、いつもの時間に登校。朝から百瀬とゲームの話で盛り上がり、チャイムが鳴り、着席し、授業の準備をする。机の中に見慣れない本が入っていた。

“昨日言ってた本 月島”

こんなところに入っていた。休み時間にクラスのライングループから月島さんを探し、お礼を言った。直接言うとなんか恥ずかしくて。

「本ありがとう、読み終わったら返すね」

「どういたしまして、いつでもいいよ」

普段会話を終わらすときや既読無視を避けるときに使うスタンプが、月島さんが送ってくれたスタンプはラインのデフォルトで入っている普通のスタンプなのに、やたら可愛く見えて、意味なく深読みしてしまった。

02 本を開けば

月島さんに“愛がなんだ”を借りたまま、夏休みに入ってしまった。順調に読み進めてはいるが、映画を見たにも関わらず、漫画以外の本をあまり読まないため、文庫本なのに読み進めるのには想定以上に時間がかかった。ちゃんと読書をしたのは読書感想文を書いた中学生以来。文庫本は手のひらサイズなのに文字がぎっしり詰まっていて、まるで文字の万華鏡のようだった。

夏休みに入って1週間ほどで”愛がなんだ”を読み終えた。が、夏休みは残り1ヶ月もある。借りた本をこのまま持ってるのは如何なものか。借りたものはなるべく早く返したい。

月島さんにラインする。

「本ありがとう、読み終えたから今度学校行くとき返そうと思うんだけど、部活いつ?」

「月曜と水曜日!いつも午前中」

写真部は火曜と金曜。書道部の月島さんとは会うはずがない。

「そっか…じゃあ、暇な日いつ?お茶しない、お礼に奢るよ?」

やってしまった。

女の子を誘うとかそんなキャラじゃない上、今月スマホゲームに課金しすぎたのと漫画を大人買いしちゃってお金ないのに、カッコつけて奢るとか言ってしまった。

「いいよ!来週の木曜日空いてるよ」

来週の木曜日。その日の俺のスケジュール帳は真っ白だった。

「俺も空いてるよ」

月島さん、いや、好きな人と遊ぶ約束をした。

03 驟雨

木曜日、快晴。月島さんとデート当日。百瀬とは毎日ラインしているが、月島さんとデートすることは百瀬に一言も話していない。

女の子とデートは初めてかもしれない。姉の好きなアイドルが着てた服が欲しいとメンズのブランドショップに原宿に連れていかれたことはあるが、身内の異性はノーカウントだろう。

俺はオシャレにかなり疎い。インスタはやってるけど、ほとんど写真アカウントしかフォローしていない。とりあえずインスタで高校生で陰キャラの俺でも着れそうなコーデを探し、GUで半袖のオーバーシャツとスキニー、サンダルとウエストポーチと、ラフな格好に行き着いた。オーバーシャツとか、セットアップとか、今流行りのコーデはわんさか出てきたが、ファッション初心者の俺は着こなせる自信が全くなかった。

「お待たせ」

さらりと現れたのは涼しげな水色の花柄ワンピースを着た月島さんだった。プライベートで私服の月島さんはとても眩しかった。

「ううん、全然待ってないよ」

そう言いつつ、そんな俺は緊張して30分前に着いていた。

月島さんはプリンが好きで、鎌倉に有名なプリンがある喫茶店に行きたいと、そこに行くことになった。駅からは歩いて5分ぐらい、路地裏にぽつりとある名店らしい。店に着くなり、重厚な扉を開ける。扉が重いのは重量的な意味ではなく、喫茶店はおじさんがコーヒーを飲みながらタバコを蒸し、新聞を広げているような、そんな大人の空間で、高校生の若造が入るには勇気が必要だった。リンリンとドアのベルが鳴ると来店の合図、店員さんが俺ら二人のところにすぐやってきて、窓際の席に案内される。

”ご注文がお決まりになりましたら...”とお冷やを2つ持ってきた店員さんに、月島さんは空かさずカプチーノとプリンのセットを頼んだ。

俺は困った。いつも外食する時はコーラしか飲まないから、そういう東京でバリバリ働いているスーツが似合う会社員が白飯のように当たり前に飲んでいる飲み物が高校生の俺にはよくわからない。が、気がつけば「同じので」と頼んでいた。まあいいか、好きな子の前はちょっとカッコ付けたいし。昔兄ちゃんにサイゼのドリンクバーのカプチーノやっぱいらねえからって飲まされたことあるし。

1つ結びで家庭的な雰囲気の女性の店員さんは「カプチーノとプリンのセットおふたつですね、かしこまりました」と注文を確認し、柔らかな物腰と優しい笑顔で去っていった。

「あ、例の本返すね、ありがとう」

「全然、私原作好きで。映画見に行ってないんだけどどうだった?」

本の話から今流行ってる映画、学校の話まで盛り上がった。部活はどうだ、宿題が終わらない、中学はどこ、あいつ知ってる?

他愛もない話をしていると、お待たせいたしました、と2人分のカプチーノとプリンが到着した。ふらりと登場したのはシルバーのマルタマにどっしり乗っかった、昔ながらのカラメルがしっかり染み込んだ渋いプリン。

「あ、写真撮っていい?」

「うん、もちろん!」

出かける時にカメラは常に持ち歩いている。お年玉とちまちま貯めたバイト代で買った安い一眼レフだが、値段の割には性能はよく、使いやすい。

「あ、月島さんそのまま」

プリン越しに月島さんを撮る。構図的にも、俺の恋心的にも、最高の写真が撮れた。

「ねえ、撮った見せて」

「こんな感じ」

「すごい!雑誌見たい!別人みたい!」

月島さんからは想像以上に高評価だった。

iPhoneで写真撮るならグリッドを表示すると構図がわかりやすくていいよ、なんてネットで検索すればすぐに出てきそうなありきたりなアドバイスをする。一通り写真を通り終え、俺と月島さんはプリンを食べ始めた。美味しい、美味しい。こういう昔ながらのプリンあまり食べないよね、と言いながら。

溢れたカラメルだけになった空の器になると、カプチーノを嗜みながら雑談をした。カプチーノは甘く、思ったより美味しくてすんなり飲めた。

平日の昼下がりの喫茶店は静かだった。店内には想像通り常連らしきおじさんと、外回り中のスーツのサラリーマンしかおらず、どちらも新聞を読んでいるかスマホをいじっているかどっちかだった。
そのおかげか、月島さんの声は和やかで、するりと耳に入る。すると突然、ザーっと、外から雨の音がしだした。かなりの雨量で、雨が窓に張り付き、透明な天の川のように流れる。

「え、今日雨降るって言ってたっけ?」

「いや、天気予報見たけど言ってないよ」

「通り雨っぽいね」

「それならいいけど、傘持ってきてないし困るな」

「五十嵐くん、ゲリラ豪雨のこと、通り雨っていうんだね」

「え、なんで?言わない?」

「驟雨って言葉知ってる?」

「しゅー?」

「しゅうう。」

「どういう意味なの?」

「昭和の映画に驟雨っていう映画があるんだけど、これも原作の小説があるの。驟雨は急に降る、にわか雨のことだよ。漢字はすごく難しいの」

豊富なボキャブラリーで知的な月島さん。学校で習う言葉やネットで見かける言葉以上に、月島さんの知っている日本語は奥ゆかしい言葉ばかりだった。

よくそんな言葉知ってるねなんて話してたら、すぐに雨が上がった。

「雨、止んだね」

「一瞬だったね。あ、ついでに海行かない?せっかくだし」

「歩いて15分ぐらいだよね?行こう行こう!」

思いつきだったが、月島さんはあっさり快諾してくれた。伝票を持ち、海に行くべくテーブルから離れ、店を出た。百瀬となら絶対割り勘するが、奢るという約束と、それ以前に男として女の子には奢りたいという気持ちがある。

04 雨上がりの海

back numberが”海に誘う勇気も車もない”と歌ってたけど、こんな陰キャラで陽キャラでもないパッとしない俺には好きな人を海に誘う勇気はあった見たいだ。

雨上がりの濡れたアスファルトをサンダルで弾きながら、月島さんの歩幅に合わせて歩く。だんだん景色が開けてきて、広くて蒼い海が見えた。一瞬雨が降ったせいか、この夏がビーチのピークのはずだが、ビーチにいたのはテレビで見る人混みの6割くらいだった。

雨上がりの夏の海を見ながら、手摺り越しに足を止めた。

「海はおかしい人だらけだね」

サーフィンしてるガッチガチのお兄さん、海の家でナンパしまくるマッチョなチャラい男、そんなカッコイイ男の人たちに絡む綺麗なスタイルの良いギャルなお姉さんたち、こどもたちは大きな砂で城を作り、日焼けしているおじさん、海には浮き輪を泳ぐ人を他所目に本気でクロールしている人。人間観察は駅前よりも尽きない。

突然パーっと日照りし、夏の太陽が月島さんを照らした。海を見ながら「あの制服、何高校かな?」と話す月島さんはカメラのシャッター音に反応し、え?とした垢抜けた表情でこちらを向いた。

「え、急に撮るじゃん!恥ずかしいよ」

本のお礼にお茶の約束をしただけなのに、まるでポートレートを撮りに来たみたいになった。カメラを持ち歩く癖がある、実際そうだがそれは表向きの理由、本当は月島さんの写真を撮りたかった。

「太陽の光って一番の照明なんだよ、だから写真が一番綺麗に撮れる照明って太陽光なんだ」

すると周りが虹だ、虹だ、と騒ぎ始めた。目の前の海に大きな二重の虹が架かっていた。

「もう一回撮らせて!」

カシャ。

「めちゃくちゃ良い写真取れた!」

「わあ、凄い!」

月島さんは後ろ姿のシルエットに、風でセミロングの髪の毛が靡く、背景には晴れた空、青くキラキラ光る海、そして大きな虹、加工なんかしなくても完璧な写真だった。

「そろそろ帰ろっか」

「そうだね、私もお母さんに今日夜ご飯いるって言っちゃったし」

夕飯も誘いたかったが、俺はこの景色でデートを終わらせたかった。この建物なんだろう、散歩中のトイプードルとすれ違い、コンビニの色が違うねとか、そんな変哲のない話をしながら、まだ濡れたままのアスファルトを見ながら駅に戻った。

駅は通勤ラッシュの時間帯、商店街はシャッターを閉め始め、人は明らかに待ち合わせした時より増えている。改札を通り、乗り換えの駅まで一緒に帰ることになった。乗り換えの駅につき、俺はこっち、私はあっち、とそれぞれの帰路につく。

「じゃあ、写真は帰ってから送るね」

「うん、ありがとう、あと御馳走様!」

「バイバイ」

「気をつけねて」

俺はひとりになった。帰りの電車で撮った写真を見返す。

雨が降ったら相合傘出来てたのにとか、偶然を装ってドラマっのような甘酸っぱいことをしたい気持ちはちょっとあったが、今日は俺がカメラを持ち始めて史上最強にいい写真が撮れたから、最高の日だ。

05 甘いカプチーノ

米津玄師が「苦いレモン」と言ってることに違和感を感じていた。「レモンといえば酸っぱい」とゲームのテンプレにあるのに、「Lemon」はどうして「苦いレモン」なのか意味が分からなかったのだ。

今日、苦いレモンの意味がやっと分かった。

月島さんとバイバイしてからひとりでスタバに行ってきた。いつもは百瀬と新作のフラペチーノを飲みに行くけど、背伸びして飲んだカプチーノが飲みたかった。

丁寧な接客と頼みやすい雰囲気の店員さんにカプチーノショートで、と頼んだ。

あれ、苦味の方が強い。さっきの喫茶店はとても甘く感じたのに。苦い、苦い。これは作った人の感覚の違いなのか、さっき飲んだカプチーノが美味しかったから違うように感じのか。

ただ味覚が麻痺していたと思い、次の日もバイトの帰りにわざわざ隣駅のスタバによって、カプチーノを飲んだ。それでもやっぱりあの甘さはない。それからも別のカフェに行って飲み、美味しいことは美味しいのだが、あの甘さを再び感じることが出来なかった。

きっと好きな人と一緒に飲んだカプチーノだから美味しかったんだ。好きな人補正がかかっていたんだ。

酒癖の悪い姉が「クソ嫌いな上司がいる会社の飲み会の酒は全く美味しくないけど、友達と飲む酒は1000倍美味しい」と言っていたことを思い出した。大学生の兄ちゃんも同じようなことを言っていた。俺はまだお酒は飲めないが、きっとそういうことなのだろうか。

06 花に溺れる

結局月島さんと恋仲になることはなかった。

月島さんに恋人がいたことを知ったのは、”愛がなんだ”を返してからの話だ。後日別の本を借りたいという名目でまたご飯誘おうかと思いLINEしたら「ごめん、内緒で男の子とお茶したことが彼氏にバレちゃって。学校でしか会えないから、夏休み明け持ってくるね」と、彼氏がいたことをしれっと打ち明けられた。

話を聞くと、月島さんはバイト先の他校の同い年の男の子と今年の春から付き合っているらしい。どうして教えてくれなかったの?と言いたくなったが、俺は月島さんの彼氏でも保護者でもない。

月島さんは俺のことを恋人候補どころか、友達やクラスメイトぐらいしか思っていなかったことがはっきりした。あー、何で俺、勘違いしてたんだろ。デートしただけで俺のこと好きなんだって、勝手に思ってた。男って馬鹿だな。身に染みて分かった。

夏の淡い恋は玉砕することなく、粉砂糖が紅茶に溶けるように、静かにポロポロと無くなり、夏休みが残り2週間のところで夏が終わった。俺の心にポッと咲いたひまわりは、呆気なくすぐに枯れてしまった。人知れず夏の恋は終わったが、月島さんとは変わらず夏休み明け会うことになる。月島さんは俺が月島さんのことを好きだったことを知らずに。

ただ、この淡い夏の思い出も得たものと知ったことがある。史上最高にいい写真が撮れたこと、今まで触れてこなかった甘いカプチーノの味を覚えたこと。

あれから2週間後、写真を現像するついでに、月島さんと一緒に行ったカフェに1人で行った。

「カプチーノとプリンのセットで」

今日は雲ひとつない快晴で、雨も降らなかった。月島さんと飲んだカプチーノ、あんなに美味しいと思ったカプチーノは、やっぱりあの日ほど甘くも美味しくも感じなかった。

俺は高校2年の夏、カプチーノが飲めるようになったと同時に、誰かと一緒に飲むことで味が左右されることを覚えた。




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