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『逆・タイムマシン経営論』で「同時代性の罠」を回避する

本著は、かのベストセラー『ファクトフルネス』をもじって、『パストフルネス』という提言を行っています。

新聞・雑誌は10年寝かせて読め。過去記事は最高の教材。変化する歴史を振り返ると、一貫して変わらない「本質」が浮かび上がる。本質を見極め、戦略思考と経営センスに磨きをかける「古くて新しい方法論」

ソフトバンクなどのIT企業は、アメリカで流行ったサービスを、時間差で日本に導入し成功させています。
「タイムマシン経営」とも呼ばれますが、過去を追い求める「逆・タイムマシン経営」の方がより制度は確実です。

将来を予測するのは難しいです。傘を持たないで外出し、雨に降られて困った経験のない人はいないでしょう。

しかし、過去は不変です。「何月何日に雨が降った」等の事実は、変わらぬ真理なのです。

また、古い新聞や雑誌などを読むと、時代を超える本質的な記事。一方、時代の風潮に浮かれるいい加減な記事が、今現在であれば判断可能です。

一橋ビジネススクール教授の楠木建さんと、「Ths社史」を運営している杉浦泰は、本著の中で様々な事例を取り上げています。

大まかに、現代人がハマりやすい事例……「同時代性の罠」については、「飛び道具」「激動期」「遠近歪曲」の3つがありますので、ご紹介していきます。

■逆・タイムマシン経営論 近過去の歴史に学ぶ経営知(楠木建、杉浦泰)

①飛び道具トラップ

経済誌やネット記事、SNSに至るまで、日々「新しい」とされる概念やキーワードなどが世間を賑わせています。

しかし、その「新しさ」は本質でしょうか?

「サブスク」「AI」「DX」といったマジックワードは、感度の高い経営層にも響く「魅力」があります。

しかし、静かに失敗していく企業が後を絶ちません。

旬の飛び道具は万能の必殺技であるかのような期待を集めます。しかし多くの場合、飛び道具の安直な導入や模倣は「手段の目的化」を招きます。その結果、当初意図していた成果が出ないばかりか、かえって経営を混乱させる結果に終わることが少なくありません。

飛び道具トラップを回避するには、どうすれば宜しいでしょうか?

本著では、「飛び道具トラップの作動メカニズムを裏返せば」回避の方策が見えてくると説きます。

すなわち、「自社の戦略ストーリー」を固めることです。自社文脈に関係なく導入される施策は、本来不要なのです。ここが思考の起点になります。

次に、「事例文脈を理解する」ことです。
成功事例は複数の要因から成り立っているので、因果関係を一つ一つ解読していくことが大切です。成功の要因が欠けたまま進めても、うまくいくことはありません。

3つ目は、「抽象化し、論理のその本質をつかむ」ことです。ある会社が成功したからといって、そのまま当てはめることは無意味です。会社は一つとして、同じ会社はないのですから。

ここまで思考を積み重ねて、ようやく「自社に導入すべきかどうか」の判断が可能となります。

②激動期トラップ

人間は忘れっぽいもので、いつの時代でも「今こそ激動期!」と言ったりしています。パンデミックを経て、世界は一変する。今までの常識は通用しない……といった言説も多いです。
しかし、こうした予測は外れることが多いです。

本著では、「大きな変化」は振り返ったときにはじめて分かると説いています。
Google副社長のヴィトン・サーフ氏の言葉を引用します。

誰もが「新しい時代が来た」と言いたがりますが、ネットの世界ではそれは間違っています。ネットは環境は利用者のニーズ、人々がネットに乗せる情報に反応して、有機的に成長を続けてきたのです。これは継続的な進化であって、ある時点で突然「2.0」や「3.0」になるものではないのです。

そもそも「激動期」というものではなく、「継続的な進化」というのがポイントですね。継続的だからこそ、後になってみないとわからないということです。

web2.0や3.0などは、そのときの定義であって本質ではありません。
そういえば、お金2.0や働き方2.0のようなものもありますね。何か「新しい」ものとして錯覚させるには良いのかもしれませんが、こういった「テンゼロ論」が出てきたときは要注意です。

また、『「マジックワード」が同時代の空気を増幅する』というものあります。

3Dプリンターがブームになったときは、「第4次産業革命」というマジックワードが「激動感」を大いに増幅しました。

現在は、3Dプリンターのブームが一段落しましたが、「第4次産業革命」は到来したでしょうか?
少なくとも、産業革命のようなインパクトは何も起こってない気がします。

もちろん、数十年経ったあとに、3Dプリンターの登場で実は世界が一変していたとなるかもしれませんが、現代を生きる我々としてはもっと冷静になりたいところです。
一時の「賑やかし」のブームに飲み込まれると、文脈を外れた判断をしがちなので。

③遠近歪曲トラップ

「隣の芝生は青い」のように、何でも他の人のものは良く見えるものです。海を渡った、「シリコンバレー」などになればなおさらです。
とはいえ、シリコンバレーは「超多産多死高速新陳代謝」の生態系であります。環境自体が、かなり特殊ですので、そのまま日本に当てはめることはナンセンスでしょう。

また方や、日本的経営は50年前から、定期的に「崩壊する」とメディアで言われ続けてきました

興味深いことに、タイムマシンに乗って近過去を訪れると、この半世紀の間、「日本的経営」は常に「崩壊」ということになっています。既に半世紀近く崩壊し続け、2020年現在でも「日本的経営」は着実に(?)崩壊を続けています。裏を返せば、50年かかっても崩壊しきっていないとも言えるわけで、どれだけ「日本的経営」は盤石なのかとすら思います。

日本を代表する企業のソニーについても、1970年代から「ソニー神話崩壊」と言われました。
今現在のソニーは絶好調ですが、また業績が悪くなると、「ものづくりを忘れたソニー」的な論壇が復活してきます。

冨山和彦さんは、そうした議論に対して「昔のソニーは良かった? ああ、そうですか」と吐き捨ているように述べておりますが、本著の主旨とは少しずれるので、それはまたの機会に。

さて、「日本企業」というくくりもありますが、本著ではそれはフィクションだと看破します。

「日本企業」はフィクションです。現実にはどこにも存在しません。企業経営というミクロの次元では、1つとして同じ経営はありません。極端な例でいえば、日本製鐵とメルカリはどちらも「日本企業」ですが、両者の経営に共通点はほとんどないでしょう。

高度成長期の昭和であれば、まだ同質性もあったと思いますが、今はグローバル化も進み、個別で評価していった方が妥当です。もちろん日本だけではなく、アメリカや中国、韓国なども一緒ですね。
茫洋としたマクロよりも、ミクロである「個」を見た方が本質に迫れるはずです。

そしてこれこそが「遠近歪曲トラップ」を回避する手段になるのです。

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