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映画「ケイコ 耳を澄まして」を観て
小刻みで、まるでパーカッションのような軽快なテンポでジムに響くミット打ち。高架橋の下で電車の走る音に耳を澄ますケイコ。寡黙にして雄弁な映像美。映画「ケイコ 耳を澄ませて」は去年観た邦画のなかで一番良かった作品である。
プロレスがそうであるように、ボクシングもひとつの時代の象徴なのだろうか。終わりのはじまりだとすれば、また新しいはじまりの萌芽がいつかどこかで生まれるのだろうか。闘う人がいる限り、その萌芽は消えることはない。
闘う人の背中は、語らずとも哀愁に満ち、孤独を背負っている。まるでエドワード・ホッパーの絵のなかにいるような感覚すら覚える。
彼ら、彼女らはいつまでもわたしたちに背中しか見せてくれない。ケイコの走る背中も美しかった。
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